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失楽園 第1章 1節

8年前。

世界消滅の危機を天界と共に救い、新たな英雄、バーナー・ジュリアスが誕生した。

その後、人間たちの象徴として称えられ、また英雄により『天界』は存在するものだと世界中に知れ渡る。

その影響か、太古の昔に失われていた神々の恩寵と加護が天界の王である主神ゼウスによって、人間に再びもたらされる。

このまま永久の平和がもたらされるはずであった。

ある日、歴史に埋もれていた下界と天界の、史上最悪の大戦で結ばれていた休戦協定の取りやめを、天界が要求してきた。

何を今さらと誰もが思った、今となっては何故そんなことを天界が要求したのかもわからない。

それは絶望の到来を意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てがパラパラとめくられるように見えた。

目の前の景色は酷く汚く、それでいて鮮明だ。

放たれた扉、踏み出す足、はためくフード。

舞う砂ぼこりが太陽によって輝き、そして北風に攫われていった。

その一瞬一瞬を確かに頭に刻み、足で大地を踏みしめた。

音が広まり、視界は速さを取り戻す。

血と硝煙の臭いが鼻をつく、次に銃声が鳴り響いた。

俺が降り立ったのは、戦場だ。

そしてここに降り立った奴らの存在理由はただ1つ。

生きるか、死ぬか、だ。

「何つったってんだ、行くぞ」

後から降りてきた奴が俺の隣を駆け抜けていく。

俺も地面を蹴りつけた。

ターゲットを絞り込む、今目の前を低空飛行している長刀の天使だ。

俺は大剣と言うには細く、また刀と言うには長く真っ直ぐな黒い剣を腰から抜き取る。

そのまま勢いつけて、敵に切りかかった。

 敵の首は宙をまい、鈍い音をたてて転がる。

「あ、あいつらだ!!戦闘態勢をとれ!」

俺は剣を振り払い血を拭う。

「『仮面』の連中だっ!!!」

戦闘開始のベルが鳴る。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は剣を腰の鞘に収める。

黒いフードを片手で払いのけるようにとり、顔につけている銀の仮面を首まで下げた。

白い息が口から漏れる。

血溜まりに浮かぶ白い羽根が沈んでいくのをただ見ていた。

「ルクス」

「…………なんだお前か」

「撤収だ、ここの天使もあらかた片付けた」

「あぁ」

俺は顔をあげる。

同じく銀の仮面をつけた男が金髪を揺らしながらこちらを見ていた。

「やはり強いな、ルクス」

「ただのパワーズ五体だろ」

「そのただのパワーズ五体は軽く一万の兵士を殺すんだぞ」

「……ジェイド」

「はいはい」

「迎え、来てるんだろうな」

「今日はしっかり手配したからな」

「……お前と組むとろくなことが無い」

「それどういう意味だ?」

「ふっ、そのままの意味だ」

「……ほら、ナイスタイミングだ」

ジェイドが指さした方を向くと、魔導式車両が砂煙をあげながら荒野を突っ切ってくる。

運転席にも、同じく仮面をつけた奴が座っている。

車は乱雑に俺達の横に止まり、勢いよく扉が開かれる。

飛び乗るように乗り込み、座席に座る。

すると扉が閉まった途端に車は走り出した。

座席に体が叩きつけられる。

「っ、おい。今日の運転誰だ……!」

「こんな雑なのはアネモスしかいないわルクス」

「トレイスじゃないか」

「久しぶりね」

懐かしい声に気分が上がる。

褐色肌に白髪の我が団自慢のアサシンだ。

トレイスは命の恩人であり、まだ戦士として若い時に戦場で助けてもらった事がある。

露出の多い服を着てはいるが、それも彼女の一つの武器であるのだから俺がどうこう言える訳ではない、だが、目のやり場に困るのも事実だ。

「前にあったのはノーランスの戦場の時だから……一年程かしら?」

「今日は何処に潜入任務してたんだ?」

「ごめんなさいね、まだ極秘なの」

彼女は口に指をあてて微笑んだ。

「それよりこれを」

前席のポケットからくしゃくしゃになった新聞を取り出した。

俺はそれを手にする。

タイトルはこうだ、『絶望終わらず』。

『本日で天界との戦争も八年目を迎える。終戦への兆しは一向に現れることはなく、むしろ激しさを増す一方である。そんな我らの唯一の救いである「仮面」と呼ばれる謎の組織の活躍がこれから鍵を握るであろう。彼らはとある小さな帝国の騎士団であるらしいが、謎が多く、情報が確かであるとは言えない。その為に信憑性のあることは一つだけだ。それは、人間の味方である、ということだ。』

