失楽園 第一章 第6節

白銀の騎士は静かに佇んでいる。

腰まで伸ばした銀糸のような美しい髪をなびかせて。

だが、俺はそいつが口にした名前に、顔を白くさせることしかできなかった。

「アモル......だと......!?」

アモル=テラス、別名『銀狼』。

記録に残るは人類史最恐級事件の主犯、戦場を徘徊し、ただ斬ることのみを至上とする、正真正銘の化け物。

裏腹に、天界で特殊特攻部隊隊長を務め、世界を救った英雄の一人。

実力は天界でも五本の指に入るという天界軍屈指の剣士。

俺はすぐ様剣を構えた。

「悪名高き『銀狼』様が、俺達に増援だと......??ふざけるな!!!!お前らは、天使だろうが!!!!!」

「はい、それを承知で参りました」

「今更、はいそうですかお願いしますなんて.......馬鹿にするなよ化け物がっ....!!!」

「否定しません」

そうして騎士はおもむろに、天使の死体の上に腰掛けた、なにも感じないと言ったふうに。

「だが同時に、肯定もしない」

なんの感情も込められていない瞳を向けられて、全身の毛が逆立つ感覚に冷や汗をかいた。

ただただ紅い瞳の奥には俺を映してはいたが、何も見てはいなかった。

相手にされていない、俺を前にして何も思っていない、きっとこいつは息をする様に殺すだろう。

俺はすぐに一歩身を引いた、いまだ謎だが俺の悪魔は身体からでて、銀狼を輝いた瞳で見つめている。

この時点で悪魔は使えないだろう、どうすれば生き残ることができるか考えろ。

相手の絶対的存在が枷となってしまい足が竦む。

「そうですね、ならば第三勢力の出現と捉えてもらって構いません。例えば、『反乱』とか」

「反乱だと.....?」

「ええ、私達は反乱軍です。ですので現在対立している人間に協力を乞いに来ました、と言えばそちら側の陣営に入れてもらえるでしょうか」

そうして百合のように微笑んだ。

だが、何故俺達なのか。

何故そこに俺達が選ばれたのだろう、こんな辺境の国の騎士団にではなく、人間という点でなら世界政府に協力を仰いだ方が力があるだろう。

俺の心を汲み取ったように白銀の騎士は、首を振る。

「いえ、あの勢力は信用できません。あなた達は先日熾天使セラフィムと交戦したでしょう?彼はこちら側、第三勢力の一人です」

「どういうことだ」

「そのままの意です。彼は探していました、仲間となってくれる人間を」

「.......それが、俺達ということか」

後ろに控えていたジェイドが、俺の代わりに返事をした。

どうやらジェイドもこの状況を打破しようと頭をフル回転させているらしい。

実力の差は歴然、死に見つめられたと言っても過言ではない。

「どうやら彼はあなた達に決めたようですので、その意向に従い参上しました。彼の行動は神の意思です」

熾天使ミカエルが第三勢力?ミカエルというのは天使の総司令官だろう、司令塔がいない奴らはいったい誰が率いてるというんだ」

白銀の少女は白百合の微笑みで立ち上がった。

優雅になびく髪からはふわりと花の香りがした。

「さて、そこから先は君より上の人と話そうかな」

少女は俺達の向こうを見ていた。

背には遠く離れた帝国の防壁があるはずだ、視線を辿るように後ろを向く。

そこには、援軍拒否したはずの増援が歩を進めていた。

先頭を行くは騎士団長、馬に跨り走らせている。

その後ろを多くの騎士が歩いていた。

彼女は援軍がここまで到着するのを待ち、その間も笑顔を貫く。

騎士長は俺の隣までくると、馬から降りて兵を周囲に囲ませ体勢を整わせる。

槍兵が盾兵の後ろから槍を構えている。

全方位から覗く槍は天使へと向いていた。

「騎士長.....」

「無事で何より、お前らは下がってろ」

いつになく緊張した面持ちで俺達に言い放った。

騎士長も目の前の敵のただならぬ圧倒的なまでの「死」を感じとっているらしい。

ジェイドはそれを受けて慌てて後ろに下がったが、ここで側を離れるわけにはいかないと感じ、俺は騎士長の馬の手網を握りしめた。

それを横目でみていた騎士長はそれ以上は語らなかった。

まさに一触即発の空気に喉をならす、周囲の兵たちの緊張感を背中で感じる。

その緊張の糸をきったのは白銀の騎士だった。

彼女は雪降るなかでいてさらに白く見えて、消えてしまいそうな儚さである。

腰布の端をちょいと手でつまみ、どこぞのお姫様のように優雅に頭を下げた。

動作の一つ一つが美しく、目が奪われる。

「お初にお目にかかります。上位階級第二位智天使、ケルビムが一対、アモル=テラスと申します」

「.......この帝国の騎士団長をやらせてもらっているドクトゥス・ミセルだ」

騎士長は重い声で答える。

この天使ならば俺達を数秒足らずで、今ここにいる全ての人間の首を跳ねられるだろう。

痛みを感じる間もなく、死んだと認識する前に死ぬ。

この場にいる全ての人間という人間が、天使の一挙一動に目を見張った。

それを受けても笑顔で居られる肝の強さは、容姿からは想像出来ない。

「今はお見えになられない我が主の代理、ミカエル殿の命により参上仕りました。貴公等を騎士とお見受けして、一つお頼みしたい。どうか武器収めて頂きたいのですが」

「ほう、何故敵に武器を下ろす情けをかけられようか。まずご要件を伺おう、話はそれからだ」

騎士長は毅然たる態度で堂々と答えてみせる。

それを受けて天使は容易に行くとは思っていなかったのだろう、平然とした顔で会話を続ける。

「それもそうでしょう、私も部下にはそうさせると思います。.......そうですね、簡潔に言うならば、私は敵ではなく味方です。いや同盟を組みたく参りました。証拠として天使一師団程でしょうか、手こずっていらっしゃったので少しばかりお手伝いさせていただきました。それにお二人を傷つけることなくお返ししましたし、今だって武器を構えてはいません」

にこりと笑う、それは上辺だけの笑顔にはすくなくとも見えなかった。

騎士長はそれでもなお頑として受けようとせず、ただ天使を見ていた、あるいはそうすることしかできなかったのだろうか。

それを受けて、銀狼は軽く溜息をつくと、腰の剣帯に手をかけた。

そして得物を鞘ごと取り、こちらの方へ放り投げた。

空中で回転し、地面に刺さる。

あのように放り投げて地面に突き刺さるものか、俺は思わず二度見してしまった。

「私はレイト第三皇子に仕える者です。名前はご存知ですね?」

「......天界の次期王で八年前の英雄だろう。天空神ゼウスと太陽神アポロンの意志を継ぐものであるとも」

「そう、肝は『ゼウス』です」

彼女は少しイラついた様子で辺りを見回した。

「ゼウスというのはオリュンポス神族の一人で、現在天界を牛耳っている神々のことです。その前はティターン神族という神々が天界を支配していました」

「それくらいは知っている。ティターン神族はオリュンポス神族とのティタノマキアの戦いに敗れ、政権を奪われ、挙句の果てにタルタロスに幽閉されたのだろう」

「そう、彼らはタルタロスに幽閉されていた、筈だった」

彼女はよく見ると冬とは思えない程の季節を間違えているような薄着で、白い肌が多く見えていた。

手先も鼻先も赤く寒そうだ。

「だが八年前、世界を救った英雄たちはタルタロスを倒してしまった。するとどうだろう、ティターン神族はタルタロスから抜け出してきたのです。彼らは天界の政権を奪い、オリュンポス神族に、ゼウスに復讐を果たす為に、天界の首都アクロポリス以外の全ての浮遊島や街、村落を制圧、天界は文明としての機能を停止しました。あるのは下界と同じ、いやそれ以上の荒み具合と言えるでしょう。皮肉ですね、世界を救った英雄は世界を救ってはいなかったのですよ」

そうして彼女は雪が降り積もった冷たい地面の上に膝をついた。

交戦の意図はないと示すためだろうか。

「彼の神々はティタノマキアの再演をしているのです。いや脚本はかわっていますね。具体的に言うならば、今回の公演は人間という役がいるということです」

「.....どういうことだ」

「興味が湧きましたか?ティターン神族は人間を利用しているのです、いえどちらかというと、一気に掃除してしまいたいのですよ」

少女は降り積もった雪の中に咲く可憐な百合のようだ。

「まあ、簡潔に申し上げますと、ティターン神族の目的は世界の再構築です」

「再構築.....?」

俺は思わず口に出してしまった、咄嗟に俯いた。

すると天使は次に俺をみて話始める。

「ええ、もう一度自分たちの手で支配する為に、もう一度やり直す為にキレイさっぱり掃除をし、全てを初めから」

「その為には殺り合わせる方が楽だということか」

「理解が早くて助かります。はい、そういうことです、世界規模の戦争を引き起こし、残党は後で掃除すればいいだけ」

騎士長は彼女の顔を少し見つめた後、そのまま手を上げた。

すると槍兵は槍をあげ、盾兵は構えを解いた。

「ありがとうございます」

「お前のそれが正しいとして、何故俺達でなければいけない。世界政府に頼みこむのが妥当だと思うが」

「でしょうね、ですが信用できません。何故なら、彼らの上層部はティターン神族と繋がっている可能性があります。だって可笑しいじゃないですか」

そういって彼女は鼻で笑って、馬鹿にしているような顔で俺達を見た。

「だって彼らは天界へと繋がる扉の存在をしっているんですよ?私達が教えたんですから。友好の証にと飛ばなくても行ける下界と繋がる扉を」

「なるほど、知っているはずなら初期の段階で軍隊を編成し天界へ突入、または和平締結を結ぶ為に何らかのアクションを起こしていた、と」

「そう、ティターン神族に丸め込まれた可能性があります、例えばお前達だけは『楽園』へ返してやろう、とか」

「『楽園』、神の禁を破り人間が追放されたというエデンの園のことか.....」

「そうです、そしてエデンの園には生命の樹があります。生命の樹の果実は永遠の命を与えるものです、そんなものがある場所へ導くはずがないと考えればわかったでしょうに」

騎士長はこの話を噛み砕くように少し黙りこむ。

そうして天使の刀を地面から引き抜いた。

「貴殿の申し出は理解した。だが、それが正しいという確証はどこにある、何を持って命を賭けるに値するか」

騎士長は刀を少女に向けた。

それをみた俺の悪魔は、ムッとした顔で騎士長に手を伸ばした。

だが少女の声で制される。

「やめろレヴィ」

「っ、だけどアモルこいつ、アモルに刃を向けやがった」

「やめろ」

少女の未だかつて無い殺気が、刹那周囲に広がり、目の前を嵐のような暴風が吹き通った気がした。

こいつは違う、俺は何かこの少女から異物を感じとった。

だがそれはわからず霧の中に溶けてしまった。

その少女は向けられた刀の鞘をみて、痺れを切らしたかのように、まさにピリっと電気が走った。

「ならば、最初に戦いが始まり、そして滅んだ王国」

その言葉で俺は顔を上げた。

そう、その王国とは俺の母国だ。

「あそこには一度だけ、開幕を知らせる為に神が舞い降りた。その神の名前を知っているか?」

覚えているとも、鮮明に覚えているとも。

時計塔の上で、笑いながら叫び散らしていたその名前は。

ヒュペリオンティターン神族の太陽神だ」

彼女は人間達を一人ひとり見回した。

先程までの少女らしさは全くない、歴戦の戦士のような気迫で続ける。

「ならば逆に問おう人間達よ。貴様らが命を賭けるに値するものとはなんだ。復讐に燃え、ただやられたからやり返すを繰り返すばかりのこの戦争に、いや戦争とも言えない代物のこの殺戮を、子供のように泣きわめきながらやることが、命を賭けるに値するものなのか」

