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アヴェスター 第三章

少女は嘆いた。

あの時、しっかりとその手を掴んでいればよかったと、今更後悔した。

激しい雨が己を打ち付けたが、想いは流してくれなかった。

少女は親友の、いや自分の為にただ走った。

自分の数少ない願いだ、優先させて悪いなど、彼女と親しい者は言わないだろう。

恋をしていたわけではない。

いやいっそ、恋であった方が楽であっただろうに。

ただ、ただ救われたのだ。

いきなり現れた彼は、いきなり消えようとしている。

それがとてつもなく苛ついた、親友の契りを交わしておきながら全く無責任ではないか。

何度となく背中を預け、救い救われ、喧嘩をした。

ただその日々が、少女にとってどれほど輝く宝物であったか。

それを踏みにじろうとする、諦めようとする、勝手に現れ勝手に懐に入ってきながら、なんて。

彼は一言、ごめん、とらしくもなく謝った。

何をいっているのだ、と。

お前らしくない、どうしたのだ。

彼女は彼に問うた。

彼の冷たくなった手を握りしめた。

どうしたのだ。

彼の胸倉を叩いた。

どうしてなのだ。

彼の頬を撫でた。

どうして。

赤黒い見慣れた色が。

また。

 

恋をしていたわけではない。

ただ少女は救いたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全く何が起こったのか自分には理解できなかった。

先程まで確かにメタノイヤ大将が攻めていたはずだった。

目の前で繰り広げられるのはもはや人ではついていけない。

アモル隊長が大将の水平切りを弾き返したと思ったら、目にも留まらぬ早さで一方的に攻撃にかかったのだ。

早すぎて全くと言っていいほどに太刀筋が見えない、残像の後を見つけ、また見つけと。

加えて威力も凄まじく、防御に徹する大将を一太刀で弾き飛ばす。

成人男性であり自らより重い大将をああも軽々と、あれが隊長の実力なのだろうか。

本当の意味で火花を散らす攻防戦を食い入るように見る。

素早い突きを弾き飛ばし、振り下ろされた刀を滑らせ、回された足を籠手で防ぐ。

すると隊長は、埒が明かないことに気がついたのか、後ろに飛び退いた。

それを大将が逃すはずもなかった。

 

 

 

興が乗った、なんてただの言い訳だ。

『銀狼』を知っているといった、懐かしい響きだが忌々しいそれを知っていると。

ならば致し方ない、事故ということで死んで頂こう。

なるほど、今日私はこいつを始末するために来たのだな。

私は手馴れたように敵の急所を確実に切り裂く、だがそれは届く前に全て弾かれてしまう。

ならばと、回転を加えた蹴りを右から喰らわせようと足を振り上げるも、虚しく全て防がれる。

人間の『大将』を張っているだけはあるということだろうか。

私は思わずうっそりと微笑んだ。

こいつを観察していて分かったことは、防御型の剣士であるということ。

それは私とは正反対の剣術だ、もちろん防御に徹する剣術を使えないことはない。

何故なら私は、天使の中でも身体能力が飛び抜けて高い一族の末裔、「雷天族」だからだ。

人間がそれを知っているわけはない、「雷天族」は全ての武の元、何百もの武術を編み出し、習得し、伝承してきた。

それを私が知らないわけがない。

まぁ、もう数が少なく病弱だというのが玉に瑕だが。

だがそれで、ようやく人間は渡り合えるというものだ。

私は大きく後退した。

刀を空中で回して持ち直す、腰低く逆手で構えるそれは、原本の六型「紫苑」。

速さに特化したもので、私が得意とする型。

力強く足に力をこめ、地面を蹴り飛ばす前にそれはきた。

先程までとは圧倒的に違う殺意が、決して鋭くはない、だが鈍器で殴られたような重いそれが前方から押し寄せてくる。

その中に紛れた僅かな気配が背中を刺した、私は思わず上に飛び上がった。

そこには跡形もない地面、その中心に敵はいた。

奴の眼光は鋭く、先程までの優男の欠片も感じない。

鈍器のような殺気は、ひしひしと私の頬を殴る。

なるほど、ここからが本番と言うことか。

これが笑わずに居られるか。

この刺すような殺気、緊張感、これはまさに命の取り合いだ。

油断した方が死ぬ、弱い者が死ぬ、足を取られた方が死ぬ、気を緩めた方が、諦めた方が、挫けた方が、啼いた方が、堕ちた方が、死ぬ。

これが楽しまずに居られるか。

 

 

 

 

言ってしまえば、見ていられない。

アモルの振るう刀が、相手の胸を掠った。

何があったか知らないが、どうやら乗せられたらしい。

思わず頭を抱える。

もしかしなくとも奴が強いのは十分承知だ、もちろん相手の命を奪うこともないと願いたい。

いやアモルなら奪えないだろう。

そしてことの元凶、フォルの肩に手を置いた。

「お前……元帥なんぞになるから腹黒が更に増したぞ。真っ黒だ、闇だわ」

「そうかぁ?お前はあの時から餓鬼が抜けて大人しくなったな、安心したぞ」

「余計なお世話だわっ」

そう、此奴はアモルの実力などとうの昔に知っているのだ。

だからわざわざこんな決闘などしなくとも、部下を任せられんなどほざきはしない。

それに気づいたら元帥なんぞになっているのだから、どうしたもんか。

昔の仲間達は、どうやら相当拗らせ引きずっているとみえる。

俺は隣の少年を見た。

バーナーといった彼は、目の前の決闘に釘付けでその目はキラキラと輝いていた。

これからの冒険に期待を隠せないその輝きと、上に立つ者の実力に惚れ惚れしている。

まるで夢を見つけた少年のようだった。

その姿は遙か遠い、遠い、もう埋もれてしまった昔の自分が重なって見えた。

今では太陽だと崇め祀られる偶像に成り果てた、確かに己は太陽だ。

だが、彼の方がよほど太陽にみえる。

あぁ神よ、何故自分だったのですか。

こんなことなら、俺は地に落ちたかった。

一緒に泥水を啜りたかった。

その方がまだ太陽として輝けたものを。

帰ってくるはずもない返答に、自嘲した。

神だなんて、ここに神がいるだろうに。

俺は目を細める、決して滲みそうになったわけではない。

するとフォルが、俺の肩に手を置いた。

「お互い、引き返せないとこまで来たな」

「……全くだ」

俺達は二人でひっそりと笑った。

この時だけ、俺達はあの時の俺達に戻った気がした。

 

 

 

 

隣から楽しそうに笑う声が聞こえたので顔をあげると、元帥とレイトさんが何やら会話していた。

二人共何処か懐かしむように話している。

すると、バチリとレイトさんと視線が交じる。

俺は視線を逸らそうと慌てて前を向く。

「バーナー、アイツを目標にするのは止めておけ。見ての通り、頭おかしい」

「な、何でですか!」

俺は予想外のことに身を乗り出す。

すると、レイトさんは口を抑えて笑い出した。

そんなにも面白かっただろうか。

「いや、すまんすまん。あまりに似ていてな」

「昔、お前のような男がいたということさバーナー」

「は、はぁ……」

レイトさんは一頻り笑った後、俺の肩に手を置いた。

彼は羨望の眼差しで俺と目を合わせた、そして細める、眩しい何かが見えるように。

俺を見ながら、誰かを見ていた。

「目標に届く、コツを教えよう」

そして彼は前を向いた、さらにその向こうを。

その瞳はキラキラと輝いて、吹き抜ける風が髪を揺らす。

これが彼を神たらしめるものなのかもしれない。

つくづく俺の周りは美男美女しか居らず、何処か遠くをみる彼は一等輝いてみえる。

「諦めるな、足を止めるな。そして馬鹿みたいに前しか見るな、前はまだ未開の土地、後ろには自分が歩いた道しかない。どうせ見るなら『道』より『未知』の方が、わくわくするだろう」

