アヴェスター 第四章

それは太陽だった。

だがある日を境にそれは下界へと突き落とされてしまう。

不幸なことにそれは己が何者かを忘れ、挙げ句に人間と恋にまで落ちた。

そこで太陽は優しさを知った、愛を知った。

そしてそれは長い時を過ごした、それはそれは楽しい時であっただろうに。

さて、話は変わるが人間とは実に容易く心変わりする生き物だ。

それは命の危機、莫大な富に、数多の欲望にすぐ目が眩む。

醜く冷酷で美しい生き物だ。

それでは、欲望を目の前で踊らせながら「代わりに太陽を寄越せ」とでも言ってみようではないか。

眩みはするだろうがそうはしないだろう、何故なら長い時共に過ごした同胞を安易につき離すほど彼らはまだ落ちこぼれた種族ではなかった、いや人種ではなかったのだ。

では、彼が「人間ではない、人間の皮を被った異形の力を持った化け物だ」と知ればどうだろう。

今まで過ごしてきた者は自分たちに危害を加える化け物だと知ったら人間は太陽をどうするのだろうか。

さて、先ほど言ったように人間とは実に心変わりするのが得意な生き物だ。

数多な欲望の中でも、知識欲、探究心や好奇心に勝るそれはない。

太陽は一体どうなったのだろう。

物語の結末など、案外容易く想像できるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小鳥のさえずりが響いた。

なんだか変な夢を見ていた気がする。

俺はベッドから体を起こし時計の時刻を確認する。

現在朝の七時二十分を過ぎたところだった。

大きな欠伸をついて洗面台に向かう。

今日はいよいよ出発の日だ。

後日届けられた資料にはしっかりと目を通したし、必要な荷物もまとめた、体調もよし、天気も良好、実に良い出発日和だ。

バシャバシャと朝一番の冷たい水で洗面し、朝食にトースト、昨日の余りのポタージュ、それからサラダを用意して机に並べた。

いつもの隊服に袖を通してから席に着く。

誰が聞いているわけでもないが手を合わせた。

「いただきます」

そうして下界最後かも知れない朝食を終え、俺はもう一度部屋を見回した。

入隊してきたのは四年前の十二歳の時だ、あの時はバッグ片手に大きな夢を抱えて調子に乗っていたものだ。

過酷な訓練と思い知らされた現実に何度となく夢を諦めかけた、だが漸く剣を握らせてもらえたのが二年前、そうして剣の訓練で次席にまで登りつめてみせたのはつい五ヶ月前。

実戦経験はなく、まだ本物の真剣に触れたことはない。

あるのは集団戦闘訓練と模擬戦のみ。

伝承の通りならば、そこは戦いを好む世界、戦いに生きる世界だ。

俺の力がどこまで通用するのかは試してみたい気持ちもある、だがそれ以上に俺の夢はそこで叶えられるのだろうか。

俺は強くなって、己を乗り越えるのだ。

自分を乗り越えた先の景色はそれは世界が美しく見えた、と幼き頃愛読していた本に書いてあった。

俺の小さな頃はそれはそれは弱虫で、世界の全てが恐ろしく見えたものだ。

それは無知であるがため、非力であったためかも知れない、俺は篭るように毎日読書に明け暮れた。

そこで出会った話は、年ごろの少年ならば胸を熱くするものや人生をとくものなど様々であったが。

俺は特にか弱い主人公が自力で強くなって信念の為に走る物語が好きだった、だから俺もこのようになりたいという夢を今日まで温めてきた。

まだ俺の信念というものは見つけられない、だから向こうで見つけられたらいいと思う。

俺はそうして今までの自分への決別と、感謝のために部屋に向かって一礼した。

 

 

 

 

 

 

 

他の同期隊員たちはすでに配属先に向かうためにここを立ち去っていたらしく隊舎は人気がない。

ここは確かに西の大帝国支部であるが、規模は東西南北の中でもっとも小さく立地も深い森に囲まれた草原地帯だ。

さらにこの支部は他と違い、本部から養成所としての機能を担っているため、この世界軍の訓練生を一気に請け負っているので、その訓練生の配属が決まってしまえば一気に数が減るのも道理だ。

