『 』

彼女は向日葵が良く似合う、笑顔が可愛らしい人だった。

 

「…………や…だ」

 

怒った顔はとても怖くて。

 

「どう…………彼……」

 

焦る姿は、ちょっと可愛い。

 

「……目を……」

 

全部、覚えてる。

 

「おに…………ら……ない」

 

初めて出会った雨の降った寒い冬も。

 

「いか…………で」

 

花を数えた優しい春も。

 

「……ないで」

 

森を走り回った夏も。

 

「いかないで………」

 

落ち葉にダイブした秋も。

 

「どうして……?」

 

覚えてるよ。

 

「全部……覚えてる……」

「どうして……っあなたが……」

彼女の目から僕の頬へと涙が溢れる。

雨音が聞こえる。

だが体の感覚はない。

「どうして……?貴方が、貴方が何をしたというの……?」

彼女は僕の頬を、冷えきった、震える手で脆い物を触るように撫でた。

「……君に、恋をした」

震える唇からは、今まで言えなかった言葉が驚くほどあっさりと流れ出た。

「知ってたよ……、だって貴方、わかりやすいんですもの……」

彼女は瞼を震わせながら、優しく微笑んだ。

「君の……その……笑顔に、最初に恋をした」

命が流れ、消えていく感覚だけが僕を取り巻いた。

消える前に、無くなる前に、彼女が、いなくなる前に、伝えたい事がある。

「君の事が……ずっと、好きだった……」

彼女の瞳はもう涙でいっぱいで、とまることなく溢れている。

「それも…知ってるよ」

「………看病したあの夜も」

「うん」

「紅茶の入れ方も……」

「覚えてる」

「木下で」

「ピクニックした事」

「よかった……」

僕は霞んでいく視界を憎らしく思った。

「これで……」

「最後じゃないよっ」

彼女は声を荒らげて僕を抱きしめた。

「最後じゃない、また会えるっ。例え貴方が全て忘れてしまったとしても私が全て忘れてしまったとしても、二人共何も覚えていなくても」

潤む深紅の瞳は僕をまっすぐ見つめた。

「今度は私が迎えにいく、出会った冬の雨の日のように。必ず、貴方を見つけてみせるよ」

「……約束だ」

「えぇ」

「僕が、違う人に恋していても?」

「その時は友達になりましょう、恋人を嫉妬させてみせるわ。なんたって、私の得意分野ですもの」

「ははっ……嫉妬は、狂気にも、なるんだろう」

「そうよ、その時は貴方を守るわ」

「それは、安心……だ、な」

僕は最後に大きく息を吸った。

君が飛んでいた空は、こんなにも広くて、でかかったのだなぁ。

「君との……初めての、約束……だ」

「えぇ、必ず守るわ。魂に誓って」

「そう、か……」

「……最後に」

「……何?」

「名前、教えてくれないか……」

「………「愛」という意味よ」

「……そうか、そう、だね。その方が、見つけがい、が……あ……る、な」

僕は、最後に彼女の優しい顔を見て、瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ディック…………私も貴方に恋をしてたのよ」

 

「私だけ、言えないなんて、ずるいわ」

 

「…………ずるい」

 

「まだ、私の本当の名前、教えてないよ……?」

 

「…………私もすぐ、いくわ」

 

「アイツを…………私も……」

 

「だから、待っててね」

 

「大丈夫、私強いもの。お兄ちゃんのお墨付きよ」

 

「私ね……」

 

「私…………アモルって言うの」

 

「……レーディック、私の名前はアモルよ。しっかり探してね、じゃなきゃ、忘れちゃうよ」

 

「…………来世で、今度は、友達から始めましょう」

 

「死神になんて……渡さない」

 

「本当は、私も、連れていって欲しかった」

 

「ディックの馬鹿、阿呆、貧弱」

 

「死神になんて……やられてんじゃないわよ」

 

「馬鹿、馬鹿………………馬鹿」

 

「どうか彼が来世は……幸せになりますように」

 

「どうか、約束が、守まれませんように」

 

 

 

 

これは、約四千と六百五十年前の、罪と人から始まる、全ての元凶の話。