俺はそこまで読んで顔を上げた。

「俺達、そういえば名前なかったなぁ」

「名前なんて決めてる暇あれば、一人でも多く天使を殺す」

「えぇ……俺は名前あった方がかっこいいとは思うけどなぁ」

「……そんなものに命を預けたいとは思わんな」

「ルクスは相変わらずクール&シャイボーイなんだから」

「シャイじゃない、俺は無口なだけで内気なわけじゃない……」

俺は指で頬をつんつんするジェイドを追い払い、新聞の続きを読む。

『だが最近とある戦場に智天使一体が出現したという情報が入った。智天使とは四枚の翼を持つ上位階級第二位の種だ、奴らは一体で能天使五十体以上の力を持つと言われているが個体差もあるので定かではない。ここ八年間、智天使以上の天使が現れた事は一度もなく、政府も対応に追われている。』

「………ケルビムだと…」

「そう、ケルビム。ついに天界は動き出してきたのよ」

「で、でもケルビムは……」

「本来なら下界に降りてくるなんてことは滅多にない、だろ」

「だけど今さら出てくるなんて、片付けるつもりなら最初から降りてくればいいじゃないか」

「ジェイド……あのな、奴らと俺らじゃ体感時間が違うんだよ。俺達からしたらもう八年、けどあっちはまだ八年だ」

俺は新聞を丁寧に畳んで、前席のポケットに再び突っ込んだ。

すると運転席から軽快な声が、なんとも響く音で豪快に口を開いた。

「お取り込み中申し訳ないが、そろそろ帝国に到着だ!」

アネモスは運転中だと言うのに、座席から身を乗り出し大きな手で俺の頭を掻き回した。

「ガキ扱いすんなよ……」

「おぉっ!?ルクスは俺から見たらガキんちょさ!」

「そうゆうことじゃなくてだな……」

「前を見なさいアネモス」

「おぉ、トレイスは相変わらず冷たいなぁ…」

アネモスは前に向き直り、ハンドルを握り直した。

それから数分しないうちに車は止まった。

おそらく帝国の大門で検問を受けているのだろう、車はすぐに動き出す。

そうこうしないうちにまた車が止まったと思うと、勢いよく扉が開いた。

「ほらよ、着いたぜ」

俺は二人共降りた後に飛び降りる。

「あぁ〜っ!腹減った!飯いこうぜルクス!」

「ちょっ……」

ジェイドに肩を組まれ、無理矢理引っ張られる。

目の前には赤レンガを基調とした建物、我が騎士団本部兼団員寮の門がすぐそこにあるというのに、ジェイドは反対方向へ歩いていく。

あちらはレストラン街だ。

俺は久しぶりにトレイスとじっくり語り合いたいのだが……。

トレイスは軽く手を振ると、スタスタと歩いて本部へ入っていった。

「さぁ、俺はあそこのカルボナーラが食べたいんだよなぁ」

「おいっジェイド……!」

俺は引っ張られるままに連れて行かれる。

休日であるからか、まだ朝だというのにレストラン街も賑わっていた。

一月半ばだけあり、人々はかなり着込んでいる。

色とりどりな人々の間を縫うように進み、一つの店へ入った。

のどかな音楽が店内を静かに流れている、外とは違う世界のようだ。

客はチラホラいるが多くはないだろう。

テーブル席に連れていかれ、どさりと座った。

俺は即立ち上がろうと机に手をつく、だがジェイドは俺の肩に手を置いた。

「俺の奢りってことでいいからさ!」

「…………金は返さんぞ」

重い腰を降ろして、メニューに手を伸ばす。

カレーやオムライス、ピザなど朝には重いものが並んでいる。

珈琲とサンドウィッチにしよう、やはり朝といったらこれだ。

俺は頼むものをジェイドに伝えてから、窓の外を見た。

冬ではあるが、太陽はさんさんと降り注いでいる。

眩しさに目を細めつつ、襲いくる眠気に思わずうとうとする。

こんな日は窓際で布団をひいて、猫のように寝たいものだ。

薄れゆく意識の中、誰かが囁いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お〜き〜ろ〜!!!!」

懐かしい声が頭に優しく響いた。

重たい瞼を静かに持ち上げる。

そこは懐かしいベッドと、暖かな太陽と珈琲の柔らかな香りのする大好きな部屋、そしてあの笑顔がー-ー。

 

目の前には何も無かった、ただ白い空間に一人ポツンと座っていた。

代わりにいたのは空を浮かぶ少年だ。

「あれ?おにーさん、どうしたの珍しいね?」

妖しく微笑むそいつを睨みつけた。

ここはさきほどの喫茶店でも、大好きな部屋でもない。

ただの夢、精神世界だ。

こいつは八年前から居座っている、こうしてたまに俺の前に現れるのだ。

「今日はどうしたの?僕になんか用?」

「………ただ寝てただけだ」

「ほんとに〜?」

「失せろっ!!お前はただ力を貸してくれればそれでいいっ」

「も〜ぅ、寂しいなぁ〜」

少年は人形を握りしめた。

「あ、そうだ。教えてあげるよ!……近づいてきてるよ」

「……何がだ」

「上位階級第一位セラフィム

少年は楽しくてたまらないといった表情で俺を見た。

「…………馬鹿馬鹿しい」

すると視界がブラックアウトした。

良かった、これで静かに寝れる。

俺は再び目を閉じた。

 