少女の形をした戦士からは怒りを感じとった。

このくだらない戦争を鼻で笑い、本気で怒っている。

「そうだと言うならば貴様らは騎士ではなく、また戦士でもない、ただの言い訳を続ける小さな子供にすぎん。いや子供よりもタチが悪い!!子供ですら学習をするというものよ、貴様らは復讐という一点を見つめ続け、盲目になってしまった哀れな雛鳥だったという訳だ」

白銀の騎士は鼻で笑っては、鋭い眼光で騎士長を見た。

この言葉を受けて周囲の騎士達の不満が声となって出ていく。

ザワザワという声の中で、一人の人間が剣をもって現れた。

「馬鹿野郎....死ぬ気か.....!!!」

俺は柄を握るが、騎士長の待てという声で制された。

どうしてだ、このままでは殺されるだけだ。

そいつは震える剣で、少女を捉えている。

「さっきから聞いていれば、好き勝手いいやがって!!」

「ならば殺すか?」

彼女は鋭い眼光と強い声でぶれる剣先を見ていた。

「いいだろう、殺したければ殺すがいい。元より八年間、動きたくとも動けなかった私とは違い、復讐に燃えるばかりで、他にも選択肢があって正しい道を歩み、戦争終結の糸口を見いだせたかもしれない貴様らを、たった私の命で悪戯に命を散らすことなく終わらせられるなら本望だ。どうする、首をはねるか?心臓を刺すか?」

ますます震える剣先に、立ち上がった少女は自ら近づいていく。

遂には鼻先まで剣先が震える距離までに至った。

「ほら、好きにするがいい。そうだ、殺したからには同盟を組んで貰うぞ。ああ勿論、私の首をはねただけでは戦争は終わらんとも。貴様らが信じている敵とやらの軍力を削げたわけでもない、本当の無意味の殺人だが、それで私の使命が果たせるならば満足だ。ほら、どうした、そんな震えた剣先では、人間も殺せまい」

そして震えた剣先は少し頬を切り裂いた、傷口からは血が垂れ、頬を伝って地面に落ちた。

殺せる、今なら殺せる距離で、状況にある。

だができる訳が無い、天使といえどそれは少女の形をしていた。

どんな歴戦の戦士のようであって、剣の達人でも、女の子だ。

女の子が小さな背中にいっぱいに使命を背負って、覚悟決めて俺達と相まみえている。

その瞳は力強い意志がこもっていた。

そんな女の子を間違っても殺せはしない。

しかも俺達にとっては図星のような発言を、少女は的確に言ってみせる。

まるで千里眼でも持っているようだ。

剣を構えていた人間は、情けなく地面にどかりと尻もちをついた。

それを見て少女は蔑むように言い放つ。

「覚悟もない者が、剣を握るな」

それはこの場の全ての人間に言い放ったように聞こえた。

緊張感は更に張り詰め、誰もが息を潜めた。

誰もが自分に言われているような気がした。

「もう一度問おう人間よ。貴様らが命を賭けるに値するものとは何か。復讐に燃えることか、臆病になり続けることか、覚悟もない者を戦地に送り出すことか。ならば貴様達は戦争を履き違えただけの愚か者である。殺される覚悟のない者が命を奪った所で心が折れるだけだ、復讐に燃えた所で虚しさが残るだけだ、臆病になり続けた所で何も見えてこないだけだ」

正真正銘の騎士は、拳を握り語りかける。

「否だ、断じて否である。復讐に燃えた所でこの殺戮は終わらん。私一人殺した所で戦況は何も変わらん。ならばこの殺戮、貴様らの復讐心、如何様に鎮められるか?」

そして強く続ける。

「貴様らは八年間奮闘したとも、そこは賞賛に値する。だが復讐によっての殺戮はまた憎悪を生むだけである、ならばこの殺戮を終わらせられ、かつ大勢が死なずに復讐を果たせる方法があるとしたら、どうする」

熱のこもった声で真剣に問いただし、演説でもしているかのようであった。

一人ひとりの人間に目を配り、しっかりと思いを伝えるように。

「それは全ての元凶、ティターン神族をタルタロスに叩き返してやることだ。残念ながら、彼の神々は殺すことは出来ない。故にタルタロスに入れられたのだ。タルタロスとは、世界中の罪と闇が集約された地獄、いや地獄より酷い煉獄、永遠を生きる神々が罪を償う場所だ。繰り返される拷問、さぞかし辛かろう。そんな場所が嫌で出てきたのに、もう一度戻されてみろ。死にたくもなるだろう」

そうして彼女は、これでどうだと言わんばかりに騎士長を見つめた。

騎士長は深いため息と少しの沈黙を経て、刀を下ろした。

「....なるほど、これが英雄と呼ばれる所以か」

「なに、殺人鬼の間違いでしょう」

彼女は少し申し訳なさそうに、目を細めた。

騎士長は少女に刀を手渡すと、馬の上に跨った。

俺から手網を引き受け、この場にいる全ての者にこう告げる。

「皆の者、帝都へ帰還せよ」

その言葉を受けて、皆動揺したが、やがて帝都の方へと歩きだしていった。

その中で騎士長は俺の名を呼んだ。

「ルクス、彼女を....いやアモル殿を案内して差し上げろ。何かしら勝手のわからぬ事もあるだろう、しばらくの間は側付きを命ずる」

「はっ。拝命致しました」

「部屋は、西の客間が一室空いていたはずだ。それから、世界政府元帥アルブム卿がアモル殿に会いたがっていた、お連れしてあげなさい」

「アルブムがここに居るのですか」

彼女はその名に反応して、少し顔が和らいだ気がした。

「はい、ですが彼は世界政府の者、貴殿の話からするとあまり信用はできないと考えます」

「いえ、彼は信用するに値する男です。以前の戦いの時の戦友でした。アルブムは、恐らく世界政府全体の意思としてではなく、個人の意思で来たのでしょう。彼は人一倍熱い意志を持った男ですから」

そうして胸に手を当て、目を閉じると思い出すかのようにそう言った。

少女はいつの間にか白百合のような口調に戻っていた。

「そうですか。とりあえず、そこのルクスに付いてきてください。具体的な話の続きは戻ってからと致しましょう」

そして騎士長も背を向けると、帝都防壁へと馬を走らせていった。

俺は心の中で深いため息をしてから、彼女に向き合った。

「アモル様、我々も参りましょう」

「ふう....アモルか、隊長、とりあえず様呼びはやめて欲しい」

「は、はあ.....」

突然先程までの白百合のような儚さは何処へやら、まるで意図的に人格を切り替えているようだ。

心を読み取ったかのように、刀を剣帯に刺しながら答える。

「言っておくけど、多重人格者じゃない。こうやって意図的に切り替える事で、気持ちのスイッチを入れているだけ。そうやって仕事、こと戦いとの区別をつけてるってわけ、ルクスも出来るようにしたら楽だと思うけど」

「それはどういうことで、アモ.....、隊長」

いきなりアモルと呼び捨てするのは躊躇われ、比較的呼びやすそうな「隊長」と呼ぶことにした。

すると彼女は隊長と呼ばれると少し嬉しそうに俺を見た。

「なに、ちょっとだけ似てると思っただけ」

そうして白銀の騎士は、軽やかな足取りで雪舞う荒野を歩き出した。

その背中には少しの寂しさと憂い、そして手重い覚悟がのしかかっているのが垣間見えた気がした。

母になる為に

私は八年前戦線から離脱した。

仲間達は今でも己が剣を手にきっと戦いに明け暮れているのだろう。

あの時、あの日から、『私』の時間は止まったままだ。

止まったまま薄れることなく、激しく燃ゆることもなく、ただあの時のまま今もこの片隅に黒く暗く、だけれども惹かれるものを残したシミとなって存在している。

『私』は生き様だった、『私』は死に様であるはずだった。

それが、私は今、こんな幸せであっていいのだろうか。

いや私は『私』をこのままにしておくのが、酷く怖いのだ。

幸せであることにではなく、『私』をあそこに残して、換言するならば新たな生き様を見出して、かつての生き様を簡単に捨てられる私が、酷く怖く、醜悪に見えて。

かたりと音がして振り返る。

そこには息子が目を擦りながらたっていた。

私の新しい生き様、幸せの形。

「ママ、どうしたの.....?」

それはこんな夜遅くに電気もつけず、月明かりに照らされて一人でいたことにだろうか。

私は息子の頭を優しく撫でながら笑ってみせた。

「いま寝ようと思ってたのよ。レーヴは、怖い夢でも見ちゃったのかな〜?」

「うん、ママが、ママの顔が真っ黒でね、真っ暗な場所に立っててね、このままじゃママ、どっかにいっちゃうと思って....」

容易に想像できたとも、何故ならその夢は何度だって見たことがある。

真っ赤な手は、何度洗っても落ちないのだ。

どんなにこすっても落ちないそれをみて、私はそれでもなお刀を握るのだ。

「ママ?」

「.....大丈夫、そういう時はパパを想像しながら寝るの。パパは、うん、強いんだから」

そういって私は彼に良く似た真っ赤な髪の上から額にキスをした。

安心したのか、息子はへにゃりと笑って駆け足で部屋に帰っていく。

見届けてから、月明かりに照らされているベランダにでる。

私はもう一度思考の海に浸る。

我が主は八年前に言った。

八年待てと、八年は何もせずに傍観しろと。

そういってから八年経とうとしている。

天界はどうなっただろうか、私の部下たちは、レイトは、お兄ちゃんは、今でも『私』の影を見ているのだろうか。

魔界は酷く静かで、本当に戦争などおこっているのだろうか。

八年、私は幸せに浸かったとも。

結婚し子供を二人も授かった、毎日輝いていて新鮮で楽しくて、ああなるほど、普通とはこんなにも幸せなのかと涙した。

私だけ、私だけが、一人逃げ出してきて。

一人だけのうのうと幸せに浸っていいのか、一人だけ死から遠のいて笑っていていいのか。

私の部下は、同胞は、お兄ちゃんは、死地に赴いているというのに?

