『ソレイユ』 一日目 『没 限定公開』

昔の話をしようか。

 
俺の昔の話を。
大した話でもないので、何か口に入れながらでも聞いてくれ。
 
じゃあ始めようか。
 
 
まだ希望に満ち溢れていた頃の太陽の話を。
 
 
 
 
 
 
 
春の優しい風が木々の間を駆ける音を、空を眺めながらただ聴いていた。
俺は森の、そこだけはまるで近づかないようにしているかのごとく、ちょうど木々が生えていない上が吹き抜けた草の上、のさらにその草の上に不自然に存在する巨大な岩の上に、俺は寝ている。
「よっ、と」
足を自分の頭まで振り上げ、手を岩につき、これでもかと手を押し出す。
岩から飛び降り、草の上に降り立つ。
「さて」
白いマフラーを整えて、足を踏み出した。
今日はいつも通る森の道を歩き出口を目指すことにしよう。
小鳥たちは清々しい朝のように歌う。
陽光は木々の生い茂る葉によって遮られ、木漏れ日として気持ちのよい光だ。
暖かい気温が眠気を誘い、欠伸を大きく一つすると視界に、ちょうど背伸びすれば届きそうな、赤々とした林檎が木に数個ぶら下がっているではないか。
「ラッキー、いただきま〜す」
片足で地面を蹴って飛び跳ね、林檎を一つむしり取る。
ひらりと地面に着地し、試しに林檎を一齧り。
「んぅ、こりゃうまい。もう一個だけ」
そうさっきのように飛び上がり、林檎をむしると片手でしっかりと握って、再び歩き出す。
林檎にかぶりつきながら、モグモグと口を動かす、今日の晩飯何かな〜。
そんなこんなで数分歩くと、前方から草の匂いが風に乗って漂ってきたのでそろそろであろう。
そう思った直後、目の前は見渡す限りの草原でどこまでも続いているのが木の奥からみえる、その周りはやっぱり森で、草原を取り囲むように森がある。
その広大な草原の真ん中、ポツリと遠くにみえる白い建物。
森を抜けて草原の匂いと太陽の温かい光に目を細める。
俺は唯一、道として続く茶色い地面がむき出しの道を踏みしめる。
最後の林檎をかぶりつく。
甘い林檎の汁が口に広がる、もうちょっとだけ頂戴したかったものだ。
段々周りの草は俺の背丈を超えていき、草に囲まれる感じになった時。
到着した。
建物の白いドアには、黒い板に白い文字で『ソレイユ』と刻まれている。
俺は林檎のしんを草むらに放り投げると、ドアノブに手をかけた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今俺は12歳なので5年前だったか。
俺は空から落ちてきたらしい。
落ちる、というのは言葉のとおり落ちる、である。
俺が7歳の時だ。
偶然、現在の親友が生活用水としている湖に朝食のため、必要な水を汲みに来ている時。
偶然、俺が空から落ちてきて。
偶然、湖に落下し。
偶然、親友が俺を拾ってくれた。
偶然、外傷はなく「ソレイユ」に引き取られ。
偶然、記憶が無く、身よりもないのでそこに住むことになった。
偶然の偶然が重なりあって、俗に言う「奇跡」というものに俺は助けられたところからこの物語は始まる。
目を覚ました俺が最初に見たのは、輝く黒い瞳で俺を見つめる俺ぐらいの少年と、俺ぐらいの、オドオドと少年を引っ張る少女であった。
その少年は、今後俺の親友となる、ティア=ヴェルダー。綺麗な黒い瞳と同じく濡れたような黒い髪の毛はところどころツンツンしている。
少女の方はこれから俺達パーティーの大事な仲間になる、キャンディー=ソルシエール。そしてなんと長い髪か、フワフワしてそうな柔らかい綺麗なブロンドの髪を三つ編みでまとめ、前髪には茶色も入っている。サファイアとアクアマリンが混ざったような色の瞳、何より少女のもっとも特徴的なのは、絵本に出てきそうな魔女の服。
黒いゆったりとしたローブは地面を引きずっていて、けれど上半身は体のラインがわかるほどピッタリとしている。
この2人は俺が初めて記憶喪失してからできた友達である。
俺の記憶喪失は激しいものであった、そりゃ空から落ちてきたのだから死ぬよりましだが、覚えていることは名前とあと一つだけだったのだ。
俺が拾われた「ソレイユ」という組織のボスであるフォルは、そんな何者かわからない、空から落ちてくるような得体の知れない俺を引き取り、俺の居場所をくれた。
その居場所はまるで太陽のように暖かくて俺は、自分も「ソレイユ」の一員になりたくなった、なって、素敵な居場所をくれたみんなに恩返しをするのだ、居場所だけじゃない、命を救ってくれたことも、一生では返せない恩だ。
そんな俺はまだ8歳で、ある決意を決めた。
 