彼はそう言うと、ニッと笑って見せた。

いや、これが彼を彼たらしめるのだろう。

「はいっ、レイト皇子」

「…………レイトでいい」

優しく撫でる風の中で、今度の彼は俺を見ていた。

「いや、しかし……」

「レイトが、いい。俺は堅苦しいのが嫌いでな、皇子と友達に慣れる機会だぞ?」

彼は悪戯っぽく笑う、それは夏の青空がよく映えるような笑み。

「……レ、レイト……」

俺はもごもごと口の中で転がすように名前を呼ぶ。

すると彼は思いっきり笑い出した。

「いたっ」

バンバンと背中を叩かれる、彼は本当に楽しそうだった。

「よろしくな、バーナー」

「……ぉ、おう…………レイト」

「何を馬鹿なことやってるんだお前らは」

元帥がニヤニヤとした顔でこちらを見た。

レイトは、友達と戯れていた、と楽しそうに笑う。

新しい友達だから、と臆病ではなく、かと言ってめんどくさい絡み方でもなく。

彼とは良い友達になれる気がする。

刹那、ぞわりと背中を撫でられるような感覚に決闘の方に視線を向ける。

隊長と大将が相変わらず撃ち合っていた、互いに所々傷つき出血も見られる。

大将は隊長の水平回転斬りを受け止め、そのまま隊長を大きく上に弾き飛ばした。

だが、上空で彼女は笑っていた。

その時にはもう既に遅かった、隊長の振り回した斬撃波が野次馬たちに、そして俺達にも向かってくる。

それも第三波ほどある、これを避けても次避けられるか。

「問題ない」

「は」

野次馬達を斬撃波が襲う、だが何も無い空間でそれは弾け去った。

そしてレイトは右手を薙ぎ払うように動かすと、何故か炎の壁が視界を覆った。

「っつぅ〜、あの子強くなったなぁ」

元帥はいつの間にか持ち上げていた腕をブラブラと振る。

そして元帥が腕を下ろすと同時に、野次馬達の周りをガラスのような光が弾け飛んだ。

「これはいったい……」

「何だ、知らんのか」

心底以外だという顔をすると、レイトも腕を下げた。

同時に炎は地面にチリチリと後を残しながら空気に溶けていった。

「フォルはなぁ、俗に言う『エスパー』って奴だな。まぁそこら辺のエスパーとは次元が違う、化物級だ」

レイトは胸をはり、まるで自分のことのように自慢げに話すが、エスパーと言っても実際どれだけなのだろうか。

そんな俺を察したのか、フォル元帥はにっこり笑う。

「まぁ、見てなさい」

元帥は右腕を静かに上げる、ふわりと風が撫でた。

その風は次第に強くなっていく。

そして、まるで陽炎のような何かが両者の元へ飛び出す。

すると、決闘に夢中だった両者は不可視の力によって地面に叩きつけられる。

一体何事か。

「両者、そこまで」

「っ……元帥」

大将は立ち上がろうと地面に手をつくが、不可視の力によってびくとも出来ない。

隊長はなんとか手と片膝を地面につけながら、顔を歪めている。

それでも立ち上がろうと、抵抗しながら隊長は刀を何とか地面に突き立てる。

それも虚しく、刀はカタカタと音を立てて地面にさらに深く刺さった。

「ぐっ……サイコキネシスか……っ」

彼女は、レイトをぎろりと睨む。

それはこの短い出会いまでの間では、見たことないような殺意が篭っていた。

それに俺は思わず短い悲鳴を漏らす。

「もういいだろう?久しぶりに楽しめたか?」

彼はそれに苦笑いをして答えて見せた。

「まだだッ……これからもっと……」

「これ以上はシスコンに怒られるぞ?」

レイトは困ったという風に笑った、すると隊長の殺意が一気に削がれる。

「……興が冷めた」

「ふむ。両者、素晴らしい手合わせであった」

元帥は腕を下ろすと、両者にかかっていた陽炎のような力が消えた。

周りの野次馬達は、立ち上がる二人に拍手やら雄叫びをかけ、盛り上がっている。

隊長は素早くこちらに、ズンズンと戻ってくるとレイトに突っかかる。

先程まで着ていたはずの首から膝まですっぽりと隠していたロングコートはいつの間に脱いだのだろうか。 

所々砂埃や切り傷で汚れているが、表情に変化はない。

痛くないのだろうか。

「銀狼殿っ!」

そこにメタノイヤ大将が得物を鞘にしまい、駆け寄った。

「此度の手合わせ、大変勉強になりました」

大将は優しく笑いながら、その手には隊長のコートを持っていた。

するりと差し出したコートは丁寧に畳まれている。

「己の未熟さ故に、貴公の相手が務まらなかったことは私の非であります故。どうか主に当らないでください」

大将は腕を深く斬られたのか、音を立てながら滴る血が地面に跡を残していた。

他にも足や肩、腹にも大小の刀傷が見られる。

その姿は隊長と比べるとこちらの方が痛々しかった。

それでも大将は、敵だったはずの隊長に笑顔を向けた。

「……貴殿に一つ忠告しよう。私のことを次相見えた時、『銀狼』と呼ぼうものなら。本気で首を取らせて貰おう」

「ぎっ…………アモル殿」

彼女は大将の手にあったコートを奪い取ると、レイトから手を離しそれを身につける。

「それは無礼を働いた。次からは気をつけよう」

「…………貴殿、中々いい筋をしていた。久方ぶりに楽しめた」

そして鞘に刀を音もなくおさめ、剣帯にそれをさす。

「是非再び手合わせ願いたい、次こそ、我が全ての剣術を披露しよう」

「それは真にございますか。確かにこのメタノイヤ、言質を取りましたぞ」

メタノイヤ大将は、少し驚いたように目を開くがすぐにふわりと笑う、それはとても優しく作り笑いとはほど遠い。

だが隊長は、不敵に笑うとコートを翻した。

「………それが戦場にならないことを願うばかりだがな」

そして一人何処かへ歩いていく。

「おい、どこ行くんだよ」

「お兄ちゃんに報告しないといけないからね」

「なっ……お前告げ口するつもりかっ!」

「先に失礼する、別にお前を護衛しても楽しくもないからな」

アモル隊長はこちらを振り返ることなく、手をひらりと振る。

 一瞬花の香りが鼻を掠めた、そして強風が襲う。

前を見ると隊長はもうそこには居らず空を優雅に飛んでいた。

その翼は、まさに天使を象徴する純白の白い翼。

自由に飛ぶその姿に、俺は思わず遥か遠くの隊長に手を伸ばし、握りしめた。

そしてこの短時間に起こった出来事を思い出す、胸の高鳴りがとまらない。

御伽噺は、夢はそこに存在したのだと。

アヴェスター 第二章

少年は言った。

空に惹かれる、何故かあの青い空が懐かしい、と。

白い少年は、なんとも悲しげな表情で掴めるはずもない雲を握りしめた。

なんでそんなこというんだ、と問えば。

自分が今ここに居なければ、『家族』を護れただろうに、と笑った。

どこまでも白い彼は、偽りの『家族』のためにどこまでも悲しげに笑った。

まるで太陽のような彼は。

まるで夜のような自分には、眩しすぎて。

だからだろうか、この頬を濡らすのは。

金の草原を走り抜ける風が俺達を笑うようだ。

彼はおそらく遠い、人間には遠いとこに行ってしまうのだろう。

それは腹が立つほど腑に落ちた、同時に泣きたくなるほど、行くなと叫びたかった。

違うのだ。

決してこんな終わりを求めていたのではない。

違うんだ。

どうか、本当に神様がいるならば。

我らが過ちを許してくだい。

どうか。

彼を連れていかないでください。

神よ。

どうかーーーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「両者決まったな」

元帥は空になったカップを机に置いた。

するとそれが合図になったのか、ズルリと客人は滑り落ちる。

「はあぁぁぁぁぁぁ……やっとかぁぁ……」

張り詰めた緊張がぶつりと切れたと思うと、ふにゃりと笑う彼は手を差し出した。

「まだ、君の名前を聞いていなかったな」

「……バーナー=ジュリアスと言います」

俺はその手をしっかりと握る。

彼の手は柔らかくなく、硬くもなかったが、所々ゴツゴツしていて傷も目立つ。

はて、皇子と聞いたのだからてっきりまっさらな手をしているものと思っていたのだが。

あまり長く握っているのも失礼なので、早々に手を離す。

同じように零も彼の手を握る。

「夜月 零と申します」

「おう、よろしくさん」

零も俺と同じ考えに至ったのか、顔をしかめる。

武人のような手だが、得物を使っているような手ではない。

素手を得意とするような手だ、だがそのわりにはさらりとしていた。

言うなれば、昔そうであったが今はそうでないために戻ってしまったと言おうか。

彼はそんな俺達の考えに気づくことなく、零から手を離した。

「そうと決まれば早速準備だなっ!それから歓迎会も催さなきゃなぁ、宴会は人数が多いほうが楽しいからな、多いに越したことはないだろう」

「気が早いぞレイト」

「当たり前だフォル、新しい仲間だっ!歓迎こそすれど追い返すなんざとんでもない!大歓迎だ!」

フォル元帥は懐かしむように隣で楽しむ彼を見つめる。

「質問、よろしいでしょうか」

「零、なんだ?」

「何故我々二人が選ばれたのですか?」

「あぁ、それについてはアモルに聞いてくれ。人選はあいつがした、珍しく頑なだったからな」

そう言われ、俺達は彼女を見つめた。

彼女は先程見た時からピクリとも動いておらず、そして今現在も。

「……アモル」

「…………」

「……チビ、もういいだろう。だいたいいつまで不貞腐れてるんだ、お前はガキか」

彼女はゆっくりと開いた左目で彼を睨みつけた。

断じてそれは主人に向けていいような殺意じゃないと思う。

するとため息一つ、驚きの口調であった。

「……だいたい私はお前に、仕様がなく、今日はついてきてやったんだぞクソマフラー。本当は今日アテナ様支持下による都防衛部隊との演習日で、こんなとこでただ話してる場合じゃねぇんだよ」 

「はいはい、正直に楽しみにしてたのに、と言えばまだ可愛いものを……」

「可愛くなくて結構、それとも可愛くなればいってもよかったのか?えぇ?」

零唖然である。

先程まで主に対して敬意をもった口調だったのにたいし、今もう、年相応の女の子というか、何とも言えない。

「わかったわかった、わかったから。質問に答えてやれ」

「……私はアモルだ。お前達の配属先の部隊長を務めている。要は上司だ」

彼女は胸をはる。

何も無かった、確かに、胸をはっている。

だが何もなかった、何も感じなかった。

彼女は本当に胸をはっているのか。

存在するべきものが、ないと言うか。

寂しいというか。

「お前達二人は出身地が同じだろう、実はあそこには想い入れがあってな。どうせ人間を部隊に入れるなら、自分が安心できる要素が欲しくてな」

「…………それ、だけですか?」

「ん?あぁ、確か零とやらは学問主席で、お前は剣術次席だっけ?」

「はい」

「まぁ、それだけだろう?」

「……へ?」

「訓練でどれだけ良い成績をだそうが関係ない。実戦で実力を発揮できないなら所詮そこまで、戦場を知らん奴が実力を十分に発揮できないのは目に見えているし、そもそも戦場を知らない兵など駒にもならん」

