アヴェスター 第一章

昔々の大昔、何も無かった場所に白く輝く少女が産まれました。

と、同時にどこまでも深い、黒い少年が産まれました。

二人はとても仲が良く、いつも一緒にいました。

だけど二人は、二人だけでは寂しくて、世界を作りました。

次に自分たちと同等の神を、二つ目には使いとなる天使と悪魔を、最後に動物や植物、そして人間を。

さらに二人はそれぞれが住みやすいよう世界を三つにわけ、それぞれが交流し、穏やかに住んでいました。

二人は、もう寂しくないと笑いました。

だけど、人間は欲深い生き物でした。

人間は動植物の居場所を奪うだけなく、自らで争い始めました。

同種族で争いあい、終いには血も流れました。

二人は悲しみました、こんなはずでは、と。

それでも人間は止まりません、人間はついに「天」に手を出しました。

増えすぎた人間は、領地が欲しかったのです。

それ以上に、自分たちより良い性能をもつ者たちへの興味、いや人間の方が上だと愚かにも慢心したのです。

それからは長く辛い争いが何千年も続きました。

二人は悲しみ寄り添いました、あぁ、こんな事になるなら人間など作らなければ良かったと。

こんな事になるならなぁ、と。

二人はずっと。

一緒のはずでした。

ずっと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茶色い封筒に入ったそれを、ただ見ていた。

『配属決定報告書』と書かれたそれを握って呆然と立ち尽くす。

周りの奴らは自らの配属先に喜び、そして同時に誇り、活躍することを期待し、目を輝かしている。

俺のそれには『天界 支部統括兼特殊攻戦部隊』と書かれている。

聞いたことも見たこともない部隊名だ。

下界政府直轄の軍の支部師団または部隊の全ては把握済みのはず。

もしかして軍の管轄外である、全く別のものかもしれない、それなら納得が行くというものだ。

俺は書かれた紙を、まだシワ一つない封筒に丁寧にしまった。

「バーナー」

「……零!」

変わりなさそうな親友の姿が見える。

夜月 零とは小さい頃からの腐れ縁だ。

近づいてきた親友は、濡れたような黒髪を耳にかけ、茶色い封筒を押しつけてきた。

「……こんな配属先、聞いたことない。前代未聞よ」

俺はまさかと思い、慌てて封筒を開いた。

そこに書かれていたのは俺と全く同じ内容であった。

「実は……俺もなんだ」

それを告げると零は数回瞬きをし、そしてげんなりとしたような呆れ顔をしてみせた。

まるで、またお前か、と言いたげに。

「さすがは切っても切れない腐れ縁の親友だけはあるわね」

彼女は俺から封筒を奪いとると、隊服の内ポケットに丁寧にしまい込む。

「……これは理由を聞かなきゃ納得できないわ」

そういうと零は俺の腕をがっちりと掴んだ。

とても嫌な予感がした俺は振り払おうとしたものの親友には、全くといって効くわけがなく、無力にも引きづられる。

ずるずると、広い集会所の中を引きづられ、もちろん他の訓練生が同じ封筒を握りしめながら俺をみる。

「だいたい『天界』だなんて昔話、想像上の場所よ。巫山戯ているにもほどがあるわ」

「でも実際にここには…」

「矛盾してるわ!!それにもし存在しているとして、もし昔話と同じだとして、私達人間が生きていけるとは思わないわ」

零はドカドカと大股で歩き、集会所の扉へ手をかける。

零は基本的に現実主義なので、言い分は最もである。

「天界」の話は小さい子なら誰でも知っている御伽噺のことだ。

天に浮かび、海のように広大な島であるから「天海」とも呼ばれる。

御伽噺の通りならば、そこは天に幾つもの島々が浮かび、神とその使いたちが暮らす、俗に言う天国なる場所のはずだ。

天界の数ある御伽噺の中でも有名なのは、戦の神アレスの話だ。

零も恐らくこの話のことを言っているに違いない。

違うとしても、御伽噺の大半を占めるのは子供には恐怖を覚えさせるような残酷な「戦い」の話だ。