 
「ただいま〜」
俺はドアを軽く背中で押して閉める。
ズボンのポケットに手を突っ込み、ドアの目の前にある木の階段に足をおく。
すると、階段の上から若い見慣れた男が俺を見ていた。
黒いコートに黒いブーツ、黒い髪の毛、青い目、身長は180cm、年齢24歳前後。全身黒い不審な男にしか見えないのでお願いだから一色くらい服に違う色を入れてくれ、と思うばかりだがこの男は、フォルという上司であり義兄である。
そしてティアの実兄だ。
フォルは呆れたようにため息をついて手すりに寄りかかった。
「おいレイト……。お前この前の盗賊団の依頼で、喧嘩しないって言ったよな?被害出さないって」
「そんなこと言ったか?フォルの気のせ…ぃだぁッ!!!」
すると上から分厚いファイルが見事に俺の頭に直撃した、激痛がぐわんぐわん頭から波紋のように広がる。
「何すんだよ!!!言っとくが俺は悪くないぜ!あっちが先に喧嘩売ってきたんだ!」
「馬鹿野郎!!ソレイユは財政難なんですぅ!レイトが暴れまわった後始末を出来るほどの金はこれっぽっちもねぇんだ!」
「だから俺は壊してねぇって!!」
「あっちもこっちも同じだ!破壊をさせるな!」
「そんなの無理に決まってんだろうが!!」
俺は階段をドシドシとのぼりフォルの隣に並ぶ。
フォルはマントを翻し、上から俺を見下ろす形になった、さらにそれが腹を立たせた。
俺は足を踏みつけてやろうとする衝動をおさえつけ、代わりにこれでもかと睨みつける。
すると馬鹿のように声を張り上げるやつが、小さな子供たちを引き連れてやってきた。
「見ろお前たち!まぁた、レイトとボスがこわぁ〜い顔して喧嘩してるぞ〜!!」
「レイトお兄ちゃんお顔怖いよ〜!!」
「……ティア」
「兄さん許してやってくれや、レイトも悪気があった訳じゃないんだよ」
ティアは子供たちをくぐり抜け、俺の隣に並ぶと微笑む。
「そうだフォル!俺は市民の安全をだな……」
「お前は調子に乗るなレイト!」
フォルは俺を一喝すると、深いため息をついた。
サラサラした黒い濡れたような艶のある髪を耳にかける、これはフォルが何かを考える時の癖だ。
フォルは腰に手をおくと唸り始めた。
我がソレイユが財政難なことは痛いほど知っている。
ソレイユは言ってしまうとギルドに近いだろう、依頼された仕事を選び取り、内容をクリアしたことで報酬金が貰える。
だがソレイユの人間は多くがその報酬金をボスであるフォルに納める、それはソレイユが身寄りのない者たちで構成された組織であるからだ。
例えば目の前にいる数十人の子供たちは、この周辺に捨てられ、または依頼で訪れた土地で、拾ってきたあてのない子供たちをこの場所で育てているのだ。
勉強は俺達が教えているし、その後のことは子供たち自身に任せているし、もちろんここが嫌なら俺達は全力で里親になってくれる人を探す。
 であるが多くの子供はここに残り、ソレイユのために働いてくれるのだ。
子供たちだけではない、戦場で負傷し捨てられた兵士や家の無くなった家族などもソレイユにはいる。
だがその数に対し、働く者があまりにも少ないのだ。
例えば100人ソレイユに居たとしたら、その中の10人だけしか働いていないということだ。
その少数でソレイユを運営していく金を手に入れるのは大変なことだ。