彼女は実に淡々と、冷たくすらすらと言い放った。

「まぁだか安心しろ。「暗部」に入るならそうはいかん、我が隊に使えない者はいない。お前達を無事実戦出来るようにさせ、かつ生きて帰らせるのが私の教育方針だ。我が部隊に入るからには死ぬなど以ての外だ、死ぬぐらいなら違う部隊に移って貰おう」

「……という訳でお前達は選ばれたと」

後半は理由と言うより半分罵られ感があったのだが。

「安心しろ、私は強いぞ!」

えへんと腰に両手をおいた彼女からは、年相応の女の子を感じた。

強そうとは欠片も感じない。

「レイト、この二人どうするんだ?」

「三日間準備期間として与えたい、ついでに天界についての資料を後日、うちの奴に届けさせるから」

「わかった……して、レイト」

「なんだ?」

「うちの部下をお前に預けるわけだが」

「…………フォル、まさか」

「これでも俺の部下だからな、安心できる保証が欲しい」

するとメタノイヤ大将が、厨房から帰ってきたらしい。

お盆に人数分の紅茶、それからケーキを乗せている。

綺麗な所作でひとりひとりの手前にそれを置いていく。

「……そうだな。うちのメタノイヤとその部隊長様との死合を望む」

「…………正気かフォル」

「あぁ、命を預けるに相応しいか。最終試験と洒落こもうか」

元帥は目の前にきた紅茶のカップを口にした、まるで笑を隠すように。

それはまるで悪者のようで、悪戯をする子供のような無邪気な目をしていた。

「ということだメタノイヤ」

「何でしょう?」

「そこにいる『銀狼』と死合をしろ」

『銀狼』という固有名詞に、隊長はピクリと反応した。

それは大将も同じで、一瞬アモル隊長に目を配ると顔をしかめる。

だがそれも一瞬、何事もなかったように笑う。

「死合、ですか……久方ぶりですが」

「問題ない、手加減して死ぬのはこちらだ」

「…………承知しました」

「決まりだな」

レイトさんは、じろりとフォル元帥を睨む。

呆れたような、めんどくさいといった顔つきでため息をつく。

「おいフォル、お前なぁ……」

「いいじゃないか、お前らしくもない。君もいいだろう?隊長さん?」

元帥はアモル隊長を見ることなくケーキをつつく。

苺をフォークで口に運び、一口で平らげた。

彼女は沈黙を貫いた。

その沈黙を是ととったのか、元帥はフォークを置いた。

「それじゃあ、実力を拝見させて貰おう」

そして、今度こそ悪戯に成功した、といった子供のようにふわりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前の客人は、本日何度目かも分からないため息をついた。

皇子などという欠片は少しも感じさせない振る舞いで、よくよく見れば服装もそれほど華美ではなく、マフラーを除けばそこらの服屋にでも売っているだろう代物ばかり。

暗い橙色のような半袖のカーディガンに、黒いタンクトップを中に着ている。

下はジーンズに膝からしたは茶色のブーツといった、街で見かけそうなラフな格好だ。

そんな彼は、目の前の楽しそうな元帥を恨めしげにじっと見つめている。

そして再びため息をついた。

「いいか二人共、しっかりとこれから上司となる奴の実力を見ておけよ。お前達の命を預けるんだからな」

「お前楽しんでるだろフォル」

「はて、何のことやら」

元帥は楽しくてたまらないといった風に軽やかに弾む足取りでレイトさんの隣に並ぶ。

ここは屋外の修練場、学校でいうグラウンドのような広さのそれは、ある穿たれたような一箇所を除いて人が溢れかえっていた。

やれ大将に賭けるやら、やれ客人に賭けると賭け事の一種まで聞こえてくる。

「………この野次馬の数だっ!」

レイトさんは、マフラーを翻し集まった野次馬達を指さす。

どうやら、『メタノイヤ大将とフォル元帥の友人である客人の、腕の立つ護衛が真剣をもって取っ組む』という名目を聞かされ、支部中の兵が我先にとなだれ込んで来た結果らしい。

もちろん天界の使者だということは伏せられて。

俺は苦笑いが漏れるしかなかった。

「こんなに早く情報が流れる筈がないっ!」

わなわなと手を震わせ、唇を噛むレイトさんは何度目かも分からない、フォル元帥をこれでもかと睨んだ。

「まぁまぁ、偶には息抜きも必要だろう?」

レイトさんを見ることなく、元帥は静かに右手を挙げた。

すると、先程まで騒いでいた野次馬たちは面白いほど一瞬で静まりかえる。

武人ではあるが前提として一介の兵、元帥の行動は絶対である。

「これより、メタノイヤ大将と……、ふむ、何といったものか」

「……どうぞお好きなように」

「そうか、では。これよりメタノイヤ大将とアモル隊長による真剣による試合を始める。両者、己の命をかけること。良い、と言うまで止めないこと。これが条件である」

大将は一歩前にでると、左手に得物を持ったまま揖をする。

「手合わせ、お頼み申す」

変わって、隊長は得物は腰に下げたままその場で左膝を地面につけ、右足は立てたままの状態で礼をした。

これがおそらく天界の儀礼なのだろう。

「お願い致す」

彼女は静かに立ち上がると、柄に手を伸ばした。

そして、その柄に手を握らせた瞬間。

彼女を中心とした殺意の波が広がった気がした。

その場全ての人間が鳥肌たったことだろう。

それに帯刀していた兵は武器を抜き、していないものは身構える。

まだ抜刀すらしていない彼女は、元帥とメタノイヤ大将、それからレイトさん以外の全ての者を一瞬でその気にさせたのだ。

かく言う俺もその一人で、冷たい何かが背中から這い上がる感覚にひやりと額に汗をかく。

彼女は表情一つ変えることなく、ただ一人の敵を見ていた。

こんな少女ができるような目ではない。

これは数多の戦場をかけた猛者の色だ。

俺の知っている年相応の女の子は、恋に眩み、己を着飾る、決してこんな。

こんな表情ができるわけがなかった。

平和とはほど遠い彼女は、まるでこの世の摂理を知っているように寂しい目だった。

大将はそれを知ってか、わざとか、己が得物に手をかけた。

空気が殺意と緊張をはらみ、まさに一触即発。

この場にいる者が二人に釘付けになっていた。

俺は自分より小さな女の子が、己より優れていることをすぐに理解し、それを悲しく思ったのと同時に強く好奇心を引き立てた。

己より優れている少女は、果たしてどこまで強く、どこまで忠義を尽くすに値する上司なのかを。

分かってしまうと先程感じた悲しみはどこへやら、今か今かとその始まりをみるために目を見張る。

先に動いたのは大将だ、自慢の得物を鞘から音高く抜き、隊長へと走り出す。

彼女はするりと静かに、それでいて優雅に得物を抜刀した。

両者の得物は同じ刀、大将は太刀、隊長は打刀より長く太刀とは言えない細い線の刀だ。

大将は剣の間合いに入ると下段の構えをとり、そこから斜めに切り上げるように力強く振り上げた。

太刀筋は見えないことはないが、やはり大将。

素早く力強いそれに、思わず野次馬たちは感嘆の声を漏らす。

だが少女はいとも容易く、重心を変えるだけで躱してしまう。

それを大将の剣は隊長を追うように振りかざす。

彼女は、一振り、また一振りを軽々と最低限の移動で全てをひらりと躱す様はまるで、胡蝶が舞うように流れ、大将も舞をするようにひらりひらりと得物を振るう。

優雅な剣舞に兵たちは、やれ美しいだの騒ぎ始める。

隣にいた皇子はほっ、と安堵のため息を漏らした。

「本気を出す気は更々なさそうだ……。彼奴が本気になったら経費が怖い、修理費、人件費、謝罪費…………」

皇子はぶつぶつとマフラーに顔を埋めて何やら呪文のようにつぶやく様に思わず笑った。

 

 

 

 

 

さて、どうしたものか。

私は目の前の『大将』と呼ばれる敵をひらひらと避ける。

こんな見世物のような決闘、やる気も何も湧いてこない。

かと言って適当にかわせば、何やら後が五月蝿そうだ。

どうせならもっとやり甲斐のある『大将』であったなら、今日の憂さ晴らしができたものを。

そう、今日の天界で行われる演習を私は実に楽しみにしてきた。

大好きなチーズケーキを我慢し、大好きな昼寝もせず、今日の日の為に私は書類の山を片付けたといっても過言ではない。

なのに、この仕打ちだ。

こいつに八つ当たりした所ですぐ終わってしまうだろう。

だから最初にほんの少し、相手を牽制して、あわよくばそのまま終わることを望んだのだが、中々肝が座っているのか、それともただ鈍感なのか、周りの野次馬共が反応したことに内心舌打ちした。