 

「ルクスっ!!」

 はっ、と飛び上がるように目が覚めた。

「何寝てんだよ、珈琲、冷めるぞ」

「…………あぁ」

ジェイドの声が頭に響いた。

俺は髪をかき揚げ、カップの持ち手に手を伸ばす。

すると不意に、「ほら」と声が聞こえた気がして窓の外を見た。

そこには変わりない賑やかな街がある。

人々は上を見上げ、何かを指さしていた以外は。

カップがカタカタと音を立てて揺れている。

俺は思わず立ち上がった。

「……天使だ」

ジェイドも机に手を置いて立ち上がる。

黒い軍服を纏った男の天使は、軍帽のつばをつまみ顔を見えないようにしている。

フレアコートととんびコートが合体したような、ひらひらと風に揺られている。

男はゆっくり、瓦屋根につま先をついた。

群衆は皆立ち止まって彼を見ている。

その翼を見るまでは。

「さて、と。目当てのものは…………」

彼の翼は、六枚だ。

三対六枚で、二つで頭、さらに二つで脚を覆い、残りの二つで浮遊している。

俺は息が止まった。

「……上位階級第一位…セラフィム

この世界にはどうしようもないことが一つある。

世界が三つに別れていること。

朝が来れば昼が来て、夜になること。

どれも否である。

それは『死』だ。

この世界のサイクルは金でも欲でもない、生か死か、である。

俺はどうしようもない『死』の予感が足から這い上がってくるのを感じながら、仮面を手にした。

仮面を顔に付け、フードを深くかぶった。

「おい、ルクスお前……」

ジェイドが悟り、だした手は何もない空をからぶった。

「ルクス!!」

バタン、とドアを勢いよく閉めた。

外の世界はまるで時間が止まったようだ、人間たちは天使の美しさに目を惹かれ、口を開けている。

震える手で剣の柄を握りしめた。

天使は俺に気づいたのか翼を閉まった。

「お前……最近噂の『仮面』とやらか……」

「あぁ、お前らを殺すためにいる」

「そか……………騎士として、名を聞こうか」

俺は一度挑発かと思い、踏みとどまる。

俺の名前を聞いた所でなんだというのか、名乗ったからにはあちらも言うだろう、逆にこちらは情報を得られる。

こちらは仮面とフードで顔を隠している、戦場では一発でバレるが。

「ルクス=オプシオス」

刹那、たった約二秒目を離しただけで奴を見失った。

そして気がつけば身体は後方へ飛ばされていた。

轟音と同時にレンガ造りの壁に背中を叩きつけられた。

ギリギリと首を締め付けられ、足は地面スレスレを浮く。

「我らが王ゼウス……なんざ言いたくもない、馬鹿白マフラーがお似合いさ」

「お……前ッ…………!!」

「さてルクスとやら、お前さん人間じゃないな?…………いや、人間か。でもなんだこの力は……」

天使は俺を吟味するように目で舐め回すと、首から手を離した。

そしてまるでハンマーを全力で叩きつけたような蹴りが腹に飛んでくる。

再び壁に叩きつけられた俺はズルズルと壁に血のあとを作りながら、地面に手をついた。

「中に何かいるな……お前」

「……はっ…………ぐぁ、ぁ、はは、悪魔さ」

「悪魔?」

「人間は悪魔と契約したのさ、どうしても、お前らを殺したくて……殺したくてな!!」

「…………哀れだな、ルクス。悪魔と契約するということは、代償は大きいぞ」

「天使様にはわからんさ、例え哀れでも惨めでも醜くても、這いつくばってでも、叶えたい復讐があるんだよ…………お前らを殺すっていうな………」

そうだ、思い出せ。

俺の中のあいつが声をあげて笑っている。

あいつには、背中の皮をやってやった。

あの時の痛みが背筋を突き刺す。

地面に広がる血溜まりと、頬を流れる汗と涙を。

思い出せ。

あの時の地獄を思い出せ。

火の嵐が包み込んだあの日を。

俺は目の前の天使を憎しみを込めて睨みつけた。

「…………まだ、名乗っていなかったな」

やつは軍帽を脱ぎ捨てた。

「インセット=テラス。王ゼウスの命により参上仕った、ルクス、お前の中の悪魔返してもらおう」