ただでさえ大変なのに、最近は軍に目をつけられ、うちの実力者であり収入源を半分も持っていってしまったのだ。
フォルは腰においた手をおろし、ピシャリと言い放つ。
「しょうがない、ティア!」
「なんだ兄さん」
フォルはふわりと手を上げ、まるで細い糸がそこにあるかのように空をつまむと引き上げた。
すると、先程頭に落とされたファイルはフォルの手の中に飛び入った。
それからも触れていないのに、パラパラとページはめくられていき、ピタリと止まったと思ったら、今度は資料がフォルの周りに展開されていく。
フォルは俗に言う「エスパー」なるものだ、だがそこらのエスパーと一緒芥にされてはソレイユのメンバーとして黙っていられない。
フォルはサイコキネシステレキネシス、テレパシー、サイコメトリー、テレポーション、そしてその気になればパイロキネシスだって使えるスーパーなエスパーなのだ。
さらに念力の範囲だって異常だし、ほんとにこいつ人間かって……。
そんなことを思った瞬間、展開されていた資料が俺の顔面に張り付いた。
「もごっ!?」
「あ、それだよそれ。見つけてくれて、ありがとう」
「むぐぅっ!?……っ何がありがとうだ!わざとだろお前ぇ!!?」
「うるさいわ、いいから見てみろ」
俺は促されたので、顔から剥がした資料を手にティアにもわかるように音読する。
「なになに?…………えー、場所は……ノーランス帝国?」
「ノーランス?北端の国じゃないか、ここから3日かかる辺境だぞ」
ティアは俺のもつ資料を覗きこんできた。
「ノーランスといえば今は春だから大丈夫だが、冬は極寒の豪雪地帯だ」
「……俺寒いのは嫌だかんな」
「だから大丈夫だって、今は春だからノーランスはきっと夏だ。夏でも涼しいぐらいの気温だからちょうどいいはず」
「なるほど」
俺は再度資料に目を移す。
「…………報酬金10万ルナー!?」
「新築1件建てられるぞ……!」
「これだけあれば、お前の損害全部返せるし、余った金でガキどもに新しい服を買える」
「フォル!本当に!?」
「あぁ、お前らにレイト兄ちゃんからのプレゼントだとさ」
すると子供たちは笑顔で嬉しそうに俺の周りにわーわーと押し寄せる。
俺は子供たち一人一人頭を撫で回しながら資料をみる。
金額がこれ程なのだからきっと依頼内容は難しいものなのだろう、そこに書かれていたのは。
「ドラゴン退治?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「急げ急げ!!列車でるぞ!!」
「レイトが昼メシ買い込むから!!」
「あわわわわわっ」
俺達は大きな荷物を手に、駅のホームを走り抜ける。
キャンディーは、自分の身長以上の杖にちょこんと可愛らしく乗り浮遊している。
ふわふわなびくスカートの裾からは雪のように白い足が時折パタパタと顔を覗かせる。
「レイト君っわ、わ私が服選ぶの遅かったからぁ……」
澄んだ青いアメジストの目からは、涙がじわりじわりと滲み、今にも溢れそうである。
俺は罪悪感が胸を刺し、なんとも微妙な顔つきで謝ろうと口を開いた。
だがホームに鳴り響くアナウンスが俺の声を遮った。
『3番線ノーランス行の列車、まもなく発車いたします』
「飛び乗れ!」
俺達はティアの合図で何とか列車に飛び込み、扉はしまった。
そのまま数秒固まり、俺達は顔を合わせると床に座り込んだまま大笑いした。
 
