「騎士の月」 『没 限定公開』

桜舞う春の香りが鼻をかすめた。
それは一瞬のことで、すぐに現実へと急降下だ。
弓をしまい、汚れ仕事がひと段落したので安堵の溜息1つ。
俺は太陽が大っ嫌いだ、恥ずかしながら羨んでいる自分が嫌だ。
太陽は何でもできた、みんなにも好かれた。
それすら才能のように太陽はみんなの目を奪っていくのを見ていた、そんな自分も太陽に惹かれていたとは知らずに。
太陽は優しい光を周りに振りまき、闇を振り払う、時には牙を向いて人だって殺められる。
太陽はこの地上において無くてはならない存在で、この世界を掌握している。
そんな太陽がこの世で一番憎かった。
だが今は大切な人のため、この手を汚すしかない、それを太陽も大切な人も知らない。
でも太陽はいずれ沈み、月が地上を支配する。
月は穏やかな光を柔らかに放つ、空高く一等に輝いているはずなのに、周りの星たちのことを忘れない。
太陽とは正反対の存在だ。
俺はそれに惹かれた。
月がのぼる静かな夜、カツカツと俺の足音がやけにうるさく聞こえる。
やけに重たい扉を開け、暗い王座の前で膝をつく。
並ぶ大きな窓からは月が輝き王座を照らす。
「今宵は月が大変綺麗にございます、姫」
王座の前で優雅に立つ彼女は微笑んだ。
「そうね、私も丁度貴方に言おうと思っていました」
俺は彼女に向かって手を差し出すと、ひんやりとした手が俺の上に重ねられる。
「今日は会いに来てくれないとおもっていました、インセット」
「ごめん……仕事が思ったより長引いて」
「妹さんは、元気ですか?」
「あぁ、アモルは元気に天界で暴れてるさ」
「でもお身体が弱いのでしょう」
「大丈夫さ、この国の医療技術のおかげで日に日に良くなってる」
「それは良かった」
彼女の手を握り立ち上がる。
鮮やかな赤い髪がサラサラとなびく、顔にはベールがかけられ胸には赤い宝石が月光に煌めく。
「昔を思い出しますね、インセット」
「そうだな姫様」
「貴方は私を守る騎士、私は貴方に守られる姫。たった数年前のことですが」