俺はまとめた荷物を支部玄関前に置くと、目の前の人の様子を伺った。

「よしよし……良い子だ」

彼女は黒い馬のたてがみを撫でた、というよりこれは馬ではない。

「ペガサスよ…これ…」

「零、遅かったな」

後から来た零は、後ろで興奮した様子でこの生き物を見つめている。

彼女は無類の動物好きだ、そして何より好奇心と知識欲が強い。

「二人とも揃ったな」

そうして、アモル隊長は俺たちの前にで腕を組んだ。

「では出発だ、バーナーお前が前で手綱を握れ。後ろで零はバーナーをしっかり掴めよ」

隊長は驚くほど冷静に準備を始めた、がちゃがちゃと鞍に俺たちの荷物を結びつけていく。

「あ、あの…!」

「さあ天馬に乗れ、こいつは認めたものしか乗せないが今は機嫌がいい、そのうちに天に行ってしまおう。ついたら忙しいからな」

ほれ、と促され俺は鐙に足をかけた、そうしてあっという間に二人ともペガサスの上だ。

「いいか、そいつは天一の天馬だから舌を噛まんようにな」

そして馬の尻を二度叩かれると翼を広げた。

「た、隊長!これ、ど、どうやって、え」

「しっかり握ってろ」

「ええ!?え、ええええええええええええええああああああああああああっ!!!」

「きゃあああああああああああああああっ!!!!!!!!!」

そうして世界は一瞬にして回転した、周りはぐるぐるとまわり続ける、上が空か下は空かわかったもんではない。

風はビシバシと容赦なく顔を叩き続ける、息なんぞ出来たものではなく、必死に手綱を握った。

今にも参りそうだ、吐き気がする、本当に天に召してしまいそうである。

「わわわわわわっわわっわわわわわわわっわっ!!!!!!!」

後ろで零も相当混乱しているようで、わけも分からない言葉を連呼している。

俺は全てを拒否するように、ぎゅっと瞼を閉じた。

そうして雲という雲を超えて、風が落ち着いたその時に俺はゆっくりと瞼を開く。

それはまさに天国と言うに相応しい光景であった。

雲の上にいた、晴れ渡る雲の上にいた。

太陽が妙に近くにある気がした、いや近くにある。

そこには島が浮いていた、まさにおとぎ話。

これは浮遊島だ、幾つもの浮遊島があり、その中でも大きな影が一つ前を通り過ぎた。

見上げるとそれは山のような島が浮いていた。

「着いたか」

「アモル隊長、これは」

そうして翼を広げた隊長の背中には四枚の翼があった。

純白の、絵本の様なそれに思わずみとれる。

「ようこそ人間、天の都『アクロポリス』へ」

空飛ぶ魚、伝説の龍、一角獣、天使。

全てがこの空にいた、御伽噺は雲一枚上に存在したのだ。

俺は徐々に緩み始める頬を抑えることなく、輝かんばかりの眼でそれらを見つめた。

伝承の通りだ、浮遊島、魔獣、天使、全てが本物だ。

「さあ、こっちだ」

隊長は微笑みながら、最も大きな浮遊島へ飛んでいった。

それを俺達を乗せる天馬が後を追う。

島の周りを回りながら上へと目指していく。

「これは天界の首都にあたる浮遊島で、多くの軍機関が集まってる中心地だ。他の島にも駐屯地はあるが本部はここだ」

そうして遂に島の入口となるらしいアーチを潜り、その大地へ降り立った。

そこは下界と同じように草木が生えていた、そこは同じだった、なのにまるで産まれたての赤ん坊が初めて立つかのような気持ちで大地へそぞろと足をつける。

「早く降りろ、今日はハードスケジュールなんだ」

隊長は俺を天馬から叩き落とす、無残にも最初に感じた大地は頬に冷たさを感じた。

零は案外あっさりと地面に降りると浮き足立つのか、地面を踏みしめている。

「今日はこれからまず、天界を案内しながらレイトの所に行って、また天界を巡りながら軍本部に行く、それから時間が余ったら鍛冶屋に行って、やっと本部だ」

「鍛冶屋、ですか?」