 
 
俺達は指定席へと向かう、様々な人たちが本を読んでいたり、寝ていたり、食べていたりするのがやたらと不思議に見えた。
俺達は大きな荷物を半分引きずりながら、個室のドアを開ける。
そこは二段ベッドが2つと小さな机が1つ、椅子1脚ある少し余裕のある部屋であった。
ティアは左側の一段目に荷物をなげる。
「じゃあ俺達はこっちのベッド使うから、キャンディーはそっちを使ってくれ」
「う、うん。ありがとうっ」
「おいティア、ノーランスまでどれくらいかかるんだよ」
「そうだなぁ……3日ちょいか?」
「3日!?退屈で死ぬぞ!」
「知らねぇよ」
ティアは荷物の中から愛用のレイピアを取り出すと、膝に置いて丁寧に手入れを始めた。
 キャンディーも腰を下ろすと何やら普通ではない眼鏡をかけ、なんとも分厚い本を読み始めた。
俺は2人をみてからつまらなそうに列車の窓から外をみる。
外の景色は流れるように変化しているだけで、見ていても面白いものではない。
窓を少し開ける、それから椅子を持ってきて座り、手を開いた。
俺には炎を自ら生成し、意のままに操れる能力がある。
記憶を無くして初めて使った時、それはキッチンで蝋燭に火を灯すためマッチを使ったら炎が何故か爆発、俺は丸焦げだがそれは煤や髪が焦げただけだったという偶然からだった。
まぁフォルが言うに「化け物級」なのだそうだ。
炎を操るやつなんて世界に万といる、だが俺のように炎を戦闘で使えるほどの火力とそれを操る才能があるのは片手しかいないという。
よくわからんが、とにかく凄いらしい。
俺は目を閉じて手のひらに小さな炎のイメージを練る、今にも消えてしまいそうな小さな炎を。
ふわりと手が暖かくなり、目を開けるとユラユラと踊る炎が手のひらに現れる。
思わず微笑むと、それに答えるかのように火の粉がパチパチと吹き上がった。
するとどこからともなく、何か焦げた臭いが窓の外から漂ってきた。
俺は一瞬、やってしまったかと焦ったが部屋はどこも燃えてはいない。
臭いはどうやら部屋にすぐに充満したらしく、2人共顔をしかめて俺をみた。
「…………おいレイト、冗談キツイぞ」
「いや俺じゃないから!」
「えぇっ!?お前じゃないの!!」
「ぶっ飛ばすぞ!!確かに今炎出して遊んでたとはいえ……」
刹那、列車が巨大な衝撃と音に激しく揺れた。
窓は衝撃に耐えられず音を上げて壊れ、破片が中を舞い、顔や腕を掠った。
ティアやキャンディーの方に舞った破片を、炎で薙ぎ払うようにして防いだ。
「あ、ありがとうレイト君」
「気にすんなっ……大丈夫か二人共」
「あぁ、ちょっとビビったわ。しっかし何事だよ」
俺は窓から身を乗り出す、ゆっくりだがかろうじて列車はまだ動いている。
そして衝撃の原因と思われる、後方車両が黒く、煙を上げているのが見えた。
俺は破片を踏まないようにして、部屋の中心に集まる。
「おいレイト、こりゃいい暇つぶしができたぜ」
「……そうだな、楽しい喧嘩ができるといいんだがなぁ」
ティアは不敵に笑うと、剣帯を腰に巻いて愛剣をそこにさした。
「でででも、ティア。他の、じょ、乗客とか……」
「そうだな、じゃあキャンディー。お前は他の乗客をなるべく一箇所に集めて守ってやれ」
「わ、わかった」
「俺とレイトは列車の前と後ろで別れよう、何かあったら叫ぶわ」
「了解」
俺はマフラーを緩めて、思わず弾む足を抑えて扉まで歩く。
ティアとキャンディーを扉の両脇に待機させる、もしかしたら扉の向こうで敵が潜んでいる可能性があるからだ。
ティアがゴーサインを出したのを見て、俺は扉を蹴り破る。
俺は一番に後方列車の方に走り出した。
割れた窓の破片を踏みながら走っていると、メイスを右手に握りしめた屈強な男がズルズルと何かを引きずって歩いてきた。
これはしめた、俺は先手必勝だと言わんばかりに拳を握りしめ、軽く飛び上がると相手の顔面に振り下ろした。
だが、鍛え上げられた筋肉のついた左手は引きずっていた何かを投げつけ盾にした。
俺は構うものかと、拳に炎を纏わせようとして止めた。
投げられた何かとは、血にまみれた車掌だったからだ。
「クソッ」
俺は車掌を体で受け止めるが、宙に浮いていた体はぶつかった衝撃によって床に叩きつけられた。
「おいっ!お前大丈夫か!?」
「ヌアァァァァァァッ!!」
雄叫びを上げながらメイスを振り上げた男は、車掌ごと俺を潰そうという考えらしい。
「パーゴス!!」
聞き慣れた可愛らしい声が背後から聞こえたと思ったら、氷の塊がメイスにぶつかり、瞬時に四方八方へと氷柱が伸びると男の腕を封じた。
「レイト君!」
「キャンディーでかした!」
俺は車掌をそっと置くと、相手を足で払いバランスを崩させ、腹に左アッパーをお見舞いし、最後に顔面に一発入れた。
男はフラフラと数歩動くと、床を揺らすほどの勢いで倒れた。
俺は起き上がらないことを確認すると、後ろを笑顔で振り向く。
「助かったキャンディー、やっぱり俺達脳筋にはキャンディーみたいな周りに気を配れる後方支援がいないと……」
「こここここの人治してきますぅー!!!」
キャンディーは何故か車掌を強引に引きずりはじめた。
「うぉいっ!?運べないなら俺運ぶから!」
俺はキャンディーから慌てて車掌を奪い取り、背中に背負う。
白いマフラーは車掌から垂れる血によってぽたぽたと模様を作る。
「だ、駄目だよ!レイト君汚れちゃうっ」
「俺は気にしないから大丈夫だ、それより早くこの人を」
キャンディーはパタパタと走っていくのを見届け、俺も一歩踏み出した。
後ろから男が立ち上がっているのを知っていて。
「なるほど、そこまで俺を殺したいのか」
男は凍ったままの腕を俺に叩きつけた、だが届かず。
「すまんな、防衛反応なんだ。恨んでくれるな」
体からチラチラと抑えきれない炎が火の粉をあげる。男の腕と俺の間の数cmには炎が湧き上がっていた。
「カッ……ガァァァァァァァァァ」
腕が氷はみるみる溶け、灼熱の炎が代わりに腕を包み込んだ。
男は余りの熱さに声をあげて床をのたうち回る。
「安心しろ、軽い火傷で済むさ。何故か俺の炎は人を殺さないんだよ。なんでだろうな」