私はとりあえず、相手の剣を避けつつ太刀筋を読み、適当に撃ち合い、適当に終わらせることを考えていた。

「どうやら貴公は考える余裕がおありらしい」

目の前の男は、確実に「殺し」にくるような一撃一撃を繰り出しながら私に話しかける。

お前も話しかける余裕があるではないか。

「……貴殿も随分手加減しているようで」

「貴公が一向に撃ち合ってくれそうにもないのでな。なに、貴公の実力は存じ上げている」

「ほう。戦場でお相手でもしたことがあったのだろうか、申し訳ないが余りに足を運んだ数が多く、あまり貴殿を覚えていないのだが」

「いえ、そうではない。『銀狼』としての実力のことである」

私はその言葉に思わず、左から流れてくる刀を本気で弾き返した。

火花が散り、それは頬を軽く焦がして消える。

野次馬たちがどっと騒ぎ立てる。

相手は強く踏みとどまると、今度は八相の構えをとった。

「なに、有名な『銀狼』を知らぬ軍の古株はおらんよ。手合わせできるとは、一介の剣士として嬉しいことはない。得物一つ、体一つで東の大帝国を……」

「乗った」

「は」

「興が乗った」

私は愛刀をしっかり握り直した。

「貴殿のお相手を致そう。しかし若輩者であるために、その命貰ろうてしてしまうかも知れぬが、ご覚悟を」

アヴェスター 第一章

昔々の大昔、何も無かった場所に白く輝く少女が産まれました。

と、同時にどこまでも深い、黒い少年が産まれました。

二人はとても仲が良く、いつも一緒にいました。

だけど二人は、二人だけでは寂しくて、世界を作りました。

次に自分たちと同等の神を、二つ目には使いとなる天使と悪魔を、最後に動物や植物、そして人間を。

さらに二人はそれぞれが住みやすいよう世界を三つにわけ、それぞれが交流し、穏やかに住んでいました。

二人は、もう寂しくないと笑いました。

だけど、人間は欲深い生き物でした。

人間は動植物の居場所を奪うだけなく、自らで争い始めました。

同種族で争いあい、終いには血も流れました。

二人は悲しみました、こんなはずでは、と。

それでも人間は止まりません、人間はついに「天」に手を出しました。

増えすぎた人間は、領地が欲しかったのです。

それ以上に、自分たちより良い性能をもつ者たちへの興味、いや人間の方が上だと愚かにも慢心したのです。

それからは長く辛い争いが何千年も続きました。

二人は悲しみ寄り添いました、あぁ、こんな事になるなら人間など作らなければ良かったと。

こんな事になるならなぁ、と。

二人はずっと。

一緒のはずでした。

ずっと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茶色い封筒に入ったそれを、ただ見ていた。

『配属決定報告書』と書かれたそれを握って呆然と立ち尽くす。

周りの奴らは自らの配属先に喜び、そして同時に誇り、活躍することを期待し、目を輝かしている。

俺のそれには『天界 支部統括兼特殊攻戦部隊』と書かれている。

聞いたことも見たこともない部隊名だ。

下界政府直轄の軍の支部師団または部隊の全ては把握済みのはず。

もしかして軍の管轄外である、全く別のものかもしれない、それなら納得が行くというものだ。

俺は書かれた紙を、まだシワ一つない封筒に丁寧にしまった。

「バーナー」

「……零!」

変わりなさそうな親友の姿が見える。

夜月 零とは小さい頃からの腐れ縁だ。

近づいてきた親友は、濡れたような黒髪を耳にかけ、茶色い封筒を押しつけてきた。

「……こんな配属先、聞いたことない。前代未聞よ」

俺はまさかと思い、慌てて封筒を開いた。

そこに書かれていたのは俺と全く同じ内容であった。

「実は……俺もなんだ」

それを告げると零は数回瞬きをし、そしてげんなりとしたような呆れ顔をしてみせた。

まるで、またお前か、と言いたげに。

「さすがは切っても切れない腐れ縁の親友だけはあるわね」

彼女は俺から封筒を奪いとると、隊服の内ポケットに丁寧にしまい込む。

「……これは理由を聞かなきゃ納得できないわ」

そういうと零は俺の腕をがっちりと掴んだ。

とても嫌な予感がした俺は振り払おうとしたものの親友には、全くといって効くわけがなく、無力にも引きづられる。

ずるずると、広い集会所の中を引きづられ、もちろん他の訓練生が同じ封筒を握りしめながら俺をみる。

「だいたい『天界』だなんて昔話、想像上の場所よ。巫山戯ているにもほどがあるわ」

「でも実際にここには…」

「矛盾してるわ!!それにもし存在しているとして、もし昔話と同じだとして、私達人間が生きていけるとは思わないわ」

零はドカドカと大股で歩き、集会所の扉へ手をかける。

零は基本的に現実主義なので、言い分は最もである。

「天界」の話は小さい子なら誰でも知っている御伽噺のことだ。

天に浮かび、海のように広大な島であるから「天海」とも呼ばれる。

御伽噺の通りならば、そこは天に幾つもの島々が浮かび、神とその使いたちが暮らす、俗に言う天国なる場所のはずだ。

天界の数ある御伽噺の中でも有名なのは、戦の神アレスの話だ。

零も恐らくこの話のことを言っているに違いない。

違うとしても、御伽噺の大半を占めるのは子供には恐怖を覚えさせるような残酷な「戦い」の話だ。

例えば天使一人で一師団を殲滅できるとか、神の力を持ってすれば人類など卵を割るより簡単だとか、なんとも現実味のない話。

俺達は、人気の少ない廊下を進んでいく。

その間でも零の愚痴はとまることを知らない。

俺は適当にうんうんと相槌をうち、早く目的地に着くことを願った。

だがそれは叶うことはなさそうであった。

零はいきなり立ち止まり、俺の腕を離した。

おかげで俺は零の薄い背中に顔面強打する。

「おい!いきなり……」

「両大将よ馬鹿っ」

俺は零の言葉にすぐさま顔を上げる。

廊下の真ん中を二人の男が俺達を見つめている。

まさに『清さ』をそのまま人間にしたような整った顔立ちの男と、背が高く威圧的なオーラが迸っている男。

それぞれ腰から床に付きそうなほど長い刀と人間の腕など簡単に折ってしまいそうな大剣を背負っていた。

俺はすぐさま敬礼をした。

目の前にいるのは軍の誰もが憧れ敬う、軍の配下にある全ての兵たちを取りまとめる二人の大将だ。

全てとはもちろん、軍に所属する全ての兵で、本部から世界中にある支部、師団にいるひとりひとり全ての兵のことだ。

そんなもの何人いるか、知れたものではない。

両大将の武勇伝は両手では足りぬほどにあり、一介の兵ならば誰だって憧れるものだ。

両大将は軽く頷き、俺達に手を下ろさせる。

すると美男の大将が口を開いた。

「お前達、夜月 零とバーナー=ジュリアスで間違いはないか」

「はっ、夜月二等兵と同じくバーナー二等兵です」

「丁度良いとこに、おかげで手間がはぶけた。二人に配属の件で話があるため着いてこい」

「これは元帥命令である」

「……元帥命令っ!?」

俺は思わず飛び上がる。

元帥とは軍の最高位の階級であり、軍には五人の元帥が存在する。

それぞれが本部そして北西南東の最大規模の支部に元帥がいる。

その元帥の一人が、この西の大帝国の支部長を務めている。

多忙な為にあまり顔を拝見したことはない、だが噂によるとなんとも若い男らしい。

 「命令拒否は反逆罪で斬首だ」

もう片方の大将が静かに恐ろしいことをさらりと言う。

その一言に俺達は目が飛び出る。

それに先程の大将が爽やかに苦笑いした。

「そう畏まるな、お前達も配属について支部長に殴り込みにいくのだったのだろう」

「い、いえ決して殴り込むというわけでは…」

何故無理矢理連れてこられた俺までこんな危うい状況に陥らなければならない。

一歩間違えれば不敬罪で、首がサヨナラではないか。

「案ずるな、フォル元帥は気さくで優しいお方だ。そんな簡単に首は消えぬ」

まるで心を読み取ったかのように笑い出した大将は、とりあえず着いてこいと言われたので、歩を進める両大将の後ろを着いていく。

「我が名はメタノイヤ、軍の大将の一人である。で、こちらが」

「アングレカムだ」

「存じております。兵の中であなた様方を知らぬものはおりません」

零は嬉しそうに話す、漫画であれば花が周りに咲き誇りそうだ。

俺は一向に話に入れず、零と両大将は花を咲かせている。

三人の後ろを歩くように着いていく。

そしてそのまま時間は過ぎていき、虚しいかな、話に入ることなく目的地へと到着した。

一介の兵として、憧れの存在が目の前にいるのに何も出来ずに終わってしまいそうだ。

恐らく後でヘタレだ何だと零に弄られるのだろう。

メタノイヤ大将は目的地の部屋の前につくと、背筋を伸ばし、ドアをノックする。

「入れ」

「はっ」

部屋の中から若い男の声が響く。

大将は短く返事をすると、ドアを開ける。

だが自分が先に入るのでなく、俺達を優先した。

なんというイケメン、なんという紳士。

無意識でそれとは、果たして落ちない女はいるのだろうか、男の俺でも揺れたぞ。

「さて」

部屋の中では、青年がこちらを見ていた。

濡れたようなツンツンした黒い髪、黒い真珠のような目、黒い服、黒いブーツ。

全身真っ黒の青年が、コーヒーカップをこちらに傾けた。

「珈琲は好きか?」

 

 

 

 

 

 

 