最後に刀を握ったのは、今でも思い出せるか。

怖いと思ってしまった。

刀が握れないのが、いや生か死か、味わうことができないことに。

手が赤くないことに。

「ああ、生粋の、兵器だったのだなあ...」

今の幸せを失うことも怖い、あの団欒に自分が居ないと思うと、子供たちを思うと、怖いとも。

でも私は最初「戦士」たれと生まれた、それが余りにも長すぎたのだ。

私は『私』でないために、私を殺し、再び『私』が燃ゆることで、手に入る。

私は『私』を殺しにいかなければならない。

幸せに浸かるのは帰ってからできるだろう。

何より仲間が、待ってる。

私はベランダの窓は開けたまま、自分の部屋のドアを開ける。

部屋の奥のクローゼットの奥、埃をかぶった得物とあの時の服を手に部屋をあとにしようと思い、ベッドの横で立ち止まる。

彼が、私を救ってくれた愛しい彼が。

私は引き返しそうになった、心弱くも挫けそうになった。

私は無理矢理部屋あとにする。

玄関では音が大きく子供たちが目覚めてしまうと思い、ベランダから行くことする。

私はブーツを玄関から出してベランダで履き、ワンピースを脱ぎ捨て、動きやすいピッタリとした服をきる。

鎧は魔力で編むから今でなくて平気だ、最後に刀を抜こうとする。

八年手入れをしなければ錆びるいうもの、全く抜けない。

だが刀は私の魔力が含まれている。

恐らく魔力を通せばあの時の輝きをとり戻すだろう。

「起きて、『六花』」

そうして刀に魔力を通すと月のひかりを浴びてより一層と輝きを放つ。

抜刀するとするりと滑らかに抜け、待っていたと言わんばかりに白く輝いていて眩しい。

ああ、思わず口の端があがってしまった。

私は鞘に収め、腰の剣帯にそれをさす。

そしてまさに翼を広げて飛び立とうと思っていた時に、一番聞きたくなかった声がした。

「行くのか」

ピタリと時間が止まった。

なんて言えばいい、なんて笑えばいい、どう笑えば、許される。

私は一気に冷や汗が額に浮き出た。

振り返れなかった、顔を見るのが怖かった、嫌われたくない、結局この道を辿っていくのかと蔑まれたくない。

彼だけには、彼だけの私でありたい。

「あ、う、私」

言葉がうまく形をなしてくれない。

もどかしい、嫌われたくない嫌われたくない。

ならば行くことなどやめてしまえばいいものを。

「......あんな大きな音出したら、子供たちが起きる」

そういって彼は椅子に腰かけた音がした。

大きな音など出した覚えはない、なんの話だろうか。

「ドアノブ、壊したろ」

彼は少し小さなため息をついてそういった。

恐らく無理矢理部屋をあとにしようとしたために慌ててしまったのだろうか、力がはいってしまったのだろうか、気づかなかった。

私は適当に返事をして、一生懸命言い訳を探した。

嫌われないような、綺麗な言い訳はなんだろう。

頭の中が嫌われたくないの文字でうまっていっぱいになる。

「いってらっしゃい」

「え.....?」

私は思わず振り替えってしまった。

そこでは案の定彼が椅子に腰かけていて、こちらを優しく見ていた。

いつもの優しい瞳で私のことを見ていた。

だからそんな彼を見て、私は言葉がまとまってもいないのに一人走り出す。

「私、耐えられなかったの、その、私だけ幸せに暮らして、生きてることが」

彼は私の覚束無い言葉に優しく相槌をうって、静かに聞いてくれた。

するするとでる言葉が、綺麗じゃなくて、嫌われるかもしれないと思うと自然と涙が溜まる。

「だから、いかなきゃ、私.......」

彼は最後まで私の話を聞いて最後まで私の目を見ていた。

全部見ている、きっと頭の奥まで。

彼はそれを踏まえた上で、こう言った。

「ん、待ってる」

「........いいの?」

「行かないの」

私は首をぶんぶんと横にふる。

ここまできて意志を変えるわけにはいかない。

私はそれでも泣きそうな目で彼をみた。

「じゃあ、いってらっしゃい」

彼の多くはない口数で、もう一度言った。

全部お見通しだ、嫌われたくないことも押し通したい思いがあることも。

それを踏まえて彼はそれを言っている。

私は落ちそうになる涙をゴシゴシと服の裾でふいて彼をしっかりと焼き付ける。

「うん、いってきます、ザギ」

失楽園 第一章 第五節

白い息をほうと口から吐き出す。

目の前で揺れる蝋燭の灯火だけが熱を放っている、すべての物は時が止まったように冷たく暗い。

先日のアルブム卿の件から数日、我が団は緊張状態が続いていた。

何時までたっても終わることない上層部の会議に皆嫌気が刺したのだろう。

俺は雪空の下、当番制の団の門で見張りを交代したばかりであった。

夜中の見張りほど嫌なものはない、マフラーに顔半分を埋める。

静かに降り積もる雪をただ見ていた。

見ているだけで、こちらの心も白く冷たくなっていくような感覚に吸い込まれ、目を閉じる。

感覚が研ぎ澄ませれていく流れに身を任せ、己の世界に入っていくのは心地がよい。

彼女の声が聞こえる気がするのだ、自然と口元が緩む。

『大丈夫、大丈夫』

そんな声と手の感覚が偽りでも嬉しい。

俺は幾ばくかの優しい思い出に浸り、目を開いた。

「凄いよ、リュミエール。こんなにも、想うだけで胸が暖かくなれる。でも、俺は駄目だな.....まだ、君を助けられそうにない」

頬を一筋の雪が滑り落ちた。

独り言を口にして自らを嘲る、そうして俺は抜け出すことのない闇に、自らを投げ出し続けるのだろう。

俺はポケットに入っている首飾りを取り出して、左耳にあるイヤリングを触る。

首飾りはリュミエールが最後に身につけていた遺品で、俺が誕生日に贈ったものだ。

イヤリングはそのお返しにと、誕生日に贈ったものなのに何故か彼女がくれたことを思い出し、笑みがこぼれる。

イヤリングは今ではインカムとなっている。

首飾りで輝くラピスラズリは、リュミエールの瞳に合わせた。

今まさに目の前で瞬きしているような輝きだ。

俺はそれをポケットに丁寧に戻そうとした時。

「通達する、六時の方向に敵影あり!!その数.....数千、いや、一師団!!!全団員に通達する!!敵襲ー!!!」

見張り台から爆音のように警鐘が鳴ると同時に、一斉に本部建物内から人が出てきた。

「一師団だと.....そんな馬鹿な、一万以上もの、いままでそんなこと」

これからが本番だっていうのは事実なのか。

俺は首飾りを首にかけ、服の中にしまった。

壁に立てかけていた剣をとり、腰にさして走り出した。

『おにいさん、流石にこれはやばいんじゃない?』

「黙れ!そんなこと言われなくてもわかってる...!!」

俺は見張り台の階段を駆け上って、その光景をみた。

防壁から遥か彼方の乾いた大地に、空から蟻の行列のように振り続ける天使たち。

「双眼鏡かせっ!!」

俺は隅で蹲る見張りから双眼鏡を奪い取り、天使を詳しく観察する。

天使はどれも二枚一対の翼で、今のところ智天使以上のものは見られない。

その時イヤリング兼インカムから慌ただしいジェイドの声が流れ込んできた。

『ルクス!おい、見てるか!!』

「ああ見てる!!ジェイド、そっちはどうなってるんだ!」

『団内はそりゃ、しっちゃかめっちゃかさ!!一師団責めてくりゃ、そりゃ混乱したくなる!!』

「騎士長からは!?」

『俺達仮面は前線だとよ!!防壁到着予測時間は残り三十分、あと十五分で支度して迎撃!!』

「了解」

俺はジェイドとの通信をきり、騎士長へと繋ぐ。

「こちらルクス。現在目視で敵影確認、通達通りおよそ一師団、防壁へと進行中。北方見張り台にて待機、迎撃可能です」

『了解。今すぐ迎撃できる者は他にいないのか』

「こちらジェイド現在ルクスと合流試みている!!北西の防壁を走行中!!到着予測時間はあと二分!!その後迎撃可能です!」

『では合流でき次第迎撃せよ』

「了解」

俺は双眼鏡を捨て、腰の剣の柄に触れた。

今回ばかりは勿体ぶっている場合ではない。

俺は一際大きく深呼吸をした。

『僕の本気、受け入れるつもり?』

「ああ」

『初めての時はだいぶおにいさん壊れちゃったけど』

「黙って働け」

俺は剣を抜き取り見張り台の壁縁に片足をかけた、真下は少なくとも落下したら助かる確率は低いほどは高いであろう。

隠していた仮面を顔に取り付ける。

仮面にあいつの力がじわじわと染み込んでいく感覚に浸る。

「ルクスっ!!!いくぞ!!」

階段を上がってきたジェイドが後ろで叫ぶ。

「了解。迎撃を開始する」

俺は背後のジェイドを振り返ることなく、かけていた片足を蹴った。

そのまま身を任せ自由落下していく。

後ろからはそれに続くジェイドの声がしっかりと聞き取れた。

力の発動の条件は揃った、あとは俺がその名を呼び、奴の名を縛り、確実に引き出す。

俺がこいつにどれだけ耐えられるかの勝負だ。

「叫べ、『レヴィアタン』!!!!」

 

『そんなに情熱的に呼ばれたら、少しだけ本気だしちゃおうかなあ』

 