「当たり前だ、これから付き合う相棒も無しに天界を生きていく気か?お前ら」

「確かに.....」

俺達には自分の武器がない。

俺は剣が、零には銃器が、それぞれを今まで軍が支給していた物を使っていたからだ。

「死活問題だからな、本当は一番最初に行きたいところだが。まずはレイトに到着の挨拶をしなくちゃならない」

天馬は自らの役目を終えたことを悟り、大空へと羽ばたいて行った。

俺達の荷物は乗せたままだが。

そうして漸く現実がはっきりと見えだした。

後ろは崖で、目の前には並木道一本が果てしなく続く。

坂あり谷ありのような地形の先にそびえる城を中心に丘のように街がある。

すると隊長はいきなり剣を俺に投げつけた、零には銃を。

「まずは御手並み拝見、ということで城下までは徒歩でいく」

「御手並み.....って」

「生き延びる術が備わっているか、ってことだ」

そうすると隊長は、並木道ではなく森の中へ足を踏み入れた。

零は俺に小さくうなづいて見せ、隊長の後に続くのに俺も続き、最後尾を歩く。

まさか、城下を囲む森が獣だらけなんてことがあるわけがない。

と思っていたのはどうやら非常識であったらしい。

「うわあああああああああああ!!!」

森を駆け抜ける、後方では四本脚の何かが俺を追いかける音が響き、赤い体躯が視界の端にチラつく。

マンティコア、好んで人を食らう獅子よ!!」

「どうすればいいんだ!?」

「剣は通るはずよ、確か.....」

その時奴は俺達を通りすぎた、まずいと思った時には既に前を陣取っていた。

サソリの尾のようなものを不気味に揺らしている、顔は人のそれだ。

涎が口からこぼれ落ち、地面に跡を作っている。

「あの尻尾を切り落とせば大人しくなるらしいわ」

「簡単なわけないよな.....」

俺は借り物の剣を構え、足を開いた。

獣は唸り声をこぼし、俺達を常に睨んでいる。

「零は後方支援を頼む!」

そう言って俺は足を踏み出し、走り出した。

赤獅子は尾を振りまし、まるで槍のような一撃が頭上に降る。

俺は咄嗟に奴の四肢の下に滑り込み、反対側に滑り出る。

発砲音が背後に鳴り響く、不発弾が一発俺の足元で地面を抉る。

そして獅子は雄叫びをあげて悶える、どうやらどこか急所に命中したらしい。

俺は立て直し剣を構えた。

このチャンス逃す訳にはいくまい。

「ハアァっ!!」

俺はもてるかぎりの力で尾の根元に剣を振り下ろした。

食いこんだものの切れるような硬さではなく、多少の被害を与えただけで目の前の獣は元気がいい。

俺はこのまま体をもって行かれる前に剣をぬき、大きく一歩後退する。

「零!全然通らない!!」

「そんなはずは.....」

会話をする隙間などあるわけもなく、鋭い尾による攻撃は激しさを増すばかりだ。

それ以降俺達は防戦一方に追いやられ、まさに蛇に睨まれた蛙を身をもってしる。

これは拙い、このままでは押される一方だ。

「邪魔」

すると何者かの手によって俺は後方にどさりと尻をついてしまう。

そこに追い討ちをかけるようにサソリの尾が俺を貫かんと刺しうがとうと目の前にあるそれを、いとも簡単に弾いてみせた。

それはアモル隊長がまさに居合抜きをしてみせた瞬間だった。

逆手にもつ刀から火花が軽く散っていった。

斜め後ろから見る隊長の目は俺を写してはいなかった。

「想像以下だ」

そうすっぱりと言いはなった、あまりにするりと口から出てきたもので、うつろに隊長をみていた。

隊長は一足飛びにマンティコアの尾を下から切り上げた。

紙を切るような手軽さに目を見張る、そして落ちてくる尾をボールのように蹴り飛ばし、マンティコアの顔面に叩きつける。

あまりの仕事の速さに零は獅子の後ろで唖然としている。

人食い獅子は雄叫びをあげてパタリと地面に倒れた。