「俺はフォルだ。まぁ軍に入隊したらいつの間に元帥なんてもんになっていてなぁ」

元帥はまさに夏の青空のような爽やかな笑顔である。

コーヒーカップを口に運び、香りを堪能する仕草は世にいうイケメンである。

「元帥、我々に用件がお有りではないのですか?」

「ん?あぁ、そうだそうだ。アングレカム、そろそろ客が正門に到着する頃だろうから迎えにいってくれ」

「承知いたしました」

「……元帥、私の話をお聞きでしょうか」

「もちろん、それに関する人物だ」

アングレカム大将は元帥に一礼すると、外套を翻し部屋を出ていく。

元帥はそれを見届けると、ワクワクした面持ちで俺達をみた。

その目は期待がこもった目で輝いている。

とても嫌な予感がしたのは言うまでもない。

「夜月二等兵、バーナー二等兵。今回二人には『天界』との友好を築く要として、支部統括兼特殊攻戦部隊、天界次期王となるウル家第三皇子天空神ゼウスと太陽神ーーーー」

「ま、待ってください!!!元帥っ!!」

「おう、何だ?バーナー二等兵

「話が読めませんっ!?」

「ふむ。要はだな、天界との友好の証に我々下界からだな」

「そういうことではありまぬ!」

俺と零がガタリとコーヒーカップを揺らす。

それに元帥は「おぉ危ない」と珈琲の満ちたそれを押さえた。

元帥の話し方だと、まるで、いや本当に天界が存在しているようではないか。

 

「それでは説明が足りんだろうが、フォル」

 

 

あまりの気配の無さに、驚き振り替える。

それに気づけなかった大将は立ち上がり、腰の刀を抜刀する。

「やめろメタノイヤ!!客人だ!」

「っ……!!大変なご無礼を……失礼しました」

メタノイヤ様は、顔を歪ませると非礼を詫びるように深々と頭を下げる。

「大丈夫大丈夫、ノックしないのは悪い癖なんだ。こちらに非がある、すまんな」

客人は笑顔で手を振る、そして大将からゆっくりと元帥へ視線を移すと寂しげな目をした。

「……久しぶりだなフォル」

「あぁ、レイト。あいつらは元気か?」

「二人共頑張ってるよ、本当に」

「そりゃ良かった」

元帥はレイトと呼んだ客人を隣に招く。

二人は身長が同じくらいであるが正反対のように見える。

元帥は黒く、そして客人は真っ白であったからだからかもしれない。

客人は、後ろに控えていた女の子に何やら話しかけ、うなづいたのを見届けると扉からゆっくりと歩いてくる。

夏だというのに巻かれた白いマフラーを揺らしながら、やはり暑いのか、白いサラサラとした髪を耳にかけて隣に立つ。

「紹介しよう、レイト=ウルという我が友であり、我が義弟である。次期天界の王だ」

「紹介の通りレイトだ、よろしく。そんであっちにいるチビはアモル」

「チビ」といった瞬間、まるで動くはずがない彼女のツインテールが跳ね上がった気がした。

女の子は手を腰の後ろで組み、軽く足を開いて立っていた。

背丈と整った可愛いらしい顔を見れば年相応の女の子なのだろう。

だが、そうは見えないのは立ち振る舞いのせいか、それとも腰にさした刀のせいか。

はたまた顔の右半分を黒い布で隠しているせいか。

「………アモル=テラスと申す。お見知り置きを」

彼女は少し黒がかった紅い伏せていた左目を開き、俺を見つめている。

まるで品定めするように隅から隅まで見ると、次は零にも同じように視線を移す。

俺はそれが何だかむず痒くて視線を逸らした。

すると客人は俺のとこまで来て、なんとおもむろに肩を回される。

「な〜んてアイツ、仕事中だから堅苦しいが普段はもうそりゃ、精神年齢幼稚園生かってぐらいにだな。まるで多重人格レベルで違うんだ」

「は、はぁ…………?」 

「……我が主よ、どうか御容赦を。お戯れも程々にしていただきたく」

少女は今にも飛びかかって来そうな殺気を零している。

それよりこの少女はなんなのか。

「ほら、レイト。説明してしまえ」

元帥は腰ほどの机に寄りかかりながら珈琲を啜る。

「そうだな、お前達にはまず『天界』を信じて貰わなきゃならんなぁ」

うんうん、と頷く客人は俺から腕を離すと俺達に背を向ける。

文字通り、背中を見せた。

ふわりと暖かい光が目の前を覆い隠す。

目を開けるとそこには信じられないものがあった。

人間ならば存在しない、「自由」を表す翼が。

御伽噺によると、大昔天界と争ったため人間は空を飛ぶ自由を奪われたらしい。

だが彼の翼は透けていて、よく描かれている鳥のような翼ではなく、形をなぞったような翼もどきと言おうか。

肩甲骨より下に着いているそれは、根本から徐々に燃えるような赤がっている。

「人間に翼は無いだろう?まぁ、でも俺のは『神』の翼だからなぁ。それより普段見慣れている翼は天使のものなんだ、勘弁してくれ」

「説得力の欠片もないな」

元帥はへらりと笑うとカップを置いた。

「欠片はあるだろうに……」

「いやぁ、ないな」

嬉しそうに話す元帥を見るに、このレイトと呼ばれる客人はかなりの信頼があるらしい。

しかも話によると義弟とかなんとか。

もう何がなんだかさっぱりである。

「さっぱりわからんって顔だな」

「あ、あぁ。はい」

「そうだな、じゃあ信用はあと。まずはこうなった経緯を説明しよう」

どかり、とソファに腰掛けると机の茶請けをガサガサとあさり始める。

「フォル元帥、私は厨房からお飲み物と菓子を頂いてきます。どうやら邪魔をしてはいけないようですので」

「悪いなメタノイヤ」

「いえ」

美男はなんともふんわりと笑うと部屋から出ていく。

レイトさんはそれを見届けると、咳払いをして俺達をソファに座るように促す。

零は「失礼します」と一言添えて、腰掛けた。

俺も零に倣う。

「さて、では本題に入ろう。先程も言ったがこいつはレイト。天界という場所の皇子様だ、次期王になる予定で、大雑把に言うと太陽神と天空神の役割を持つ」

「大雑把すぎるが、そんなとこだ」

「今回お前達の配属についてだが、これは前々からあちらから要望されていてだな」

「……あぁ、三年前から何度も頼み込みにいき、毎度毎度跳ね除けられ蹴られ、ようやく最近叶った」

「上は天界へ悪い意味で目を付けてたからな」

「元帥、上というと……?」

「……軍上層部のことだな。どの時代どんな場所でもお偉い所はドロドロ真っ黒でなぁ、歩けば陰口、座れば嫌がらせ…」

「いえ、あの元帥。恐れながら申しますと、元帥の口ぶりからはまるで天界が存在していることを、人間の代表とも言える方々が知っているような」

「いやぁ、全くその通りでございますよ。零二等兵。代表共は頑なにこの事実を皆に知られたくないらしい」

「……それでは本当に天界は……」

「ある」

客人は真っ直ぐで純粋な目で俺達を見る。

揺れる瞳には真剣さと熱を帯びていた。

その熱が本当に熱を帯びているように、じりじりと感じる熱意がどれほど真面目に、真剣に話しているのかを悟るには簡単だった。

「どうか聞いてほしい」

彼の雰囲気が一瞬にしてガラリと変わる。

まるで本当の、本物の「支配者」のようだ。

前に立つのに慣れているような、そんな王者的振る舞い。

「俺は天界と下界の友好関係を再び良きものとしたいんだ。それこそ、御伽噺のように」

「……再び?」

「あぁ。かの古の大戦により関係は一気に崩れ落ち、下界は我らの恩恵を受け入れなくなり、誰もが天界という存在を忘れ、気づけば我々は空想の御伽噺というしまいだ。だがそれに関わらず、天界と下界での間に争いは絶えない。誰に気づかれることなく死傷者が増えるばかり」

静かに膝の上で握られた拳は力みにより震えていた。

悔しさが滲む顔は、場違いにも甚だしい程に輝いて見えた。

この時に既に、レイトという存在に惹かれていたのかもしれない。

彼と、友になれたらどれほど楽しいだろうか。

それだけで、信用するには事足りてしまった。

「そこでまず外交からではなく、軍事関係からどうにかしようとした。このままではまた大戦が始まりかねんからな。そしてそこから信用と関係を取り戻せればいいと思っている」

彼は再度俺達を真っ直ぐと見抜く。

「君達を道具として、橋渡し役に使うように見えてしまうかも知れない。もしかしたら、君達の命が危なくなるかもしれない。それを承知で頼み込む」

 

「汝らの命運、どうか我が悲願に預けてはくださらないだろうか」

 

風が吹いた気がした。

さわりと髪を揺らして通り過ぎた風は、やけに乾いて爽やかであった。

まるでこうなることが運命であったかのようだ。

彼ならどこへとも連れて行ってくれそうだ、それこそ太陽まで手が届きそうな、あの青い空まで。

彼と見る景色はどれほど綺麗だろうか、どれほどの頂きだろうか。

好奇心は猫をも殺すとはよくいったものだ。

零を見ると、あいつの心も決まったようだった。

俺は一呼吸、ゆっくりと時間をかける。

 

「どうか我らが命運、貴公にお頼み申し上げる」

 

 

 

 

 

『 』

彼女は向日葵が良く似合う、笑顔が可愛らしい人だった。

 

「…………や…だ」

 

怒った顔はとても怖くて。

 

「どう…………彼……」

 

焦る姿は、ちょっと可愛い。

 

「……目を……」

 

全部、覚えてる。

 

「おに…………ら……ない」

 

初めて出会った雨の降った寒い冬も。

 

「いか…………で」

 

花を数えた優しい春も。

 

「……ないで」

 

森を走り回った夏も。

 

「いかないで………」

 

落ち葉にダイブした秋も。

 

「どうして……?」

 

覚えてるよ。

 