足が地面に触れた瞬間、水が俺のあたりを囲いこんだ。

そうして着地の衝撃は吸収され、俺はなんとか降り立つことができた。

大きく一歩を踏み出す、体は人間のスピードとは言えない速さで地面を蹴った。

『僕の力は身体強化、だけどさ。おにいさんこのまま耐えられるかなあ〜』

「当たり前だ」

天使と接触まで残りニkm、俺は剣を下段に構えた。

不意打ちに等しいほど、目の目にきた天使の首を切り落とした。

そうして戦いの火蓋は切って落とされる。

周囲の天使たちの首を落とし、腕をきり、心臓をつき、目を貫く。

だがそれはこちらも同じ、ジェイドがいるとはいえ無双状態で敵しかいない。

雨のように振り続ける、斬撃と銃弾を避け続けるのも無理がある。

「ジェイド!」

「ああ!!」

俺達は背中を預け、剣を構えた。

「なるべく連携して、着実に数を減らすぞ」

「俺もそう思ってたぜルクス。でも、流石にこりゃ多すぎじゃねえか」

周囲は馬鹿みたいに天使しかいなくて笑えてくる。

「はっ、神様は厳しいなあ」

体内を熱い血液が巡る感覚がわかる。

今にも逃げ場を求めて外に溢れ出そうだ。

滴る汗が乾いた大地に跡を残した。

『こちら本部。ただいま二人の交戦開始を確認した。現在十人の仮面がそちらに向かっている』

「了解、到着まで持ちこたえる」

「本部も手厳しいねえ」

俺達迫り来る天使の軍団に応戦しながら会話をする。

余裕があるぐらいが丁度いいのだ。

薙ぎ払いを避け、心臓に剣を突き立てた。

血飛沫が顔面を濡らし、思わず目を瞑る。

「人間、風情が.....」

「貴様等が始めた戦だろうが」

「違うね、最初に始めたのは貴様等人間だ」

「.....なんだと?」

「貴様等は自らの手で首を締めているのだ!哀れだ!!実に滑稽だ!!!貴様等を断罪するのは我々ではない貴様等だ!!」

俺はそう豪語する天使に剣をより深くめり込ませ、そうして抜き取る。

乾いた大地に広がる血溜まりにパシャリと足を突っ込んだ。

ジェイドが背後で中々苦戦しているようなため、そちらに駆けつけ連携をとる。

敵がジェイドの横払いで体制を崩したのを見計らい、間髪入れずに首をはねた。

だがそれはこちらも隙を生んでいたらしく、潜んでいた敵の槍の一突きが横腹を軽く抉った。

『応援部隊そちらに向かっています!!耐えてください!』

「っ了解....!!」

「ルクス!」

「問題ない集中しろ!!!」

俺はジェイドも己にも、一喝するつもりで叫んだ。

今ここでやつは俺を助けると二人とも隙が生まれる、俺は今ここで立て直し反撃しないと死ぬ。

そう、戦場とは生きるか死ぬかだ。

「はあああああああっ!!!!」

俺は維持でも倒れそうになるのを踏ん張り、剣を相手の脳髄に突き刺した。

矢が腕に刺さるが殺すことが先だ、俺は体重をかけてより深く突き刺す。

「ルクスすまん!そっちに二人零した!!」

「......っふざけんな、しっかり、仕事しろ!!」

俺はすぐに切り替え、天使の体を突き飛ばして、剣を抜き取る。

かなり天使の数は減らしたつもりだが、一向に相手の勢いが弱まる気配はなく、防壁へと着々と進軍している。

あいつのお零れを処理し終わった頃にはもう限界に来ていた。

体力的にではない、身体的に耐えられないのだ、汗が止まらない、鼓動は五月蝿い。

「ルクス!大丈夫か?」

「お前こそ」

「俺は大丈夫じゃないな.....片腕やられたし、体力もそろそろキツい」

そう言った片腕は確かに力無く項垂れている。

絶望的だ。

一師団の戦力をたった数百人で防げと、そんなの無理だ。

だが今に始まった事ではない、こんなの戦争が始まった時から絶望的な状況だったではないか、圧倒的不利、個々の戦力差、能力の違い、その全てが絶望的でどれも人間が勝るものなどなかった。

そう、俺達人間は抵抗をし始めてしまったこと自体それが、敗北を決定的にしたのだから。

そんなことに気づいてしまって、俺は剣を握る力を緩めた、思わず下を向いた。

「無理だジェイド.....これは負け戦だ」

「ルクス....」

「人間の勝率は絶望的だ」

「諦めるか?ここで死ぬか」

そのジェイドの、いつもらしからぬ声の調子に気がつかされる。

そうだ、こんな大事なことを二の次にしていたなんて。

「だが、それは、俺の復讐には、全く関係ない」

俺は剣をもう一度強く握りしめる、諦められるか、諦めてたまるか、我が怨念、我が憎悪、我が復讐、一度諦めそうになった己が恨めしい。

こんなにも今でも燃えているというのに。

刹那、天使達が一斉に動きを止めた。

そうして、皆空を見上げる。

ザワザワとどよめき、慌て始め、ある者は泣く者すらいた。

空には一縷の雷が騒いでるだけだ、それでも天使達はそれを見て騒ぎ立てるのだ。

『ああ.....これは』

胸がざわついた、いや悪魔が歓喜している。

涙を流し、今にも俺から出ていく勢いを必死に押さえつける。

そして、雷は落ちた。

距離は遥か遠く離れているその場所に、一人の白銀の鎧が片膝をつけて頭を下げている。

それはそのまま翼を大きく広げた、それは美しく光り輝いていた四枚二対で、俺は目を奪われた。

だがいつまでもそのままで居てくれる訳は無い、立ち上がり、一歩を踏み出した。

「全隊員任務変更!!標的は『銀狼』、殺す気は起こすな!奴を退けろ!!」

天使達は雄叫びを上げ、武器を手に防壁とは反対方向に走り出した。

俺達など視界にも入らない。

仲間のはずだろう『銀狼』は、何故天使達に襲われているのか。

この八年間をひっくり返す出来事が起きている。

それでも鎧は一歩一歩地を踏みしめて悠々と歩く姿は実に美しい。

『覚えているともああ勿論だ』

心臓が強く握り締められるような感覚に思わず剣を落とした。

膝から崩れ、何とか片手を地面につける。

それでも俺は目の前の光景から目を離さなかった。 

そうしてまた一歩踏み出したと思った、だがそこにはいなかった。

どこだ、初動もなくこんなに華麗に消えるものか。

方々を見回す、何処にもいない、代わりに天使達が血飛沫と悲鳴をあげて倒れていく。

その数はすでに俺が殺した数を上回っていた。

こうも簡単に命が刈り取られるのか、雑草を抜くように、死体の山が出来上がっていく。

なんだこれは、これが命ある者のやることか。

俺はすぐに震える手でイヤリングに触れる。

「こちらルクス......本部、応答せよ」

『こちら本部、応援部隊到着はまだ...』

「応援部隊を直ちに帰還、防壁の守備へ戦力を回せ。それから国民の避難を同時に進行せよ」

『な、何を.....ルクスそれはお前ら、自殺行為だ!』

それだけ伝えると通信を切る。

この状況に仲間を放り込んではいけない、ここは既に死神に見据えられた戦場だ。

白銀の鎧は悲鳴の渦の中心で躊躇いなく命を散らしていく。

そうして遂には、残りわずかとなったそこで動きを止めた。

もはや血に濡れ、白銀とは言えないそれがピタリと止まった。

ようやく視認できた得物は刀であった。

「私を『銀狼』と呼ぶことを許そう。私を化け物と罵ることを許そう。私を殺すことしかできないあやつり人形と使うことを許そう。私をもう一度、『罪』と認め、断罪することを許そう」