ごくりと喉を鳴らす、失望させてしまっただろう。

所詮は人間と思わせてしまったに違いない、俺は隊長がなにか喋るのを待つのに息を詰める。

隊長は刀の血を払うと、刃を上にして滑るように、静かに刀を納めた。

「及第点ではあるな」

そうして俺達に背を向けた。

「想像以下だが、やる気はあるようだ」

アモル隊長はそうして再び森の中へと消えていってしまった。

俺は地面にてしばらくの間、口を開けてその影を見ていた。

俺達はとんでもない所に飛び込んできてしまったらしいことを実感した。

だが同時にあのレベルに、俺も成れるだろうか、そう考えると、少し胸が高鳴った。

いやならなければ生き残れないだろう、それがこの結果で、あの言葉だ。

俺は喉を鳴らして、腰を浮かせて立ち上がる。

零の手を掴みとり立ち上がらせ、頷いて見せた。

少し不安そうに顔を曇らせながら、銃を構えた。

俺を先頭にして再び森の中を進んでいく、先程の騒動を考えなければ何とも穏やかで、気持ちの良い森であろうか。

木々の間から漏れる陽光は煌めき、風が森を通り抜ける音は爽やかだ。

周囲を警戒しつつ、一歩一歩踏みしめて歩く。

パキパキと歩く音が無駄に大きく聞こえる気がする。

そうして長らく歩き続けて、がさりと低い木を超えると、途端に地面が硬く感じて下見る。

「......街道、のようね」

零は銃を下ろして深いため息をついた。

足の下は、茶色とベージュの煉瓦造りの道が緩やかな坂を形成していた。

その果ては何やら街のようで、どうやらここは街と先程の入口を繋ぐ街道らしい。

街道は両側森に挟まれており、孤立した状態だ。

「あとは此処を五百メートル程進めば、都だ」

「隊長っ」

俺達は後ろからガサガサと出てきたアモル隊長に、咄嗟に敬礼をした。

それをみてため息をつくと、右手でちょちょいと降ろせと言った。

「お前達の事はわかった。とりあえずこのまま王都に案内する」

「不合格ではないのですね....」

零は胸に手を当てて盛大にため息をつく。

「力は足りんが、それは鍛えればいいことだ。問題はやる気、諦めないかどうかだ。残念ながらこれはどうにもならんからな。さあ行くぞ」

俺達は隊長を先頭にして街道を歩き出す。

とても静かな道だが、太陽が眩しく少し熱い。

「お前達は天界の文化、歴史を何も知らんだろう?」

「は、はい」

「そうだろうな......この世界に最初に混沌カオスが生まれた、次に大地ガイア、冥界タルタロス、愛エロスが誕生し、カオスから幽冥エレボス、夜ニュクスが生まれた。そしてこの二人から昼へメラ、大気アイテールが生まれる。他にも居るが、これらの神々は『原初の神々』と呼ばれる。世界はこうして始まったんだ」

「カオス、ガイア、タルタロス......エロス、エレ、エレボ.....」

「なるほど.....カオスはガイア、タルタロス、エロスと兄妹関係にあるということですか」

「まあそんなものだ、零は後でバーナーに教えてやれ。その後天空神ウラノスの政権の後、クロノス率いるティターン神族へ変わり、ティタノマキアを経て今現在のオリュンポス政権に成ったということだ」

「天界は政権が移り変わっていたのですね、人間のようで....以外です」

「人間が、真似をしているんだ。昔は天界と下界はよく交流していたからな、交易だって行われていたんだ。言語や魔法、戦術、武術、武器など何でももたらされたことだろうな」

「昔、なんすか?今は?」

「古の大戦によって関係は終わった。連綿と続いていくように思われたこの関係はヒビがはいり、天界は人間を見放した。それから二度とこの戦が起こらぬように天界は下界と見えない壁を作ると、関係があった頃の話はやがて語り継ぐ者がいなくなり、そして太古のおとぎ話になってしまったがために、人間は私達のことを忘れたというわけだ」