例えば天使一人で一師団を殲滅できるとか、神の力を持ってすれば人類など卵を割るより簡単だとか、なんとも現実味のない話。

俺達は、人気の少ない廊下を進んでいく。

その間でも零の愚痴はとまることを知らない。

俺は適当にうんうんと相槌をうち、早く目的地に着くことを願った。

だがそれは叶うことはなさそうであった。

零はいきなり立ち止まり、俺の腕を離した。

おかげで俺は零の薄い背中に顔面強打する。

「おい!いきなり……」

「両大将よ馬鹿っ」

俺は零の言葉にすぐさま顔を上げる。

廊下の真ん中を二人の男が俺達を見つめている。

まさに『清さ』をそのまま人間にしたような整った顔立ちの男と、背が高く威圧的なオーラが迸っている男。

それぞれ腰から床に付きそうなほど長い刀と人間の腕など簡単に折ってしまいそうな大剣を背負っていた。

俺はすぐさま敬礼をした。

目の前にいるのは軍の誰もが憧れ敬う、軍の配下にある全ての兵たちを取りまとめる二人の大将だ。

全てとはもちろん、軍に所属する全ての兵で、本部から世界中にある支部、師団にいるひとりひとり全ての兵のことだ。

そんなもの何人いるか、知れたものではない。

両大将の武勇伝は両手では足りぬほどにあり、一介の兵ならば誰だって憧れるものだ。

両大将は軽く頷き、俺達に手を下ろさせる。

すると美男の大将が口を開いた。

「お前達、夜月 零とバーナー=ジュリアスで間違いはないか」

「はっ、夜月二等兵と同じくバーナー二等兵です」

「丁度良いとこに、おかげで手間がはぶけた。二人に配属の件で話があるため着いてこい」

「これは元帥命令である」

「……元帥命令っ!?」

俺は思わず飛び上がる。

元帥とは軍の最高位の階級であり、軍には五人の元帥が存在する。

それぞれが本部そして北西南東の最大規模の支部に元帥がいる。

その元帥の一人が、この西の大帝国の支部長を務めている。

多忙な為にあまり顔を拝見したことはない、だが噂によるとなんとも若い男らしい。

 「命令拒否は反逆罪で斬首だ」

もう片方の大将が静かに恐ろしいことをさらりと言う。

その一言に俺達は目が飛び出る。

それに先程の大将が爽やかに苦笑いした。

「そう畏まるな、お前達も配属について支部長に殴り込みにいくのだったのだろう」

「い、いえ決して殴り込むというわけでは…」

何故無理矢理連れてこられた俺までこんな危うい状況に陥らなければならない。

一歩間違えれば不敬罪で、首がサヨナラではないか。

「案ずるな、フォル元帥は気さくで優しいお方だ。そんな簡単に首は消えぬ」

まるで心を読み取ったかのように笑い出した大将は、とりあえず着いてこいと言われたので、歩を進める両大将の後ろを着いていく。

「我が名はメタノイヤ、軍の大将の一人である。で、こちらが」

「アングレカムだ」

「存じております。兵の中であなた様方を知らぬものはおりません」

零は嬉しそうに話す、漫画であれば花が周りに咲き誇りそうだ。

俺は一向に話に入れず、零と両大将は花を咲かせている。

三人の後ろを歩くように着いていく。

そしてそのまま時間は過ぎていき、虚しいかな、話に入ることなく目的地へと到着した。

一介の兵として、憧れの存在が目の前にいるのに何も出来ずに終わってしまいそうだ。

恐らく後でヘタレだ何だと零に弄られるのだろう。

メタノイヤ大将は目的地の部屋の前につくと、背筋を伸ばし、ドアをノックする。

「入れ」

「はっ」

部屋の中から若い男の声が響く。

大将は短く返事をすると、ドアを開ける。

だが自分が先に入るのでなく、俺達を優先した。

なんというイケメン、なんという紳士。

無意識でそれとは、果たして落ちない女はいるのだろうか、男の俺でも揺れたぞ。

「さて」

部屋の中では、青年がこちらを見ていた。

濡れたようなツンツンした黒い髪、黒い真珠のような目、黒い服、黒いブーツ。

全身真っ黒の青年が、コーヒーカップをこちらに傾けた。

「珈琲は好きか?」

 

 

 

 

 

 

 