天使達は奴が動きを止めたことをいいように、翼を広げて一目散に逃げていく。

「私がもう一度、この私として、降り立つことをどうか許して欲しい。我が主、我が兄、我が忠臣、そして亡き我がたった一人の友」

そいつは祈るように胸に手を当てて、刀を掲げた。

先程話していた雰囲気とは全くの別人のように一変して。

「去るもの構わず、だが死をもって地に堕ちろ外道共!!八年間の我が主の積年の屈辱と我が怨念を、受けるがいい!!!」

奴は大声でそう叫ぶと逃げ惑う天使達に雷を落とした。

雨のように落ちる死体は地面を血の海にした。

この戦場に生きている者はいなくなった。

奴は変わらず屍の山に君臨している。

たった数分で、一師団を殲滅した。

目の前の光景を見て、ジェイドは耐えられなかったのだろう、隣で嘔吐した。

俺は手の震えが止まらなかった

そして奴はこちらを見据えた、しっかりと。

鎧の奥の瞳が俺達を写している。

「走れジェイド.....」

「無理だ、あんなの、だってこいつ」

「ボサっとしてんな!!逃げろ!!」

「その心配はない」

息が止まった。

降り続く雪だけが今動いている。

いつの間にいたのだろう、すでに目の前にいた。

刀から滴る血が死を宣告しているようだった。

「お前ら人間の敵ではない」

そして刀の血を払い、鞘に収めた。

「お前、中にあいつがいるな」

「は.....?」

「隠れてないで出てこいレヴィ」

ずるりと胸から魂が出ていくような、そんな気持ち悪い感覚が襲う。

すると目の前にいつも夢に出てくるあの悪魔が立っていた。

「アモル.....覚えていてくれたの....」

「.....残念だが、それは私じゃない。私じゃない誰かの魂が、お前に言っている」

「なんて....?」

「『あの時は、ごめんなさい』、と」

「そう.....そっか.....僕は、守れたのか。彼女の、意志を......でも君の命も、守りたかったなあ」

意味のわからない会話が目の前で繰り広げられている。

そして悪魔は涙を零していた。

鎧は悪魔との会話を一度切り、俺達を見た。

胸に手をあてる、すると驚くことに鎧は硝子のごとく弾け消えた。

鎧の下は、少女であった。

銀髪の美しい赤目の少女がそこに立っていた。

「私はアモル=テラス。我が主、レイト次期王の命令により、人間の増援にきた」

そして可愛らしく一礼をして、小さく微笑んだ。

「舞踏会」 『没 限定公開』

俺は皿に美しく盛り付けられた肉をフォークでぶすりと刺した。
そのまま口に運び、赤ワインを一口。
弦楽器や管楽器が奏でる旋律が優雅に巨大なホールを包み込む。
今夜は王族主催の歴史ある舞踏会が、我がウル家の城で開催されている。
俺はキャンディーことナイラに、髪を上げた方がカッコイイとかなんとか言われて無理矢理させられた上に、タキシードを着せられ、マフラーを取り上げられた。
要は機嫌が悪いのだ。
次々にやって来るお客、お偉いさんの挨拶をくぐり抜け一息ついているところだ。
といっても、ホールの一番目立つところの席なのだが。
隣に座るナイラが俺の両頬をぐいっと引っ張る。
「レイト君しっかりしなさい!ほら笑って!皆さんがいるのよ?」
「へっらいやら」
絶対やだ、と不機嫌そうに言う。
すると後ろからカツカツと音が聞こえ、客人かと思い慌てて立ち上がった。
だがその顔をみてさらに不機嫌になる。
アモルだ、だがアモルも不機嫌なようで刀から手を離さない。
理由は単純明快、いつもの隊服ではなくドレスを着ているということだ。
「上からお前の護衛をやれとうるさいから、しょうがないと来てみれば……」
「あら、気に入らなかったかしら?」
ナイラが笑顔で首をかしげる
まぁ、似合っていないと言えば嘘になる。
真紅のドレスは丈が短く足の露出が多い、多分動きやすいから選んだのだろう。
赤い宝石がポイントの黒いチョーカーはきっと宝石がインカムだ。
白いサラサラの髪をツインテールではなく上で1つに、これもまた赤いバラの髪留めでまとめている。
傍から見れば絶世の美女、いや少女なのだ。
こいつは歩けば花、刀を持てば蝶のようなのだ、口を開かなければの話だが。
アモルは不満そうにスカートの端をつまみあげる。
「これ用意したのキャンディーさんですか?もっと、そのー、動きやすいものはなかったのでしょうか」
「女の子がせっかくの舞踏会に可愛い格好しないなんて勿体ないわ!」
「あの、私仕事をしに来たんですけど」
アモルは俺の隣の席にどかりと座ると、ジュースに手をとった。
「おいアモル、お前が居るならシスコンもいるだろう。どこいった」
「お兄ちゃんなら、表で関係者最終確認してから来るって」
まったく、こういうのはしっかり仕事するやつだ。
アモルは周りを警戒しながら、もちろん座っていても刀は離さずに、ジュースに口をつけた。
「なぁ、毎回毎回思うんだがな?俺は自分の命ぐらい自分で守れるぞ?なんならお前らも守れるぐらいは……」
「上からは確かにお前を守れと言われたが、私はお前じゃなくキャンディーさんを守りにきてんだ。それにお前勘違いしてるぞ」
「は?」
「強い力は管理していたいのさ、上は守れ、だなんてとんでもない。お前を監視していたいんだよ、変なことしないように」
「なるほど、クソ不愉快だな」
俺は机に頬づえをつき、フォークを咥え口で遊ぶ。
すると、いそいそとメイドが後ろから話かけてきた。
「レイト様そろそろお時間にございます」
「………そうか」
俺はため息をつく、全く本当にめんどくさい。
長ったらしい話をしなくてはいけないらしいので、俺は『ゼウス』を頼ることにした。
全ての神々の父である、全知全能の天空神ゼウスの意志が宿る俺には、雷は操れはしないが人と神々双方の秩序を守る主神たるゼウスの意志、意志自体を能力とした俺の話なら誰もが聞いてくれるだろう、ということだ。
俺は意識を一点に集中させる。
周りから音、色、時間が消えていく。
ただただ静かな白黒の世界になった時、男が目の前に現れる。
ふわりと舞い降りたそいつは風もないのに、背中の赤いマントを翻して地面に足をつけた。
黄金の鎧を纏い、あの名高いアイギスの肩当をつけ、引きずるほど長い赤いマントは風もないのに揺れている。
伏せていた顔をニヤリと笑いながら上げたやつは、腕を組むと楽しげに語り出した。
「よう、我が子孫レイトよ。久しぶりよな」
「そうだなゼウス、さっそくだが聞いていた通りだ。力を貸してくれ」
「全く、全知全能の神の力をめんどうだからと使う後継者は初めてよ。だが良し」
ゼウスは歩き出すと机の上のワインボトルを手にし、ガブガブと飲み始めた。
「勝手に体を操ってはアポロンが黙ってはいまい」
ワインを片手に、何もない場所に腰をおろそうとするところに王座が現れる。
そして俺を指さした。
「久しぶりに喧嘩でもしろ、レイト」
「は?何いってんだ……」
「いやな、最近力を使わぬではないか。アポロンが暇をしておったゆえなぁ」
「それは本気を出したら死人が出るからだ」
「いいや違うなぁ」
顎を撫で、ニヤニヤと美しい美貌で俺を苛立たせる。
「お前は諦めたのだ、全てを諦めた。臆病にも誰かが傷つくのを恐れた、今まで散々邪魔者は蹴散らしてきたくせに」
「俺が………諦めた?」
「そうだ。お前は素手を使わなくなった、直接攻撃をしようとすると必ず手が震えているのに気づいているか?お前は無意識に遠距離の攻撃に、さらには威力落としているのに気づいているのか?」
「何を言って、俺は今でも……」
「お前にはもう、誰も傷つけることはできない。同時に救うこともできない。誰かを助けるということは誰かを捨てるということだ、だからお前を臆病だと、諦めたのだと言っている」

『ソレイユ』 一日目 『没 限定公開』

昔の話をしようか。

 
俺の昔の話を。
大した話でもないので、何か口に入れながらでも聞いてくれ。
 
じゃあ始めようか。
 
 
まだ希望に満ち溢れていた頃の太陽の話を。
 
 
 
 
 
 
 
春の優しい風が木々の間を駆ける音を、空を眺めながらただ聴いていた。
俺は森の、そこだけはまるで近づかないようにしているかのごとく、ちょうど木々が生えていない上が吹き抜けた草の上、のさらにその草の上に不自然に存在する巨大な岩の上に、俺は寝ている。
「よっ、と」
足を自分の頭まで振り上げ、手を岩につき、これでもかと手を押し出す。
岩から飛び降り、草の上に降り立つ。
「さて」
白いマフラーを整えて、足を踏み出した。
今日はいつも通る森の道を歩き出口を目指すことにしよう。
小鳥たちは清々しい朝のように歌う。
陽光は木々の生い茂る葉によって遮られ、木漏れ日として気持ちのよい光だ。
暖かい気温が眠気を誘い、欠伸を大きく一つすると視界に、ちょうど背伸びすれば届きそうな、赤々とした林檎が木に数個ぶら下がっているではないか。
「ラッキー、いただきま〜す」
片足で地面を蹴って飛び跳ね、林檎を一つむしり取る。
ひらりと地面に着地し、試しに林檎を一齧り。
「んぅ、こりゃうまい。もう一個だけ」
そうさっきのように飛び上がり、林檎をむしると片手でしっかりと握って、再び歩き出す。
林檎にかぶりつきながら、モグモグと口を動かす、今日の晩飯何かな〜。
そんなこんなで数分歩くと、前方から草の匂いが風に乗って漂ってきたのでそろそろであろう。
そう思った直後、目の前は見渡す限りの草原でどこまでも続いているのが木の奥からみえる、その周りはやっぱり森で、草原を取り囲むように森がある。
その広大な草原の真ん中、ポツリと遠くにみえる白い建物。
森を抜けて草原の匂いと太陽の温かい光に目を細める。
俺は唯一、道として続く茶色い地面がむき出しの道を踏みしめる。
最後の林檎をかぶりつく。
甘い林檎の汁が口に広がる、もうちょっとだけ頂戴したかったものだ。
段々周りの草は俺の背丈を超えていき、草に囲まれる感じになった時。
到着した。
建物の白いドアには、黒い板に白い文字で『ソレイユ』と刻まれている。
俺は林檎のしんを草むらに放り投げると、ドアノブに手をかけた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今俺は12歳なので5年前だったか。
俺は空から落ちてきたらしい。
落ちる、というのは言葉のとおり落ちる、である。
俺が7歳の時だ。
偶然、現在の親友が生活用水としている湖に朝食のため、必要な水を汲みに来ている時。
偶然、俺が空から落ちてきて。
偶然、湖に落下し。
偶然、親友が俺を拾ってくれた。
偶然、外傷はなく「ソレイユ」に引き取られ。
偶然、記憶が無く、身よりもないのでそこに住むことになった。
偶然の偶然が重なりあって、俗に言う「奇跡」というものに俺は助けられたところからこの物語は始まる。
目を覚ました俺が最初に見たのは、輝く黒い瞳で俺を見つめる俺ぐらいの少年と、俺ぐらいの、オドオドと少年を引っ張る少女であった。
その少年は、今後俺の親友となる、ティア=ヴェルダー。綺麗な黒い瞳と同じく濡れたような黒い髪の毛はところどころツンツンしている。
少女の方はこれから俺達パーティーの大事な仲間になる、キャンディー=ソルシエール。そしてなんと長い髪か、フワフワしてそうな柔らかい綺麗なブロンドの髪を三つ編みでまとめ、前髪には茶色も入っている。サファイアとアクアマリンが混ざったような色の瞳、何より少女のもっとも特徴的なのは、絵本に出てきそうな魔女の服。
黒いゆったりとしたローブは地面を引きずっていて、けれど上半身は体のラインがわかるほどピッタリとしている。
この2人は俺が初めて記憶喪失してからできた友達である。
俺の記憶喪失は激しいものであった、そりゃ空から落ちてきたのだから死ぬよりましだが、覚えていることは名前とあと一つだけだったのだ。
俺が拾われた「ソレイユ」という組織のボスであるフォルは、そんな何者かわからない、空から落ちてくるような得体の知れない俺を引き取り、俺の居場所をくれた。
その居場所はまるで太陽のように暖かくて俺は、自分も「ソレイユ」の一員になりたくなった、なって、素敵な居場所をくれたみんなに恩返しをするのだ、居場所だけじゃない、命を救ってくれたことも、一生では返せない恩だ。
そんな俺はまだ8歳で、ある決意を決めた。
 