「全部……覚えてる……」

「どうして……っあなたが……」

彼女の目から僕の頬へと涙が溢れる。

雨音が聞こえる。

だが体の感覚はない。

「どうして……?貴方が、貴方が何をしたというの……?」

彼女は僕の頬を、冷えきった、震える手で脆い物を触るように撫でた。

「……君に、恋をした」

震える唇からは、今まで言えなかった言葉が驚くほどあっさりと流れ出た。

「知ってたよ……、だって貴方、わかりやすいんですもの……」

彼女は瞼を震わせながら、優しく微笑んだ。

「君の……その……笑顔に、最初に恋をした」

命が流れ、消えていく感覚だけが僕を取り巻いた。

消える前に、無くなる前に、彼女が、いなくなる前に、伝えたい事がある。

「君の事が……ずっと、好きだった……」

彼女の瞳はもう涙でいっぱいで、とまることなく溢れている。

「それも…知ってるよ」

「………看病したあの夜も」

「うん」

「紅茶の入れ方も……」

「覚えてる」

「木下で」

「ピクニックした事」

「よかった……」

僕は霞んでいく視界を憎らしく思った。

「これで……」

「最後じゃないよっ」

彼女は声を荒らげて僕を抱きしめた。

「最後じゃない、また会えるっ。例え貴方が全て忘れてしまったとしても私が全て忘れてしまったとしても、二人共何も覚えていなくても」

潤む深紅の瞳は僕をまっすぐ見つめた。

「今度は私が迎えにいく、出会った冬の雨の日のように。必ず、貴方を見つけてみせるよ」

「……約束だ」

「えぇ」

「僕が、違う人に恋していても?」

「その時は友達になりましょう、恋人を嫉妬させてみせるわ。なんたって、私の得意分野ですもの」

「ははっ……嫉妬は、狂気にも、なるんだろう」

「そうよ、その時は貴方を守るわ」

「それは、安心……だ、な」

僕は最後に大きく息を吸った。

君が飛んでいた空は、こんなにも広くて、でかかったのだなぁ。

「君との……初めての、約束……だ」

「えぇ、必ず守るわ。魂に誓って」

「そう、か……」

「……最後に」

「……何?」

「名前、教えてくれないか……」

「………「愛」という意味よ」

「……そうか、そう、だね。その方が、見つけがい、が……あ……る、な」

僕は、最後に彼女の優しい顔を見て、瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ディック…………私も貴方に恋をしてたのよ」

 

「私だけ、言えないなんて、ずるいわ」

 

「…………ずるい」

 

「まだ、私の本当の名前、教えてないよ……?」

 

「…………私もすぐ、いくわ」

 

「アイツを…………私も……」

 

「だから、待っててね」

 

「大丈夫、私強いもの。お兄ちゃんのお墨付きよ」

 

「私ね……」

 

「私…………アモルって言うの」

 

「……レーディック、私の名前はアモルよ。しっかり探してね、じゃなきゃ、忘れちゃうよ」

 

「…………来世で、今度は、友達から始めましょう」

 

「死神になんて……渡さない」

 

「本当は、私も、連れていって欲しかった」

 

「ディックの馬鹿、阿呆、貧弱」

 

「死神になんて……やられてんじゃないわよ」

 

「馬鹿、馬鹿………………馬鹿」

 

「どうか彼が来世は……幸せになりますように」

 

「どうか、約束が、守まれませんように」

 

 

 

 

これは、約四千と六百五十年前の、罪と人から始まる、全ての元凶の話。

失楽園 第1章 1節

8年前。

世界消滅の危機を天界と共に救い、新たな英雄、バーナー・ジュリアスが誕生した。

その後、人間たちの象徴として称えられ、また英雄により『天界』は存在するものだと世界中に知れ渡る。

その影響か、太古の昔に失われていた神々の恩寵と加護が天界の王である主神ゼウスによって、人間に再びもたらされる。

このまま永久の平和がもたらされるはずであった。

ある日、歴史に埋もれていた下界と天界の、史上最悪の大戦で結ばれていた休戦協定の取りやめを、天界が要求してきた。

何を今さらと誰もが思った、今となっては何故そんなことを天界が要求したのかもわからない。

それは絶望の到来を意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てがパラパラとめくられるように見えた。

目の前の景色は酷く汚く、それでいて鮮明だ。

放たれた扉、踏み出す足、はためくフード。

舞う砂ぼこりが太陽によって輝き、そして北風に攫われていった。

その一瞬一瞬を確かに頭に刻み、足で大地を踏みしめた。

音が広まり、視界は速さを取り戻す。

血と硝煙の臭いが鼻をつく、次に銃声が鳴り響いた。

俺が降り立ったのは、戦場だ。

そしてここに降り立った奴らの存在理由はただ1つ。

生きるか、死ぬか、だ。

「何つったってんだ、行くぞ」

後から降りてきた奴が俺の隣を駆け抜けていく。

俺も地面を蹴りつけた。

ターゲットを絞り込む、今目の前を低空飛行している長刀の天使だ。

俺は大剣と言うには細く、また刀と言うには長く真っ直ぐな黒い剣を腰から抜き取る。

そのまま勢いつけて、敵に切りかかった。

 敵の首は宙をまい、鈍い音をたてて転がる。

「あ、あいつらだ!!戦闘態勢をとれ!」

俺は剣を振り払い血を拭う。

「『仮面』の連中だっ!!!」

戦闘開始のベルが鳴る。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は剣を腰の鞘に収める。

黒いフードを片手で払いのけるようにとり、顔につけている銀の仮面を首まで下げた。

白い息が口から漏れる。

血溜まりに浮かぶ白い羽根が沈んでいくのをただ見ていた。

「ルクス」

「…………なんだお前か」

「撤収だ、ここの天使もあらかた片付けた」

「あぁ」

俺は顔をあげる。

同じく銀の仮面をつけた男が金髪を揺らしながらこちらを見ていた。

「やはり強いな、ルクス」

「ただのパワーズ五体だろ」

「そのただのパワーズ五体は軽く一万の兵士を殺すんだぞ」

「……ジェイド」

「はいはい」

「迎え、来てるんだろうな」

「今日はしっかり手配したからな」

「……お前と組むとろくなことが無い」

「それどういう意味だ?」

「ふっ、そのままの意味だ」

「……ほら、ナイスタイミングだ」

ジェイドが指さした方を向くと、魔導式車両が砂煙をあげながら荒野を突っ切ってくる。

運転席にも、同じく仮面をつけた奴が座っている。

車は乱雑に俺達の横に止まり、勢いよく扉が開かれる。

飛び乗るように乗り込み、座席に座る。

すると扉が閉まった途端に車は走り出した。

座席に体が叩きつけられる。

「っ、おい。今日の運転誰だ……!」

「こんな雑なのはアネモスしかいないわルクス」

「トレイスじゃないか」

「久しぶりね」

懐かしい声に気分が上がる。

褐色肌に白髪の我が団自慢のアサシンだ。

トレイスは命の恩人であり、まだ戦士として若い時に戦場で助けてもらった事がある。

露出の多い服を着てはいるが、それも彼女の一つの武器であるのだから俺がどうこう言える訳ではない、だが、目のやり場に困るのも事実だ。

「前にあったのはノーランスの戦場の時だから……一年程かしら?」

「今日は何処に潜入任務してたんだ?」

「ごめんなさいね、まだ極秘なの」

彼女は口に指をあてて微笑んだ。

「それよりこれを」

前席のポケットからくしゃくしゃになった新聞を取り出した。

俺はそれを手にする。

タイトルはこうだ、『絶望終わらず』。

『本日で天界との戦争も八年目を迎える。終戦への兆しは一向に現れることはなく、むしろ激しさを増す一方である。そんな我らの唯一の救いである「仮面」と呼ばれる謎の組織の活躍がこれから鍵を握るであろう。彼らはとある小さな帝国の騎士団であるらしいが、謎が多く、情報が確かであるとは言えない。その為に信憑性のあることは一つだけだ。それは、人間の味方である、ということだ。』

俺はそこまで読んで顔を上げた。

「俺達、そういえば名前なかったなぁ」

「名前なんて決めてる暇あれば、一人でも多く天使を殺す」

「えぇ……俺は名前あった方がかっこいいとは思うけどなぁ」

「……そんなものに命を預けたいとは思わんな」

「ルクスは相変わらずクール&シャイボーイなんだから」

「シャイじゃない、俺は無口なだけで内気なわけじゃない……」

俺は指で頬をつんつんするジェイドを追い払い、新聞の続きを読む。

『だが最近とある戦場に智天使一体が出現したという情報が入った。智天使とは四枚の翼を持つ上位階級第二位の種だ、奴らは一体で能天使五十体以上の力を持つと言われているが個体差もあるので定かではない。ここ八年間、智天使以上の天使が現れた事は一度もなく、政府も対応に追われている。』