「俺はフォルだ。まぁ軍に入隊したらいつの間に元帥なんてもんになっていてなぁ」

元帥はまさに夏の青空のような爽やかな笑顔である。

コーヒーカップを口に運び、香りを堪能する仕草は世にいうイケメンである。

「元帥、我々に用件がお有りではないのですか?」

「ん?あぁ、そうだそうだ。アングレカム、そろそろ客が正門に到着する頃だろうから迎えにいってくれ」

「承知いたしました」

「……元帥、私の話をお聞きでしょうか」

「もちろん、それに関する人物だ」

アングレカム大将は元帥に一礼すると、外套を翻し部屋を出ていく。

元帥はそれを見届けると、ワクワクした面持ちで俺達をみた。

その目は期待がこもった目で輝いている。

とても嫌な予感がしたのは言うまでもない。

「夜月二等兵、バーナー二等兵。今回二人には『天界』との友好を築く要として、支部統括兼特殊攻戦部隊、天界次期王となるウル家第三皇子天空神ゼウスと太陽神ーーーー」

「ま、待ってください!!!元帥っ!!」

「おう、何だ?バーナー二等兵

「話が読めませんっ!?」

「ふむ。要はだな、天界との友好の証に我々下界からだな」

「そういうことではありまぬ!」

俺と零がガタリとコーヒーカップを揺らす。

それに元帥は「おぉ危ない」と珈琲の満ちたそれを押さえた。

元帥の話し方だと、まるで、いや本当に天界が存在しているようではないか。

 

「それでは説明が足りんだろうが、フォル」

 

 