 
「ただいま〜」
俺はドアを軽く背中で押して閉める。
ズボンのポケットに手を突っ込み、ドアの目の前にある木の階段に足をおく。
すると、階段の上から若い見慣れた男が俺を見ていた。
黒いコートに黒いブーツ、黒い髪の毛、青い目、身長は180cm、年齢24歳前後。全身黒い不審な男にしか見えないのでお願いだから一色くらい服に違う色を入れてくれ、と思うばかりだがこの男は、フォルという上司であり義兄である。
そしてティアの実兄だ。
フォルは呆れたようにため息をついて手すりに寄りかかった。
「おいレイト……。お前この前の盗賊団の依頼で、喧嘩しないって言ったよな?被害出さないって」
「そんなこと言ったか?フォルの気のせ…ぃだぁッ!!!」
すると上から分厚いファイルが見事に俺の頭に直撃した、激痛がぐわんぐわん頭から波紋のように広がる。
「何すんだよ!!!言っとくが俺は悪くないぜ!あっちが先に喧嘩売ってきたんだ!」
「馬鹿野郎!!ソレイユは財政難なんですぅ!レイトが暴れまわった後始末を出来るほどの金はこれっぽっちもねぇんだ!」
「だから俺は壊してねぇって!!」
「あっちもこっちも同じだ!破壊をさせるな!」
「そんなの無理に決まってんだろうが!!」
俺は階段をドシドシとのぼりフォルの隣に並ぶ。
フォルはマントを翻し、上から俺を見下ろす形になった、さらにそれが腹を立たせた。
俺は足を踏みつけてやろうとする衝動をおさえつけ、代わりにこれでもかと睨みつける。
すると馬鹿のように声を張り上げるやつが、小さな子供たちを引き連れてやってきた。
「見ろお前たち!まぁた、レイトとボスがこわぁ〜い顔して喧嘩してるぞ〜!!」
「レイトお兄ちゃんお顔怖いよ〜!!」
「……ティア」
「兄さん許してやってくれや、レイトも悪気があった訳じゃないんだよ」
ティアは子供たちをくぐり抜け、俺の隣に並ぶと微笑む。
「そうだフォル!俺は市民の安全をだな……」
「お前は調子に乗るなレイト!」
フォルは俺を一喝すると、深いため息をついた。
サラサラした黒い濡れたような艶のある髪を耳にかける、これはフォルが何かを考える時の癖だ。
フォルは腰に手をおくと唸り始めた。
我がソレイユが財政難なことは痛いほど知っている。
ソレイユは言ってしまうとギルドに近いだろう、依頼された仕事を選び取り、内容をクリアしたことで報酬金が貰える。
だがソレイユの人間は多くがその報酬金をボスであるフォルに納める、それはソレイユが身寄りのない者たちで構成された組織であるからだ。
例えば目の前にいる数十人の子供たちは、この周辺に捨てられ、または依頼で訪れた土地で、拾ってきたあてのない子供たちをこの場所で育てているのだ。
勉強は俺達が教えているし、その後のことは子供たち自身に任せているし、もちろんここが嫌なら俺達は全力で里親になってくれる人を探す。
 であるが多くの子供はここに残り、ソレイユのために働いてくれるのだ。
子供たちだけではない、戦場で負傷し捨てられた兵士や家の無くなった家族などもソレイユにはいる。
だがその数に対し、働く者があまりにも少ないのだ。
例えば100人ソレイユに居たとしたら、その中の10人だけしか働いていないということだ。
その少数でソレイユを運営していく金を手に入れるのは大変なことだ。
ただでさえ大変なのに、最近は軍に目をつけられ、うちの実力者であり収入源を半分も持っていってしまったのだ。
フォルは腰においた手をおろし、ピシャリと言い放つ。
「しょうがない、ティア!」
「なんだ兄さん」
フォルはふわりと手を上げ、まるで細い糸がそこにあるかのように空をつまむと引き上げた。
すると、先程頭に落とされたファイルはフォルの手の中に飛び入った。
それからも触れていないのに、パラパラとページはめくられていき、ピタリと止まったと思ったら、今度は資料がフォルの周りに展開されていく。
フォルは俗に言う「エスパー」なるものだ、だがそこらのエスパーと一緒芥にされてはソレイユのメンバーとして黙っていられない。
フォルはサイコキネシステレキネシス、テレパシー、サイコメトリー、テレポーション、そしてその気になればパイロキネシスだって使えるスーパーなエスパーなのだ。
さらに念力の範囲だって異常だし、ほんとにこいつ人間かって……。
そんなことを思った瞬間、展開されていた資料が俺の顔面に張り付いた。
「もごっ!?」
「あ、それだよそれ。見つけてくれて、ありがとう」
「むぐぅっ!?……っ何がありがとうだ!わざとだろお前ぇ!!?」
「うるさいわ、いいから見てみろ」
俺は促されたので、顔から剥がした資料を手にティアにもわかるように音読する。
「なになに?…………えー、場所は……ノーランス帝国?」
「ノーランス?北端の国じゃないか、ここから3日かかる辺境だぞ」
ティアは俺のもつ資料を覗きこんできた。
「ノーランスといえば今は春だから大丈夫だが、冬は極寒の豪雪地帯だ」
「……俺寒いのは嫌だかんな」
「だから大丈夫だって、今は春だからノーランスはきっと夏だ。夏でも涼しいぐらいの気温だからちょうどいいはず」
「なるほど」
俺は再度資料に目を移す。
「…………報酬金10万ルナー!?」
「新築1件建てられるぞ……!」
「これだけあれば、お前の損害全部返せるし、余った金でガキどもに新しい服を買える」
「フォル!本当に!?」
「あぁ、お前らにレイト兄ちゃんからのプレゼントだとさ」
すると子供たちは笑顔で嬉しそうに俺の周りにわーわーと押し寄せる。
俺は子供たち一人一人頭を撫で回しながら資料をみる。
金額がこれ程なのだからきっと依頼内容は難しいものなのだろう、そこに書かれていたのは。
「ドラゴン退治?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「急げ急げ!!列車でるぞ!!」
「レイトが昼メシ買い込むから!!」
「あわわわわわっ」
俺達は大きな荷物を手に、駅のホームを走り抜ける。
キャンディーは、自分の身長以上の杖にちょこんと可愛らしく乗り浮遊している。
ふわふわなびくスカートの裾からは雪のように白い足が時折パタパタと顔を覗かせる。
「レイト君っわ、わ私が服選ぶの遅かったからぁ……」
澄んだ青いアメジストの目からは、涙がじわりじわりと滲み、今にも溢れそうである。
俺は罪悪感が胸を刺し、なんとも微妙な顔つきで謝ろうと口を開いた。
だがホームに鳴り響くアナウンスが俺の声を遮った。
『3番線ノーランス行の列車、まもなく発車いたします』
「飛び乗れ!」
俺達はティアの合図で何とか列車に飛び込み、扉はしまった。
そのまま数秒固まり、俺達は顔を合わせると床に座り込んだまま大笑いした。
 
 
 
俺達は指定席へと向かう、様々な人たちが本を読んでいたり、寝ていたり、食べていたりするのがやたらと不思議に見えた。
俺達は大きな荷物を半分引きずりながら、個室のドアを開ける。
そこは二段ベッドが2つと小さな机が1つ、椅子1脚ある少し余裕のある部屋であった。
ティアは左側の一段目に荷物をなげる。
「じゃあ俺達はこっちのベッド使うから、キャンディーはそっちを使ってくれ」
「う、うん。ありがとうっ」
「おいティア、ノーランスまでどれくらいかかるんだよ」
「そうだなぁ……3日ちょいか?」
「3日!?退屈で死ぬぞ!」
「知らねぇよ」
ティアは荷物の中から愛用のレイピアを取り出すと、膝に置いて丁寧に手入れを始めた。
 キャンディーも腰を下ろすと何やら普通ではない眼鏡をかけ、なんとも分厚い本を読み始めた。
俺は2人をみてからつまらなそうに列車の窓から外をみる。
外の景色は流れるように変化しているだけで、見ていても面白いものではない。
窓を少し開ける、それから椅子を持ってきて座り、手を開いた。
俺には炎を自ら生成し、意のままに操れる能力がある。
記憶を無くして初めて使った時、それはキッチンで蝋燭に火を灯すためマッチを使ったら炎が何故か爆発、俺は丸焦げだがそれは煤や髪が焦げただけだったという偶然からだった。
まぁフォルが言うに「化け物級」なのだそうだ。
炎を操るやつなんて世界に万といる、だが俺のように炎を戦闘で使えるほどの火力とそれを操る才能があるのは片手しかいないという。
よくわからんが、とにかく凄いらしい。
俺は目を閉じて手のひらに小さな炎のイメージを練る、今にも消えてしまいそうな小さな炎を。
ふわりと手が暖かくなり、目を開けるとユラユラと踊る炎が手のひらに現れる。
思わず微笑むと、それに答えるかのように火の粉がパチパチと吹き上がった。
するとどこからともなく、何か焦げた臭いが窓の外から漂ってきた。
俺は一瞬、やってしまったかと焦ったが部屋はどこも燃えてはいない。
臭いはどうやら部屋にすぐに充満したらしく、2人共顔をしかめて俺をみた。
「…………おいレイト、冗談キツイぞ」
「いや俺じゃないから!」
「えぇっ!?お前じゃないの!!」
「ぶっ飛ばすぞ!!確かに今炎出して遊んでたとはいえ……」
刹那、列車が巨大な衝撃と音に激しく揺れた。
窓は衝撃に耐えられず音を上げて壊れ、破片が中を舞い、顔や腕を掠った。
ティアやキャンディーの方に舞った破片を、炎で薙ぎ払うようにして防いだ。
「あ、ありがとうレイト君」
「気にすんなっ……大丈夫か二人共」
「あぁ、ちょっとビビったわ。しっかし何事だよ」
俺は窓から身を乗り出す、ゆっくりだがかろうじて列車はまだ動いている。
そして衝撃の原因と思われる、後方車両が黒く、煙を上げているのが見えた。
俺は破片を踏まないようにして、部屋の中心に集まる。
「おいレイト、こりゃいい暇つぶしができたぜ」
「……そうだな、楽しい喧嘩ができるといいんだがなぁ」
ティアは不敵に笑うと、剣帯を腰に巻いて愛剣をそこにさした。
「でででも、ティア。他の、じょ、乗客とか……」
「そうだな、じゃあキャンディー。お前は他の乗客をなるべく一箇所に集めて守ってやれ」
「わ、わかった」
「俺とレイトは列車の前と後ろで別れよう、何かあったら叫ぶわ」
「了解」
俺はマフラーを緩めて、思わず弾む足を抑えて扉まで歩く。
ティアとキャンディーを扉の両脇に待機させる、もしかしたら扉の向こうで敵が潜んでいる可能性があるからだ。
ティアがゴーサインを出したのを見て、俺は扉を蹴り破る。
俺は一番に後方列車の方に走り出した。
割れた窓の破片を踏みながら走っていると、メイスを右手に握りしめた屈強な男がズルズルと何かを引きずって歩いてきた。
これはしめた、俺は先手必勝だと言わんばかりに拳を握りしめ、軽く飛び上がると相手の顔面に振り下ろした。
だが、鍛え上げられた筋肉のついた左手は引きずっていた何かを投げつけ盾にした。
俺は構うものかと、拳に炎を纏わせようとして止めた。
投げられた何かとは、血にまみれた車掌だったからだ。
「クソッ」
俺は車掌を体で受け止めるが、宙に浮いていた体はぶつかった衝撃によって床に叩きつけられた。
「おいっ!お前大丈夫か!?」
「ヌアァァァァァァッ!!」
雄叫びを上げながらメイスを振り上げた男は、車掌ごと俺を潰そうという考えらしい。
「パーゴス!!」
聞き慣れた可愛らしい声が背後から聞こえたと思ったら、氷の塊がメイスにぶつかり、瞬時に四方八方へと氷柱が伸びると男の腕を封じた。
「レイト君!」
「キャンディーでかした!」
俺は車掌をそっと置くと、相手を足で払いバランスを崩させ、腹に左アッパーをお見舞いし、最後に顔面に一発入れた。
男はフラフラと数歩動くと、床を揺らすほどの勢いで倒れた。
俺は起き上がらないことを確認すると、後ろを笑顔で振り向く。
「助かったキャンディー、やっぱり俺達脳筋にはキャンディーみたいな周りに気を配れる後方支援がいないと……」
「こここここの人治してきますぅー!!!」
キャンディーは何故か車掌を強引に引きずりはじめた。
「うぉいっ!?運べないなら俺運ぶから!」
俺はキャンディーから慌てて車掌を奪い取り、背中に背負う。
白いマフラーは車掌から垂れる血によってぽたぽたと模様を作る。
「だ、駄目だよ!レイト君汚れちゃうっ」
「俺は気にしないから大丈夫だ、それより早くこの人を」
キャンディーはパタパタと走っていくのを見届け、俺も一歩踏み出した。
後ろから男が立ち上がっているのを知っていて。
「なるほど、そこまで俺を殺したいのか」
男は凍ったままの腕を俺に叩きつけた、だが届かず。
「すまんな、防衛反応なんだ。恨んでくれるな」
体からチラチラと抑えきれない炎が火の粉をあげる。男の腕と俺の間の数cmには炎が湧き上がっていた。
「カッ……ガァァァァァァァァァ」
腕が氷はみるみる溶け、灼熱の炎が代わりに腕を包み込んだ。
男は余りの熱さに声をあげて床をのたうち回る。
「安心しろ、軽い火傷で済むさ。何故か俺の炎は人を殺さないんだよ。なんでだろうな」