「………ケルビムだと…」

「そう、ケルビム。ついに天界は動き出してきたのよ」

「で、でもケルビムは……」

「本来なら下界に降りてくるなんてことは滅多にない、だろ」

「だけど今さら出てくるなんて、片付けるつもりなら最初から降りてくればいいじゃないか」

「ジェイド……あのな、奴らと俺らじゃ体感時間が違うんだよ。俺達からしたらもう八年、けどあっちはまだ八年だ」

俺は新聞を丁寧に畳んで、前席のポケットに再び突っ込んだ。

すると運転席から軽快な声が、なんとも響く音で豪快に口を開いた。

「お取り込み中申し訳ないが、そろそろ帝国に到着だ!」

アネモスは運転中だと言うのに、座席から身を乗り出し大きな手で俺の頭を掻き回した。

「ガキ扱いすんなよ……」

「おぉっ!?ルクスは俺から見たらガキんちょさ!」

「そうゆうことじゃなくてだな……」

「前を見なさいアネモス」

「おぉ、トレイスは相変わらず冷たいなぁ…」

アネモスは前に向き直り、ハンドルを握り直した。

それから数分しないうちに車は止まった。

おそらく帝国の大門で検問を受けているのだろう、車はすぐに動き出す。

そうこうしないうちにまた車が止まったと思うと、勢いよく扉が開いた。

「ほらよ、着いたぜ」

俺は二人共降りた後に飛び降りる。

「あぁ〜っ!腹減った!飯いこうぜルクス!」

「ちょっ……」

ジェイドに肩を組まれ、無理矢理引っ張られる。

目の前には赤レンガを基調とした建物、我が騎士団本部兼団員寮の門がすぐそこにあるというのに、ジェイドは反対方向へ歩いていく。

あちらはレストラン街だ。

俺は久しぶりにトレイスとじっくり語り合いたいのだが……。

トレイスは軽く手を振ると、スタスタと歩いて本部へ入っていった。

「さぁ、俺はあそこのカルボナーラが食べたいんだよなぁ」

「おいっジェイド……!」

俺は引っ張られるままに連れて行かれる。

休日であるからか、まだ朝だというのにレストラン街も賑わっていた。

一月半ばだけあり、人々はかなり着込んでいる。

色とりどりな人々の間を縫うように進み、一つの店へ入った。

のどかな音楽が店内を静かに流れている、外とは違う世界のようだ。

客はチラホラいるが多くはないだろう。

テーブル席に連れていかれ、どさりと座った。

俺は即立ち上がろうと机に手をつく、だがジェイドは俺の肩に手を置いた。

「俺の奢りってことでいいからさ!」

「…………金は返さんぞ」

重い腰を降ろして、メニューに手を伸ばす。

カレーやオムライス、ピザなど朝には重いものが並んでいる。

珈琲とサンドウィッチにしよう、やはり朝といったらこれだ。

俺は頼むものをジェイドに伝えてから、窓の外を見た。

冬ではあるが、太陽はさんさんと降り注いでいる。

眩しさに目を細めつつ、襲いくる眠気に思わずうとうとする。

こんな日は窓際で布団をひいて、猫のように寝たいものだ。

薄れゆく意識の中、誰かが囁いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お〜き〜ろ〜!!!!」

懐かしい声が頭に優しく響いた。

重たい瞼を静かに持ち上げる。

そこは懐かしいベッドと、暖かな太陽と珈琲の柔らかな香りのする大好きな部屋、そしてあの笑顔がー-ー。

 

目の前には何も無かった、ただ白い空間に一人ポツンと座っていた。

代わりにいたのは空を浮かぶ少年だ。

「あれ?おにーさん、どうしたの珍しいね?」

妖しく微笑むそいつを睨みつけた。

ここはさきほどの喫茶店でも、大好きな部屋でもない。

ただの夢、精神世界だ。

こいつは八年前から居座っている、こうしてたまに俺の前に現れるのだ。

「今日はどうしたの?僕になんか用?」

「………ただ寝てただけだ」

「ほんとに〜?」

「失せろっ!!お前はただ力を貸してくれればそれでいいっ」

「も〜ぅ、寂しいなぁ〜」

少年は人形を握りしめた。

「あ、そうだ。教えてあげるよ!……近づいてきてるよ」

「……何がだ」

「上位階級第一位セラフィム

少年は楽しくてたまらないといった表情で俺を見た。

「…………馬鹿馬鹿しい」

すると視界がブラックアウトした。

良かった、これで静かに寝れる。

俺は再び目を閉じた。

 

 

「ルクスっ!!」

 はっ、と飛び上がるように目が覚めた。

「何寝てんだよ、珈琲、冷めるぞ」

「…………あぁ」

ジェイドの声が頭に響いた。

俺は髪をかき揚げ、カップの持ち手に手を伸ばす。

すると不意に、「ほら」と声が聞こえた気がして窓の外を見た。

そこには変わりない賑やかな街がある。

人々は上を見上げ、何かを指さしていた以外は。

カップがカタカタと音を立てて揺れている。

俺は思わず立ち上がった。

「……天使だ」

ジェイドも机に手を置いて立ち上がる。

黒い軍服を纏った男の天使は、軍帽のつばをつまみ顔を見えないようにしている。

フレアコートととんびコートが合体したような、ひらひらと風に揺られている。

男はゆっくり、瓦屋根につま先をついた。

群衆は皆立ち止まって彼を見ている。

その翼を見るまでは。

「さて、と。目当てのものは…………」

彼の翼は、六枚だ。

三対六枚で、二つで頭、さらに二つで脚を覆い、残りの二つで浮遊している。

俺は息が止まった。

「……上位階級第一位…セラフィム

この世界にはどうしようもないことが一つある。

世界が三つに別れていること。

朝が来れば昼が来て、夜になること。

どれも否である。

それは『死』だ。

この世界のサイクルは金でも欲でもない、生か死か、である。

俺はどうしようもない『死』の予感が足から這い上がってくるのを感じながら、仮面を手にした。

仮面を顔に付け、フードを深くかぶった。

「おい、ルクスお前……」

ジェイドが悟り、だした手は何もない空をからぶった。

「ルクス!!」

バタン、とドアを勢いよく閉めた。

外の世界はまるで時間が止まったようだ、人間たちは天使の美しさに目を惹かれ、口を開けている。

震える手で剣の柄を握りしめた。

天使は俺に気づいたのか翼を閉まった。

「お前……最近噂の『仮面』とやらか……」

「あぁ、お前らを殺すためにいる」

「そか……………騎士として、名を聞こうか」

俺は一度挑発かと思い、踏みとどまる。

俺の名前を聞いた所でなんだというのか、名乗ったからにはあちらも言うだろう、逆にこちらは情報を得られる。

こちらは仮面とフードで顔を隠している、戦場では一発でバレるが。

「ルクス=オプシオス」

刹那、たった約二秒目を離しただけで奴を見失った。

そして気がつけば身体は後方へ飛ばされていた。

轟音と同時にレンガ造りの壁に背中を叩きつけられた。

ギリギリと首を締め付けられ、足は地面スレスレを浮く。

「我らが王ゼウス……なんざ言いたくもない、馬鹿白マフラーがお似合いさ」

「お……前ッ…………!!」

「さてルクスとやら、お前さん人間じゃないな?…………いや、人間か。でもなんだこの力は……」

天使は俺を吟味するように目で舐め回すと、首から手を離した。

そしてまるでハンマーを全力で叩きつけたような蹴りが腹に飛んでくる。

再び壁に叩きつけられた俺はズルズルと壁に血のあとを作りながら、地面に手をついた。

「中に何かいるな……お前」

「……はっ…………ぐぁ、ぁ、はは、悪魔さ」

「悪魔?」

「人間は悪魔と契約したのさ、どうしても、お前らを殺したくて……殺したくてな!!」

「…………哀れだな、ルクス。悪魔と契約するということは、代償は大きいぞ」

「天使様にはわからんさ、例え哀れでも惨めでも醜くても、這いつくばってでも、叶えたい復讐があるんだよ…………お前らを殺すっていうな………」

そうだ、思い出せ。

俺の中のあいつが声をあげて笑っている。

あいつには、背中の皮をやってやった。

あの時の痛みが背筋を突き刺す。

地面に広がる血溜まりと、頬を流れる汗と涙を。

思い出せ。

あの時の地獄を思い出せ。

火の嵐が包み込んだあの日を。

俺は目の前の天使を憎しみを込めて睨みつけた。

「…………まだ、名乗っていなかったな」

やつは軍帽を脱ぎ捨てた。

「インセット=テラス。王ゼウスの命により参上仕った、ルクス、お前の中の悪魔返してもらおう」

The new story open

時は『災禍の嵐』が起こった8年後。

 

英雄たるバーナー・ジュリアスは天界の戦士に召し上げられた。

 

天界の王、主神ゼウスによる恩寵は8年間人間たちに降り注いだ。

 

だが世界は神と人間による、大戦時代を迎える。

 

武力の差は圧倒的。

 

絶望の時代に突入する。

 

これは、小さな希望の話。

「妹を愛せなかった男」 〜Ⅰ〜

寒い冬の日のことであった。
窓の隙間から冷たい風が入りこみ、白く曇っている窓の外には、静かに雪が降り積もるそんな日であった。
12月17日、俺は人間の父と天使の母から、天界最強の戦闘部族、テラス家の長男として産まれた。
その2年後、9月28日には妹が産まれた。
俺は人間の血を半分以上受け継いだもの、妹は体の弱い母の血を色濃く受け継ぎ人間の血はほんの少ししかないという。
俺は人間の父より、妹は天使の母よりに、妹は体が弱いけれど俺達は元気に幸せに育った。
そんな俺達は両親の昔は凄腕の武人だった、という話が大好きであった。
父は下界で最強の剣士と謳われ、母の弓の腕の凄さといったらこの世界中で右に出るものはいないという話だ。
そんな両親に俺は憧れを抱いた。
俺は両親に1年間必死こいて武術を教えてくれと毎日頼んだ成果により、母から天界最強の戦闘部族と言われた『雷天族』の武術をみっちり叩き込まれた。ちなみに雷天族とは、大昔人間が雷を自在に操る天使を見たから、というなんともそのまんまな名前である。
だが話のとおり、俺達は雷を自らの魔力で発動することができるのだが。
そしておかげで、戦闘学習必修の天界最大の学院を特待生で入学できた。
なんて充実した幸せな生活だろうと、その時俺は思っていた。
だけれど俺は後悔する、武術を学んだことを、この家に産まれたことを、妹を恨んで、羨ましいと思ったことを、この先後悔する。
それはとりとめのないごく普通の日であったその日、人生を360度変える出来事が起こった。
俺はこの日味わった思い、光景を2度と忘れないだろう。まるでフィルムに焼きついた写真のように脳裏に張り付いて消えてはくれない、地獄の日を。
これは『俺達』の醜い残酷な、悲しい復讐劇。