あまりの気配の無さに、驚き振り替える。

それに気づけなかった大将は立ち上がり、腰の刀を抜刀する。

「やめろメタノイヤ!!客人だ!」

「っ……!!大変なご無礼を……失礼しました」

メタノイヤ様は、顔を歪ませると非礼を詫びるように深々と頭を下げる。

「大丈夫大丈夫、ノックしないのは悪い癖なんだ。こちらに非がある、すまんな」

客人は笑顔で手を振る、そして大将からゆっくりと元帥へ視線を移すと寂しげな目をした。

「……久しぶりだなフォル」

「あぁ、レイト。あいつらは元気か?」

「二人共頑張ってるよ、本当に」

「そりゃ良かった」

元帥はレイトと呼んだ客人を隣に招く。

二人は身長が同じくらいであるが正反対のように見える。

元帥は黒く、そして客人は真っ白であったからだからかもしれない。

客人は、後ろに控えていた女の子に何やら話しかけ、うなづいたのを見届けると扉からゆっくりと歩いてくる。

夏だというのに巻かれた白いマフラーを揺らしながら、やはり暑いのか、白いサラサラとした髪を耳にかけて隣に立つ。

「紹介しよう、レイト=ウルという我が友であり、我が義弟である。次期天界の王だ」

「紹介の通りレイトだ、よろしく。そんであっちにいるチビはアモル」

「チビ」といった瞬間、まるで動くはずがない彼女のツインテールが跳ね上がった気がした。

女の子は手を腰の後ろで組み、軽く足を開いて立っていた。

背丈と整った可愛いらしい顔を見れば年相応の女の子なのだろう。

だが、そうは見えないのは立ち振る舞いのせいか、それとも腰にさした刀のせいか。

はたまた顔の右半分を黒い布で隠しているせいか。

「………アモル=テラスと申す。お見知り置きを」

彼女は少し黒がかった紅い伏せていた左目を開き、俺を見つめている。

まるで品定めするように隅から隅まで見ると、次は零にも同じように視線を移す。

俺はそれが何だかむず痒くて視線を逸らした。

すると客人は俺のとこまで来て、なんとおもむろに肩を回される。

「な〜んてアイツ、仕事中だから堅苦しいが普段はもうそりゃ、精神年齢幼稚園生かってぐらいにだな。まるで多重人格レベルで違うんだ」

「は、はぁ…………?」 

「……我が主よ、どうか御容赦を。お戯れも程々にしていただきたく」

少女は今にも飛びかかって来そうな殺気を零している。

それよりこの少女はなんなのか。

「ほら、レイト。説明してしまえ」

元帥は腰ほどの机に寄りかかりながら珈琲を啜る。

「そうだな、お前達にはまず『天界』を信じて貰わなきゃならんなぁ」

うんうん、と頷く客人は俺から腕を離すと俺達に背を向ける。

文字通り、背中を見せた。

ふわりと暖かい光が目の前を覆い隠す。

目を開けるとそこには信じられないものがあった。

人間ならば存在しない、「自由」を表す翼が。

御伽噺によると、大昔天界と争ったため人間は空を飛ぶ自由を奪われたらしい。

だが彼の翼は透けていて、よく描かれている鳥のような翼ではなく、形をなぞったような翼もどきと言おうか。

肩甲骨より下に着いているそれは、根本から徐々に燃えるような赤がっている。

「人間に翼は無いだろう?まぁ、でも俺のは『神』の翼だからなぁ。それより普段見慣れている翼は天使のものなんだ、勘弁してくれ」

「説得力の欠片もないな」

元帥はへらりと笑うとカップを置いた。

「欠片はあるだろうに……」

「いやぁ、ないな」

嬉しそうに話す元帥を見るに、このレイトと呼ばれる客人はかなりの信頼があるらしい。

しかも話によると義弟とかなんとか。

もう何がなんだかさっぱりである。

「さっぱりわからんって顔だな」

「あ、あぁ。はい」

「そうだな、じゃあ信用はあと。まずはこうなった経緯を説明しよう」

どかり、とソファに腰掛けると机の茶請けをガサガサとあさり始める。

「フォル元帥、私は厨房からお飲み物と菓子を頂いてきます。どうやら邪魔をしてはいけないようですので」

「悪いなメタノイヤ」

「いえ」

美男はなんともふんわりと笑うと部屋から出ていく。

レイトさんはそれを見届けると、咳払いをして俺達をソファに座るように促す。

零は「失礼します」と一言添えて、腰掛けた。

俺も零に倣う。

「さて、では本題に入ろう。先程も言ったがこいつはレイト。天界という場所の皇子様だ、次期王になる予定で、大雑把に言うと太陽神と天空神の役割を持つ」

「大雑把すぎるが、そんなとこだ」

「今回お前達の配属についてだが、これは前々からあちらから要望されていてだな」

「……あぁ、三年前から何度も頼み込みにいき、毎度毎度跳ね除けられ蹴られ、ようやく最近叶った」

「上は天界へ悪い意味で目を付けてたからな」

「元帥、上というと……?」

「……軍上層部のことだな。どの時代どんな場所でもお偉い所はドロドロ真っ黒でなぁ、歩けば陰口、座れば嫌がらせ…」

「いえ、あの元帥。恐れながら申しますと、元帥の口ぶりからはまるで天界が存在していることを、人間の代表とも言える方々が知っているような」

「いやぁ、全くその通りでございますよ。零二等兵。代表共は頑なにこの事実を皆に知られたくないらしい」

「……それでは本当に天界は……」

「ある」

客人は真っ直ぐで純粋な目で俺達を見る。

揺れる瞳には真剣さと熱を帯びていた。

その熱が本当に熱を帯びているように、じりじりと感じる熱意がどれほど真面目に、真剣に話しているのかを悟るには簡単だった。

「どうか聞いてほしい」

彼の雰囲気が一瞬にしてガラリと変わる。

まるで本当の、本物の「支配者」のようだ。

前に立つのに慣れているような、そんな王者的振る舞い。

「俺は天界と下界の友好関係を再び良きものとしたいんだ。それこそ、御伽噺のように」

「……再び?」

「あぁ。かの古の大戦により関係は一気に崩れ落ち、下界は我らの恩恵を受け入れなくなり、誰もが天界という存在を忘れ、気づけば我々は空想の御伽噺というしまいだ。だがそれに関わらず、天界と下界での間に争いは絶えない。誰に気づかれることなく死傷者が増えるばかり」

静かに膝の上で握られた拳は力みにより震えていた。

悔しさが滲む顔は、場違いにも甚だしい程に輝いて見えた。

この時に既に、レイトという存在に惹かれていたのかもしれない。

彼と、友になれたらどれほど楽しいだろうか。

それだけで、信用するには事足りてしまった。

「そこでまず外交からではなく、軍事関係からどうにかしようとした。このままではまた大戦が始まりかねんからな。そしてそこから信用と関係を取り戻せればいいと思っている」

彼は再度俺達を真っ直ぐと見抜く。

「君達を道具として、橋渡し役に使うように見えてしまうかも知れない。もしかしたら、君達の命が危なくなるかもしれない。それを承知で頼み込む」

 

「汝らの命運、どうか我が悲願に預けてはくださらないだろうか」

 

風が吹いた気がした。

さわりと髪を揺らして通り過ぎた風は、やけに乾いて爽やかであった。

まるでこうなることが運命であったかのようだ。

彼ならどこへとも連れて行ってくれそうだ、それこそ太陽まで手が届きそうな、あの青い空まで。

彼と見る景色はどれほど綺麗だろうか、どれほどの頂きだろうか。

好奇心は猫をも殺すとはよくいったものだ。

零を見ると、あいつの心も決まったようだった。

俺は一呼吸、ゆっくりと時間をかける。

 

「どうか我らが命運、貴公にお頼み申し上げる」