「騎士の月」 『没 限定公開』

桜舞う春の香りが鼻をかすめた。
それは一瞬のことで、すぐに現実へと急降下だ。
弓をしまい、汚れ仕事がひと段落したので安堵の溜息1つ。
俺は太陽が大っ嫌いだ、恥ずかしながら羨んでいる自分が嫌だ。
太陽は何でもできた、みんなにも好かれた。
それすら才能のように太陽はみんなの目を奪っていくのを見ていた、そんな自分も太陽に惹かれていたとは知らずに。
太陽は優しい光を周りに振りまき、闇を振り払う、時には牙を向いて人だって殺められる。
太陽はこの地上において無くてはならない存在で、この世界を掌握している。
そんな太陽がこの世で一番憎かった。
だが今は大切な人のため、この手を汚すしかない、それを太陽も大切な人も知らない。
でも太陽はいずれ沈み、月が地上を支配する。
月は穏やかな光を柔らかに放つ、空高く一等に輝いているはずなのに、周りの星たちのことを忘れない。
太陽とは正反対の存在だ。
俺はそれに惹かれた。
月がのぼる静かな夜、カツカツと俺の足音がやけにうるさく聞こえる。
やけに重たい扉を開け、暗い王座の前で膝をつく。
並ぶ大きな窓からは月が輝き王座を照らす。
「今宵は月が大変綺麗にございます、姫」
王座の前で優雅に立つ彼女は微笑んだ。
「そうね、私も丁度貴方に言おうと思っていました」
俺は彼女に向かって手を差し出すと、ひんやりとした手が俺の上に重ねられる。
「今日は会いに来てくれないとおもっていました、インセット」
「ごめん……仕事が思ったより長引いて」
「妹さんは、元気ですか?」
「あぁ、アモルは元気に天界で暴れてるさ」
「でもお身体が弱いのでしょう」
「大丈夫さ、この国の医療技術のおかげで日に日に良くなってる」
「それは良かった」
彼女の手を握り立ち上がる。
鮮やかな赤い髪がサラサラとなびく、顔にはベールがかけられ胸には赤い宝石が月光に煌めく。
「昔を思い出しますね、インセット」
「そうだな姫様」
「貴方は私を守る騎士、私は貴方に守られる姫。たった数年前のことですが」






硝煙と酷い臭いが鼻をついた、状況は絶望的。
国が戦乱に巻き込まれ街中に火の手がおよび、逆賊は至るところに。
「姫様!国外へお逃げください!この国はもうもちませぬ!」
「いいえ、我が命は民と共に、国と共にあります。逃げるなどということは私の中にはありません。逆賊の狙いは私の命、貴方達はお逃げなさい」
臣下たちは皆悔しそうに顔を歪ませる、やけに美しく佇む今宵の月が笑っているようだ。
「姫様をおいてそのようなことはできませぬ!」
「私めも残ります!私の命は姫と共に!」
「我も!」「僕も!」
「貴方達……。まったくしょうがない、立派な臣下を私は持ちました……。お母様になんとお顔を向ければよいのでしょう」
逆賊が最後の砦である王座へと急ぐ音が聞こえる。
最後にみたのが、この美しい月で良かった。
「姫の命貰いうける!!」
逆賊たちが王座の扉を破った刹那。
たちまち逆賊はバタバタと倒れていく、まるでドミノ倒しだ。
「逆賊の命貰いうけるー、なんちって」
と、逆賊の屍に囲まれた1人の男がナイフを慣れた手つきで、回しながら近づいてきた。
彼はつまらなそうな顔で、けれど美しい顔立ちの青年だ。
「姫様ご安心をー、俺はただの通りすがりの医者ですー。奴らとはさっきすれ違っただけでさー」
生き残りの逆賊か、刃物をもち彼に襲いかかった。
「危ないっ!」
彼は気づいていたかのようにふらりと身をかわす、だが逆賊は私に向かって刃をむいた。
「てめぇそこ動いたら姫の命はないぞ!!」
「……これは困った困った」
彼は手をあげる。
「ナイフを地面におけ!!」
「…ナイフなら既に離したぜ」
すると逆賊はばたりと倒れた、背中には彼のナイフが深々と刺さっていた。
彼はナイフを引き抜くと腰の鞘に収めた。
医者だと言っているが、本当に医者なのか。
「まぁ、手上げた時にナイフ上に投げただけなんだがなぁ」
彼はさて、と呟いて私の前で膝をついた。
「ご無礼をお許しください姫」
「……救っていただいたこと心から感謝いたしますが、貴方はいったい何者で」
「天から参上仕った者、強いていえばただの医者です」
彼は顔を上げるとニコリと笑う、少年のような笑顔だが私には作り笑いにも感じた。
「天とは、何のことでしょう。この世には神などとうの昔に消えています」
「姫がおっしゃるのであれば、そう思ってくれてかまいません。なんせこの国を天は上から見ておきながら、助けをよこさなかったのですから」
周りにいる臣下たちは先ほどから警戒態勢、だが彼はなにやら大丈夫な気がするのだ。
「失礼ながら姫、俺と2人で話をいたしませんか。この国の姫は大変心優しい、慈悲あるお方だとお聞きしました、であればこの俺の願いもお聞きしてくださると思い、今回参上仕った理由にございます」
「なっ何を言う!救ってくれたといえ傲慢だぞ貴様っ!」
「そうだ!ただでさえ逆賊が国家転覆を図っているというのに信じられるか!」
「姫様!この様なよそ者、しかも天から参上したなんという輩と二人きりなど許しませぬ!」
臣下が口々に彼や私に声を上げた、私を思ってのことなのだろう。
「俺にはっ!!」
そんな彼は臣下たちを黙らせるように王座に響き渡る声で叫んだ。
王座は静寂に包まれた、彼の目は私を見つめていた。
「……俺には体が弱く、持病をもち、決して永くない人生を送ってしまうかもしれない妹がいます。だけれど、俺が不甲斐ないばかりに、幸せとは言えない生を、俺が弱いために、道を誤らせてしまったのです。俺はそんな妹を助けたいんです、幸せになってほしいんです。武器を握り戦場をかけるのではなく、誰かのためにと傷つくのではなく、結婚して、普通に子供を授かり、家族に囲まれて幸せになってほしいんです。姫様、こんな何処にでもいるようなただの兄貴の願い、いや我が儘を聞いてくれはしませんか」
彼の真剣な目が月に照らされる。
「貴方、お名前は?」
「インセット=テラスと申します」
「ではインセット、むこうで二人きりでお話しましょう」
「なっ姫様っ!」
「私はこの方と2人で話をしたいと申しているのです!二人きりにさせてください」
どよめく臣下たちを一喝する、私には見捨てられない、世界にはこの方のように悩める人が万といるのだ。
せめて、目の前の人でも救ってやることはできるだろう。
私は王座の後ろに周り扉を開く、彼を先に部屋にいれて扉を閉めた。
「私の臣下がご迷惑をおかけしました。私を思ってやってくれているのです、決して貴方を」
「わかってますよ姫様」
「それではインセット、貴方の願いを聞きましょう。叶えられる範囲で努力します」
「その前にお名前をお聞きしても?」
「…私はこのルベル王国王女、イリスと申します」
「じゃあイリス王女、単刀直入に申しますとね、俺にこの国の医療技術を叩きこんでもらいたい」
「……確かに、ルベル王国は医療技術が発達していることにはそうですが……」
「この国は天界より医療技術が進んでいるってあのクソマフラーが………いえ知人に聞きましたので」
「先ほどから貴方は天、天界とおっしゃっていますが本当に存在するのですか?そんなものは絵本に出てくる童話の中、おとぎ話です」
「……そうですか、じゃあ」
彼は立ち上がると部屋の窓枠に手をかける。
「じゃあ明日また来ますわ!」
そういうと彼は窓から飛び降り、姿を消した。