古の大戦、それは俺でも理解できる。

それはおとぎ話の中の一つ、それは遠い遠い昔、人間が強欲にも天界の地を欲しがったために起こった大戦だ。

それは大地が別れ、海は荒れ狂い、空は雷雨に覆われ、多くの命が失われたという話だ。

人間は天界との関係を持つ間に、自分たちの方が強いと錯覚し、天界で血を流したことがきっかけだと言われている。

「そこで我らが主、レイトは下界との関係を再び戻すために頑張ってるというわけだ」

「なんでですか?」

俺は純粋な気持ちで理由を聞いてみた。

すると隊長は足を止めた。

少しだけ口ごもるように後ろを振り向いたが、直ぐに前を向いてしまう。

「それがやつの後悔と、残された希望だからだ」

そうして寂しそうに答えると再び歩き出した。

これは聞いてはいけない問いだった、すぐ様俺は隊長に駆け寄り、謝る。

「も、申し訳ありません。軽率な発言でした」

「なに、レイトに直接言ってやれ。喜ぶだろう」

「ですが.....」

「神様だって後悔する。さあ、もうすぐ都に入るぞ」

そう言った隊長の言葉通り、目の前には白い石で作られたアーチがあった。

石のアーチの先には何も見えない、恐らくこの先に街があるという目印か何かなのだろう。

隊長が一歩先にそれをくぐり、俺と零は同時に足を踏み入れた。

と、同時に世界が一変した。

市場が眼前に広がり、人々の活気ある営みの声が祭りのような騒々しさである。

ここに来てから驚きの連続である。

まさか向こうには何も見えていなかったのに、足を踏み入れたらそこには街があったなんて。

零は不思議がってアーチを行ったりきたりしている。

「ようこそ。ここがウル家が治める都、そして天界の首都『アクロポリス』だ」

「こ、こここれはどういった仕組みなのですか!?」

零が興奮したように隊長に問い詰める。

アモル隊長は少しびっくりして身を引いた。

「あ、ああ。これは女神アテナの加護、アテナの防衛魔法だ。闇を寄せ付けないようにするためのもので、闇の者が許可なく入った場合ここはただの道見えることだろう」

「なるほど、だから女神アテナは都市の守護神と言われるのですね」

「闇の者とは何ですか?」

「悪魔や闇を持った人間、それから闇の子『ダーカー』」

「だーかー?」

「それはこれから話すことだ」

隊長は再び歩き出したが、人混みが凄くてついて行くのに精一杯だ。

だいたい昼時なのだろう、周りは良い香りが漂っていて、何となく腹も空いてきた気がする。

「ここは表街道だ。アクロポリスは丘に建てられた城塞都市、丘上の城を中心に円を描くようにぐるぐると建物があるんだ。そして道はだいたいまっすぐ一本で、全部城へ向かっている。もちろん住宅を縫うように横道などはあるが、迷子になったら大通りで縦道を探せばいいだろう」