硝煙と酷い臭いが鼻をついた、状況は絶望的。
国が戦乱に巻き込まれ街中に火の手がおよび、逆賊は至るところに。
「姫様!国外へお逃げください!この国はもうもちませぬ!」
「いいえ、我が命は民と共に、国と共にあります。逃げるなどということは私の中にはありません。逆賊の狙いは私の命、貴方達はお逃げなさい」
臣下たちは皆悔しそうに顔を歪ませる、やけに美しく佇む今宵の月が笑っているようだ。
「姫様をおいてそのようなことはできませぬ!」
「私めも残ります!私の命は姫と共に!」
「我も!」「僕も!」
「貴方達……。まったくしょうがない、立派な臣下を私は持ちました……。お母様になんとお顔を向ければよいのでしょう」
逆賊が最後の砦である王座へと急ぐ音が聞こえる。
最後にみたのが、この美しい月で良かった。
「姫の命貰いうける!!」
逆賊たちが王座の扉を破った刹那。
たちまち逆賊はバタバタと倒れていく、まるでドミノ倒しだ。
「逆賊の命貰いうけるー、なんちって」
と、逆賊の屍に囲まれた1人の男がナイフを慣れた手つきで、回しながら近づいてきた。
彼はつまらなそうな顔で、けれど美しい顔立ちの青年だ。
「姫様ご安心をー、俺はただの通りすがりの医者ですー。奴らとはさっきすれ違っただけでさー」
生き残りの逆賊か、刃物をもち彼に襲いかかった。
「危ないっ!」
彼は気づいていたかのようにふらりと身をかわす、だが逆賊は私に向かって刃をむいた。
「てめぇそこ動いたら姫の命はないぞ!!」
「……これは困った困った」
彼は手をあげる。
「ナイフを地面におけ!!」
「…ナイフなら既に離したぜ」
すると逆賊はばたりと倒れた、背中には彼のナイフが深々と刺さっていた。
彼はナイフを引き抜くと腰の鞘に収めた。
医者だと言っているが、本当に医者なのか。
「まぁ、手上げた時にナイフ上に投げただけなんだがなぁ」
彼はさて、と呟いて私の前で膝をついた。
「ご無礼をお許しください姫」
「……救っていただいたこと心から感謝いたしますが、貴方はいったい何者で」
「天から参上仕った者、強いていえばただの医者です」
彼は顔を上げるとニコリと笑う、少年のような笑顔だが私には作り笑いにも感じた。
「天とは、何のことでしょう。この世には神などとうの昔に消えています」
「姫がおっしゃるのであれば、そう思ってくれてかまいません。なんせこの国を天は上から見ておきながら、助けをよこさなかったのですから」
周りにいる臣下たちは先ほどから警戒態勢、だが彼はなにやら大丈夫な気がするのだ。
「失礼ながら姫、俺と2人で話をいたしませんか。この国の姫は大変心優しい、慈悲あるお方だとお聞きしました、であればこの俺の願いもお聞きしてくださると思い、今回参上仕った理由にございます」
「なっ何を言う!救ってくれたといえ傲慢だぞ貴様っ!」
「そうだ!ただでさえ逆賊が国家転覆を図っているというのに信じられるか!」
「姫様!この様なよそ者、しかも天から参上したなんという輩と二人きりなど許しませぬ!」
臣下が口々に彼や私に声を上げた、私を思ってのことなのだろう。
「俺にはっ!!」
そんな彼は臣下たちを黙らせるように王座に響き渡る声で叫んだ。
王座は静寂に包まれた、彼の目は私を見つめていた。
「……俺には体が弱く、持病をもち、決して永くない人生を送ってしまうかもしれない妹がいます。だけれど、俺が不甲斐ないばかりに、幸せとは言えない生を、俺が弱いために、道を誤らせてしまったのです。俺はそんな妹を助けたいんです、幸せになってほしいんです。武器を握り戦場をかけるのではなく、誰かのためにと傷つくのではなく、結婚して、普通に子供を授かり、家族に囲まれて幸せになってほしいんです。姫様、こんな何処にでもいるようなただの兄貴の願い、いや我が儘を聞いてくれはしませんか」
彼の真剣な目が月に照らされる。
「貴方、お名前は?」
「インセット=テラスと申します」
「ではインセット、むこうで二人きりでお話しましょう」
「なっ姫様っ!」
「私はこの方と2人で話をしたいと申しているのです!二人きりにさせてください」
どよめく臣下たちを一喝する、私には見捨てられない、世界にはこの方のように悩める人が万といるのだ。
せめて、目の前の人でも救ってやることはできるだろう。
私は王座の後ろに周り扉を開く、彼を先に部屋にいれて扉を閉めた。
「私の臣下がご迷惑をおかけしました。私を思ってやってくれているのです、決して貴方を」
「わかってますよ姫様」
「それではインセット、貴方の願いを聞きましょう。叶えられる範囲で努力します」
「その前にお名前をお聞きしても?」
「…私はこのルベル王国王女、イリスと申します」
「じゃあイリス王女、単刀直入に申しますとね、俺にこの国の医療技術を叩きこんでもらいたい」
「……確かに、ルベル王国は医療技術が発達していることにはそうですが……」
「この国は天界より医療技術が進んでいるってあのクソマフラーが………いえ知人に聞きましたので」
「先ほどから貴方は天、天界とおっしゃっていますが本当に存在するのですか?そんなものは絵本に出てくる童話の中、おとぎ話です」
「……そうですか、じゃあ」
彼は立ち上がると部屋の窓枠に手をかける。
「じゃあ明日また来ますわ!」
そういうと彼は窓から飛び降り、姿を消した。





「いやぁ、あの時はクソマフラーが珍しく真剣に言うもんで」
「口が悪いですよインセット、貴方は騎士なのですよ」