「いやぁ、あの時はクソマフラーが珍しく真剣に言うもんで」
「口が悪いですよインセット、貴方は騎士なのですよ」

失楽園 第一章 第四節

いつもの服に袖を通す。

何故かここ数日から夢見が妙に悪い、今日は八年前の事を思い出してしまった。

そのせいか、俺は機嫌が悪かったのだろう、会議室に向かう途中誰も近づくことは無かった。

ただ一人を除いては。

「ねえ君〜、会議室って何処に在るん?ここは妙に広くてわからんくて〜」

「.....お前....見ない顔だな」

「まあ〜、それより会議室ですわ〜。この調子じゃ日が暮れそうで」

「...俺も向かう途中だ、一緒に来るか」

「おお!!ではお言葉に甘えて〜」

そうして見知らぬ男は俺の隣に並びたった。

よく見ればこいつ、見たことない制服を着ている。

背中に大剣をぶらせげているし、武人なのだろう。

怪しげな男はそうして俺の隣を歩いたまま終始無言であった。

「おお!!ありがとなお兄さん、助かったわあ〜」

そうして共に会議室の扉をくぐった。

そこには重々しい空気が漂っていた、皆銀の仮面を付け、まるで俺を待っていたかのように視線を感じる。

いや、俺ではない、隣の男だ。

男は背中の大剣を床に下ろした、柄に両手を置き堂々と立つ。

「......お初お目にかかる、世界政府軍元帥が一人、東の元帥アルブム=クラヴィス、貴公等に助力を願うため参上した」

世界政府軍、それは下界全体を取りまとめる組織、下界全体を一つの国だとするならばその国の軍隊の役割を果たす機関。

そして現在も天と戦い続ける者達。

下界の覇権は世界政府軍が握っており、政治も、外交も請け負う。

今まで俺達は自分たちの存在を隠してきた、名もない小さな帝国の小さな騎士団だ、それが強力な騎士団というならば下界にこき使われるのは目に見える。

俺達は小さな自分たちの世界が守れればそれでいいのだ、俺を除いた団員は。

「ようこそ御出でなさった、アルブム卿。今回このような小さな我々の帝国に何用か」

長机の最も奥に腰掛ける騎士長は陽光のおかげで顔を読み取ることはできない。

「助力を願いに。先日この帝国に熾天使が降りてきた、そしてそれに耐えたと噂になっていますゆえ」

「単刀直入で願いたい」

「.....情報提供と一時的な軍事協力関係を望みます、さすればこちらも貴公等からは手を引きましょう」

騎士長の目は鋭く光った。

突き刺すようなそれに俺は思わず俯いてしまった。

「ほう、同志を売れと申すか。貴殿等は悪戯に戦争で命を散らすばかりで全く戦場の戦士の事など考えぬ外道共に、同志に同じく戦場で華々しく散れと言っているのだな」

「否定はしない、確かに我らは外道である。同じ戦士として戦場に出れず、八年間悪戯に命を散らした。だがそれもこれまで」

そうして彼は負けず劣らず、騎士長に鋭い眼光をぶつけた。

「我々は天界へと繋がる入口を見つけた」

その一言で会議室は一気にざわめいた、皆口々に驚愕し否定的な言葉を並べる。

「世界政府軍は特攻隊を編成でき次第天界に突入する作戦を展開したい、その為にも数多くの強者が必要なのです」

俺はその話を聞いて思わず口を開いてしまった。

「......騎士長、発言の許可を」

「ルクス.....いいだろう」

そうして隣の男に向き合った。

アルブム卿は真剣な眼差しで俺を見つめるばかり、俺を試すような瞳だ。

「......アルブム卿、戦争はもう疲れた」

「ああ」

「天使共はひたすら降り続け、神はあの時以来姿を見せない臆病者だ。この戦争はなんの為に始まったのです?誰が何を欲し、求め、傲慢になっているのか。誰もわからない」

俺は拳を握りしめた、今も鮮明に思い出せるあの光景を。

何も出来なかった自分が憎い、それ以上に天が憎い。

その本山を叩ける、神を地上に引きずり落とせる、天使が空を羽ばたくことがなくなるならば。

「俺は貴方に加担しよう」

「......ルクス」

「騎士長、我々は今まで幾度となく天使を地に叩き下ろした。けれど一向に神は現れない、ならば元を叩くしかないでしょう。もう、やめませんか?世界を守ることは、帝国を守ることです。それをわからない貴方ではないはずだ、どうしてそこまで拘わるのですか」

騎士長は俺を見つめるまま黙り込んでしまった。

わかっている、騎士長にも譲れないものがあるなど、それでもそれがわからない貴方ではないはずだ。

一気に叩く機会だ、逃すわけにはいかない。

だが俺の予想を超えた騎士長はすっぱりと言い切った。

「.......いいだろう、アルブム卿」

「ありがとうございます」

「ルクス、アルブム卿を応接間に案内せよ」

「よ、良いのですか....?」

「お前は我儘をこねたわけではあるまい、何故そんな顔をする。誇りをもって胸をはるがいい」

そうして騎士長は立ち上がり、机に広げてある書類をまとめ始めた。

「これで会議を終わりとする。解散せよ」

「き、騎士長。詳しいことを」

「何故かような童のいうことを」

「騎士長」

「騎士長」

皆席を立ち上がり一斉に彼へ押し寄せた、同じ言葉を口にしてばかりで誰も聞く気などなかった。

俺は騎士長に一礼して会議室の扉を開ける。

「こちらですアルブム卿」

誰もいない静かな廊下を歩く、昼の暖かな陽光が床を反射して眩しい。

「ふーん、君が熾天使を止めたんか」

後ろからついてくる男は、先程の覇気など微塵も感じさせない柔らかな口調であった。

俺は彼の問いには答えず沈黙を貫いた。

「実は俺、戦争始まる前にその熾天使と兄妹の智天使とも剣を交えたことあるんだけどなあ。ああ、勿論『銀狼』のことなんだけど」

「......強かったか?」

「ああ、この兄妹だけで人間を滅亡させる具合にはな」

顔を伺うことはできないが、声の調子はなんだか楽しそうで、もしかしたら彼は戦闘狂なのではないかと静かに思った。

「でもおかしいんだよなあ」

「その兄妹がか?」

「違う違う。この兄妹が戦場に出ているのに、何故かなあ。レイト皇子が二人だけを出させるはずないのに、なんであいつは姿見せないんかなあ思って」

「レイト皇子......?」

「知らないんか?太陽神アポロンと天空神ゼウスの二つの神を宿す天界の皇子さ。戦争が始まる前の天界と下界の関係を再び戻した英雄、そして兄妹の主なのさ。あいつはそれは仲間を大事にする奴でな、自分の事のように泣くし怒るし笑う。そうだな、人間みたいなやつだったよ」

そうまるで懐かしむように喋る男は今まさに脳裏でそいつを思い浮かべているのだろう。

「まあ.....あいつがいれば戦争なぞ起こらんか...」

「死んだってことか?」

「それが全くわからん。噂ではレイト皇子はタルタロスに突き落とされたとか、戦争の為に俺達に再び歩み寄っただの、そんなくだらないことばっかりさ」

「......貴方はどっちの味方なんだ」

「正しい者の味方さ」

そうして俺は足を止めた、男も足を止める。

俺は後ろを振り返り脳裏を横切るそれを捕まえて言葉にした。

「正義などあるものか」

「全くその通りだ」

「ならば貴方がいうそれはなんだ」

「正義などない、同時に悪もない。正義の定義などなく悪の定義も存在しない」

男は右手を自らのこめかみに当てて爽やかに笑った。

「存在するのは意志のみ。己が正しいという意志が強い者が正義で、勝者だ。一般大衆が正義で異色少数が悪だ。なぜならそれが人だからだ」

「貴方がいうことが正しいなら。それは、嫌な生き物だ」

「そう我々は嫌な生き物だ」

男はこめかみから手を下ろすと横に並び立つ。

「それを愛した男がレイト皇子だ。彼は迫害されてもなお、信念を曲げることはしなかった。弱きをよしとし、強きもよしとした。彼は昔、『弱い者がいるのは当たり前で強い者もいるのも当たり前だ。ようは色んな人がいる中でどんな世界にしたいか、俺は下界も天界も平等な世界を作りたいよ』と言ったんだ。最高にクールだよなあ」

そうして太陽を見上げる顔は笑っていた。

思い出し懐かしむ顔を見たら、一瞬だけ会ってみたいと不覚にも思ってしまった。

「俺は天の味方ではない。レイト皇子の味方をしている、俺は彼の意志の強さが正しいと思うからだ、だから俺は彼の味方でありたい」

「そんなの裏切りと変わらないではないか」

俺は拳を握りしめた。

確かに会ってみたいとは思う、そんな真っ直ぐな奴が本当にいるのならば。

だが胸にくすぶるこの想いは、そんなもの許しはしない。

この想いはいう。

『ならば何故彼女は殺された?』

胸の中の悪魔が笑っている、以前はこんなに奴の声は聞こえはしなかった。

なるほど、俺の体はついにガタがきたということか。

『そいつはか弱い彼女すら、救ってくれなかったではないか』

あの時無様に泣く俺が脳裏をよぎる。

悪魔はヒタヒタと俺の心臓に近づいている。

『どこが平等な世界だというのだ!!!』

そうして心臓に手をかけようとした。

「黙れ」

俺は壊れかけの体を一喝し、男をみる。

「......応接間はこっちだ」

そうして全てのことに見ないふりをした。

 

 

 

「ではここで」

「ありがとなあルクス君、どうやら俺の急な訪問で本来の会議ができなかったらしいことは謝ろう」

「お構いなく」

俺は即さくと扉を閉め、廊下を早足で駆け抜ける。

何故俺はこんなにも息が上がっているのか、何を焦っているのだろうか。

気がついたら自らの部屋にいた。

心臓がうるさいのかそれともこいつがうるさいのか区別がつかない。

気のせいか、意識も朦朧としてきた。

その時、再び青いドレスが見えた気がした。

 

「やあい、生きてる?」

そこには人形を手にしたあいつがいた。

意識がはっきりしたと思ったら、またここだ。

見渡す限りの白い空間にもそろそろ慣れてきたものだ。

 「そろそろほんとに死んじゃうよ?おにいーさん」

「......黙れ、言われなくてもわかってる」

奴は相変わらず地に足をつけることなくふわふわと俺の顔を覗き込んでいる。

「僕との契約切っちゃえば〜?」

「それじゃ天使は殺せない」

「それもそうだ!おにいさんの願いがそれだから、僕は君と契約した。僕はまだ生まれ変わったばかりで飛べないんだ」

「.......どういうことだ」

「待ってるんだ」

悪魔はそう言って人形を握りしめ、嬉嬉とした表情で上をみた。

「おにいさんが天使を殺していけば、きっといつか出会える。僕の創造主、僕の主、僕の存在意義、僕の狂気。ああ、アモル.....君を数千年も待ったよ」

「アモル.....?」

聞いたことがある名前に首を傾げる、確かどこかの書類で目を通した時にそんな単語に出会ったことがある。

「もうすぐ......君に会える。おにいさんも感じるでしょう?」

ヒシヒシと何かが近づく足音を確かに感じる。

白い空間も何やら震え、喜びを表現しているようだ。

「......アモル。そうだ、その名は」

「そう、今は『銀狼』なんて呼ばれているらしいね。でも、君達はまだアモルの本気を知らない」

空間の揺れはどんどん増していき、地震のように揺れている。

「だって、彼女の『力』、今僕が持っているんだから」

「ということは、お前は俺にそいつの力を提供していたということか」

「違う違う、それはちゃーんと僕の力さ」

悪魔は俺の背後をとり、耳で囁いた。

まるで宝物のように優しく扱った。

「『嫉妬は時に狂気へと変貌を遂げる』」

「それが僕、もう一人の『                  』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一人の.......」

気づけば自室の床で倒れていた、すっかり日は落ちてしまっている。

悪魔最後の言葉を咀嚼する。

だがおかしい、何故ならその悪魔は二人は存在しない、いやできないはずだ。

八年の歳月を経てようやく知ったその名前を口に出した。

「『レヴィアタン』.....?」