「はい、わかりました。しかし隊長、一つ疑問が湧いたのですが、私達は天界でこれからどこに住めば.....」

「ああ、そんなことか。暗部の基地には隊舎がある、隊員の八割はそこで生活してるし安心しろ」

人混みの中を随分と縫って歩いて数十分。

隊長は街で生活必需品が買える店、服屋や美味しい飲食店などを教えてくれた。

そんなことをしてる間に、気がついたら人気はなくなっていた。

目の前には大きな門、門番が俺達を見ていた。

「そして、ここがウル家の城だ」

「はあ〜.....ここが、レイトの家か....」

白を基調とした城壁の奥に、見上げるほど高い城がそびえ立つ。

この城壁の長さからして、恐らく中の構造は住居のためだけではないらしい。

門番達は俺達を怪しそうに睨んでいたが、アモル隊長を一目見ただけで飛び上がり、背を正した。

「アモル少将殿!!任務ご苦労様です!!!」

「しょ、少将!?」

零はびっくりして後ずさる、少将といえば旅団または師団を任されるレベルだ、エリート中のエリートではないか。

「いえ、門番ご苦労さまです。ところで今レイト皇子は在宅していますか?」

「はい、先程オリュンポス十二神らの会議が終わり、帰宅しております。この後は他に予定もなく本日はこのままご在宅だそうです」

「それはなにより。引き続きよろしくお願いします」

「はっ!!」

門番達は城門を開城すると、アモル隊長へ敬礼をした。

その間を通って城門を潜ると、そこはまた別の世界だった。

街とは違い、落ち着く静けさが城を包んでおり、神聖な空気があたりを満たしている。

俺は思わず深呼吸をした。

そこは庭園だった、まっすぐと突っ切っていく隊長を追いかけると家のような扉があって、そこを開けて中へ入る。

目の前に広がるはまさに物語の中の城のようだった。

赤いカーペットの廊下に、左右に別れた階段、その上を照らすシャンデリア。

アモル隊長は構わず、真ん中の階段を上がっていき左手に曲がった。

俺は思わず、豪華絢爛な飾りに目を奪われていると、零が階段から俺を睨んでいるのを感じて慌てて追いかける。

「レイトのあの性格からは、考えにくい家ですね」

「それは本人が一番わかってるさ、でもこれは先祖代々ウル家が守ってきた家だからしょうがない」

隊長はずいぶん立派な扉の前に止まって、ノックをする部屋の奥から声がする。

「入るぞ」

そして扉を開けて、先に俺達を入らせてから扉を閉めた。

「ようこそ天界へ、皇子として歓迎しよう。バーナー、零、よく来てくれた」

そこでレイトは立派な大きな木の机に肘をつき、椅子に腰掛けながら待っていた。

「ここは落ち着かないだろう?いやいや実は俺もなんだ、広いし、眩しいし、何よりこのご身分よ」

相も変わらず、皇子らしからぬふざけた調子で手を煽る。

そしてコーヒーカップに口をつけて啜る。

アモル隊長はそんな様子を見ながら、部屋に置かれたソファにどかりと腰掛けた。

「アモルもお疲れぃ、二人も疲れたろう、ほれ座った座った」

「失礼します」

零は礼儀正しくソファに座る、その隣に俺も腰掛けた。

「長旅ご苦労。わざわざ軍部に行くのはめんどくさいだろう思って、今インセットに書類を取りに行かせてる」

「お兄ちゃんだって忙しいんだぞ、全く...」

「お兄ちゃん.....?」

「ああ、そうか。お前らあいつにあったことないのか」

レイトは思い立ったように立ち上がると、アモル隊長の頭にポンポンと手を置いた。

隊長は不満そうに甘んじてそれを受けている。

「アモル=テラス、の兄インセット=テラスは軍の最高位元帥兼俺の護衛で.....」

『元帥!?』

俺達はびっくりして声を合わせて思わず立ち上がる。

元帥ということは、天界軍の最高司令官ではないか。

皇子様はそんな御方をこき使えるってか。

「俺がどうかしたのか」

噂をすれば、元帥様が扉の前に立っていた。

確かに顔も髪の色もアモル隊長と似ている。

一つ違うとすれば、瞳の色が深い黒であることだ。

レイトがイケメンなら、こちらは美形というところ。

だが元帥というからには、歳のいった方だと思っていたが、レイトと同じくらいの青年ではないか。

彼は首から膝上までローブで隠されていて、体型はまるでわからず、顔と足以外全く見えない。

「言われた通り書類持ってきたからな」

「ありがとな」

「それで、こいつらが例の奴らか」

彼は歩きながら俺達を見定めるように、上から下まで観察すると、レイトに何やら書類を手渡す。

「俺はインセット=テラス、どうやらこの糞マフラーが紹介していたらしいが。天界軍最高司令官元帥のインセットだ、だが所詮は位なんて飾りだ気にするな。問題は、使えるか、否か」

彼の視線は、品定めのようで、それでいて警戒色を孕んでいる。

ローブの中で腕を組んで立つ姿は、威厳があった。

俺達は緊張ですっかりと挨拶することができず、座っていた。

「バーナー、零。お前達は今日から天界で暮らすわけだが、その為には天界のことを知ってもらう必要がある。ここは下界とは違う、優しい世界じゃない」

レイトは隊長の頭から手を話し、受け取った書類をさらに俺達へと渡す。

差し出された書類には、入軍申請、と書かれていた。

「お前達には、天界と下界が再び手を取り合う世界の再生の手伝いをして欲しい、ことはもう言ったよな?力不足で、普通の外交では人間達は振り向きもしない。お前達には申し訳ない形、二人だけを巻き込む形となってしまう軍事的外交という風になってしまったことは、謝ろう」

レイトはそう言って俺達に向かって深く頭を下げた。

元帥はそれを見て補足的説明を加え始める。

「人間達に何度も頼みこんだが、こういう利害関係でしか俺達の存在を認めないと言われた。恐らく、こちら側で新兵を鍛え、手に入れることで、軍力の強化を図れるということだろう。その実験的段階として、その計画が成功するかどうかということでお前達二人が送りこまれたわけだ」

「あちらの要求はお前達二人が、天界の兵士と同様に任務をこなすことにある。任務の危険性は高まるが、安全性も考慮して、俺の管理下にあるこの特殊攻戦部隊に配属させてもらった。俺の目も届くし、アモルやその部下も充分すぎるほどの実力がある。お前達はもちろん下界の政府の為なんかじゃなくて、お前達の為に頑張って欲しい。きっとそれは、バーナーと零の成長に繋がる」

レイトは顔をあげると、楽しそうに話しながら部屋を歩き始める。

きっとこれから始まる物語を想像しているのだろう。

かくゆう俺も期待と夢で胸を膨らませていた。

「いちお下界の政府に定期的に報告書を提出する決まりになっているが、そんなの適当に書いておけばいい。何か言われたら俺が対処しておくさ!バーナーと零には、ここでしか学べないことを吸収して成長して欲しいんだ」

レイトはこっそりと内緒話をする少年のように、俺達に話しかける。

零はそれを聞いて目を輝かせて質問した。

「アモル隊長から、太古の天界との交易で魔法を手に入れたと聞きました。では現在の人間の魔法の水準は、その関係が途切れたまま止まっているということですか」

「その通りだ、君は頭が回るな」

元帥殿は、関心したように頷く。

それに零はカチカチとした言葉使いで反応する。

「お褒め頂き恐悦至極でございます元帥殿!」

「呼び捨てでいい。無理ならせめて敬称でもつけてくれ」

「わかりました、インセット殿」

「ああ。そう、零と言ったか。君の言うとうり、下界の魔法水準は現在の天界から見れば極めて低い。君が魔法を学びたいというならば、アモルの部隊には一流の魔法書と魔術師がいる、好きにするといい」

「すみませんインセットさん!俺、剣術をもっと学んで強くなりたいんですが!」

俺はそれを聞いて乗り出して質問した。

「そんなことか。ならうちの妹から鍛えて貰うんだな、間違いなく強くなるだろう。なんせ俺の妹は、最強の剣士、部隊の奴らも全てアモルが鍛えたエリートだ」

インセットさんはアモル隊長の頭に手を置いて撫でて見せる。

隊長は嫌な顔せず、むしろ喜んでいるような顔で胸をはった。

「だがもちろん君達の優先することは、任務だ。そのことを忘れないで欲しい」

インセットさんは隊長の頭を撫で続けながらそう言った。

「まずこの天界の仕組みについて教えてやらんとな」

「仕組み、ですか」

「そう、でもその前に飲み物と菓子が必要だな」

そうレイトは笑うと、タイミングを見計らったように扉が開いた。

レイトは入ってきた人物に駆け寄る。

「紹介しよう、嫁のキャンディーだ」

そういって女性がもつお茶請けや飲み物を半分手に持って俺達に配っていく。

嫁、ということはレイトは既婚者だったのか。

女性は長い金髪を三つ編みで纏めた、色白のお淑やかな人だった。

一つ気になることと言えば、近くに女性の身長以上の長い金属製の杖が漂っていること。

「初めまして、私はキャンディーです。ふふ、実は私も人間なのよ、そういう意味では何かわからないことがあれば、是非頼ってくださいね」

「キャンディーは人間の中でも、俺達に近しい種族なんだ。『巫女』という一族で、俺達の存在を知っている唯一の人間達だ」

「『巫女』、聞いたことがあります。神に祈り、力を借りることができる種族だと......まさか実在するとは.....」

零は珍しいものを見るように女性を見ている。

「ええそうなんです。厳密に言えば、人間よりこちら側に近い種族なんです。でも近いだけであって立派な人間ですよ。恐らく巫女が珍しいのは、彼らが魔女や魔法使いに隠れているからでしょう。私もその一人です」

配られた飲み物をさっそく口にしようと手を伸ばしたが、レイトに制される。

何だろうとよく見ると、カップの中の紅茶だろうか、冷めてしまっている。

すると彼女は手を動かすだけで、漂っていた杖を操り、掲げた。

『ヨッド』

そう言うと杖が淡く赤色に輝くと、なんと紅茶から湯気が立ち上った。

俺は目が飛び出るかと思うほど驚いた。

ヨッド、四大元素の火を操る詠唱だ。

だがここまで自在にコントロールできる魔術師は初めてみた、普通はなんでもかんでも燃やすものだと考えていた。

「どうぞ召し上がってください。レイト君とインセット君は珈琲を、アモルちゃんはオレンジジュース、お二人は好みがわからないからホットティーにしてしまったけれど」

アモル隊長は何もなかったように、いただきますと嬉しそうにお茶請けに手を伸ばしている。

レイトはソファの前の机ではなく、先程いた机の方で珈琲を啜る。

「うん、それじゃあ始めようか」