革の表紙と無地の紙で作られた本を開く。
インクが入った小さな壺の蓋を開けて、羽ペンをインク壺に突っ込んで本にペンを走らせる。
1時限目は魔法学。俺が数ある授業の中でもっとも好きな授業だ。
「1時限目から魔法学かよ〜、インセットインク借りるわ〜」
おもむろに話しかけてくる隣の奴がペンをインク壺に入れる前に、インク壺の場所を素早く移動させる。
ペン先は行き場なく、机にぐさりと刺さった。
「自分のインクを使ったらどうだレイト」
「暇なんだよ魔法学……」
レイトはまだ始まって5分程なのに集中が切れたようだ、しかも手元のノートには3行くらいで終わっており黒板の量にはほど遠い。
「……また寝坊したんだろ」
「正解」
「お前もう学院の宿舎借りたほうが成績の為だぞ」
「じゃあお前も学院に泊まろ?借りよ?お前家遠いじゃ〜ん」
「馬鹿っ引っ付いてくんな鬱陶しいわ!」
そんなこんなふざけて、まぁ一方的なおふざけをしていると先生から注意をうけ、生徒から視線を感じたので俺は直ぐに静かにした。
俺は学院1000人以上の中で戦闘5位、勉学3位の順位をもつ、周りからは「優秀」という部類に入るらしい俺はそれなりに有名らしく、男子からはよく喧嘩を売られ、女子からはよくラブレターだの手作りお菓子だのを貰う。
だが、そのように毎日を過ごしていたら静かに勉強出来ない。俺はここで学ぶことが楽しみでしょうがないのにとても困る。さらに、周りに迷惑をかけてしまうだろう。
さらにもう一つ、学院中の女子に物申したい。
俺はお前らに興味はない、俺の妹の方が何万倍も可愛いわ。
お前らよりもキラキラ輝く綺麗な目とお前らより綺麗でサラサラな銀髪に白髪が混ざった美しい髪、全てが可愛い頭から足の先まで可愛い。
お前らとは何もかも違う可愛いさだ、だからお前ら学院内の女子に微塵の興味もないわ!!
なんて、ニヤニヤしているのをレイトは冷ややかな目で見ているのは触れないでおこう。
「あ、そういえばインセット。今度一緒に俺ん家で遊ぼうぜ」
「それは今、この授業中に言うことかレイト?」
「だって休み時間まで覚えてられないだろ?思いついた事はすぐ言わないと」
「別にいいが……お前ん家で何すんだよ」
俺は板書の要点だけをノートにまとめながら横目でレイトを見やる。
レイトは天界ではきっと最も有名な一族であろう。
何故なら天界の『王族三家』と言われるからである。
まず、天界は簡単に言うと選挙君主制である。
選挙君主制とは字の通り、選挙で君主を決めるのだ。
そして天界は『王族三家』と呼ばれる王族から、現王が退位した場合その年内の間に3つの王族が協力して選挙が開かれ、民はその3つの王族から君主を選ぶ、ということだ。
そして当たり前だが、天界で権力を握っているのは神であるため、王族は神である。
王族三家は、ウル家、ライラック家、シャレーヌ家だ、レイトはその中でもっとも王を輩出する王族のウル家の3人兄妹の次男である、ちなみに現王はレイトの実の父であり、この人がまた凄い方なのだ、歴史上最も最悪の大戦と言われた人間との戦、この世界は軽く4億年は存在しているがそのうちの三千年間戦い続けた戦に終止符を打ち、大戦で疲れ果てたこの世の再建を行い以前より良い世界へとさせたのだ。
俺はそんな身分の違いすぎる家で何をして遊ぶのか全く思いつきやしない。
「そうだなぁ…今度の土曜日に俺ん家で姉さんの誕生日パーティーをするんだ。どうだ一緒に」
「……パーティーか」
「家族だけで毎回やってるんだが、たまにはな?それに何故か父さんがお前を気になってて」
「レイト、良かったらなんだが」
俺は1通りノートに写したのでペンをおき、レイトの方を向く。
「妹を一緒に連れてやってもいいか?」
「もちろんだ!人数は多い方が面白いしな!それよりお前、妹いたのか」
「あぁ体が弱くて、滅多に外に出ないんだがここのところ良くなってきてな、街を見せてやりたいついでなんだが……」
「そうなのか、そりゃ立派な思い出にしてやらないとな!ゆっくり回ってから来いよ、あぁそれなら俺の城下に凄い飴屋があるんだ、そこオススメだぜ」
「そうか、そうだな。喜んでくれるかな」
「当たり前だ、なんせ始めて街を見るんだろう?そりゃ驚くさ」
「あぁ、じゃあよ。今日終わったらどこ回るか決めるの手伝ってくれよ」
「面白そうだな、いいぜ!」
それから15分は立ち、授業も終盤になったところだ。
すると、教室の扉が大きな音を立てて開かれた。
教諭札を胸元につけているので先生であろう男が息を切らせている。
きっと教室がある校舎から職員室がある校舎をおよそ2km走って来たのだろう、お疲れ様、そう他人事に思っていた。
だがなんだか嫌な予感がした。
「インセットっ!!インセット=テラスはいるか!」
「え、あぁ?…はい!インセットですが!」
予想は的中、はて俺は何かやらかしただろうか。
ここにいるとアピールするために椅子から立ち上がり手を挙げる。
すると教師は疲れているのか階段を上がってはこなく、扉のところから大声で俺に話しかけた。
だがその話はあまりに唐突すぎた。
ここから俺の人生は360度変わることになるとはまだ思いもせずに。
「お前の家がある天界最南端の森が現在人間が進行中!さらに交戦予想の区域にあり、大規模集団が向かっているとのこと!このままでは戦火に飲まれる危険性があるので生徒の身の危険を考え、今日は帰宅を禁ずる!現在その地域に住む生徒にも緊急で連絡しているので安心しろ」
俺は立ち上がったまま棒立ち状態になってしまった。
いきなり何を言っているんだこいつは。
人間?交戦?戦火?安心しろ?
俺はいきなり過ぎる情報をゆっくりと頭で整理してから落ち着いて、言葉を選んで口を開く。
「……それ…は……家族を見捨てろと…?」
「しょうがないことなのだ、交戦は長期の予想だ。一週間はかかると上が…」
教師はこめかみを押してこちらのことなど考えもせず、溜息をつく。
周りがさきほどの静寂を押し倒し、ざわめき始める。
「俺もその森に近いんだが…」「どうなるの…?」などと周りからの不安の声に、歯を食いしばる、歯が割れるんじゃないかというほどに力をこめる。
母も父も元軍人だ、父は人間だが最強と言われていたらしい、母も有名な軍人だという。
だが。
「………アモル…アモルは………?」
俺は無意識に妹の名前を口にする。
まるで暗闇の中でそれを手探りで探すように。
妹は体が弱くて、毎日ベッドから窓の外を見ていた。
持病もあり外に出たことのない妹にいつも帰ってから今日の話を聞かせるのだ。
妹は輝く目で俺の話から、外について毎日毎日考えていた。
なのに、それなのに。
「行ってこい、インセット」
「え……」
レイトに背中を思いっきり押される。
俺は反射的に後ろを向こうとするとレイトにとめられる。
「あぁいい、いい。後ろは向くな、これは貸しだぞ」
「お前に貸しとか最悪だな」
俺は少しだけ口元を見せるようにレイトにニヤリと笑ってみせ、俺は机に手をつき、足を振りあげて階段状の机、3mをひらりと飛び越えると、周りから悲鳴にも似た声が湧き上がる。
すると、先程の教師が両手を広げて俺の前に立ちはだかった。
「インセット!止まるんだ」
無表情で教師は俺は俺に警戒しながら近づいて、乱暴に腕を掴まれる。
「いいか、お前は優秀だ、可能性がたくさんあるんだ。これからお前は何だってなれる。己は大切なものだと理解し」
「反吐がでるわ」
俺は腕を振り払い、躊躇いもなく教師の顔を力をこめて殴った。
おかげで教師の言葉は最後まで発せられることなく体は後ろに吹っ飛んだ。
息をこれでもかと吸い込み、そして吐き出す。
「俺の大切なものは強さでも才能でも可能性でもなんでもねぇ!!家族が一番大切なんだよ!!」
俺は教師に吐き捨てるようにありったけ叫ぶ。
そうして大理石で作られた廊下を思いっきり蹴った。
教師は肩膝を地面をつけ、声を張り上げた。
「インセット待ちなさい!」
「すまんな先生。インセットに貸し作んの、なかなか難しいんだよ」
人差し指に凝縮させた赤い玉を先生の首元に突きつけニコリとレイトは笑った。
俺はそれを横目で確認し走り出す。
「母さん……父さん……アモル……大丈夫…きっと大丈夫…!」
俺は学院の玄関の扉を蹴っ飛ばす。
転がるようにして立ち上がり、校庭をつっきる、まれにすれ違い様に俺の名前を言われたり、ぶつかったりして謝ったりを繰り返して正門を飛び出る。
「こら!!君まだ授業の途中ではないのか!」
正門の警備員に腕を捕まれるが振りほどいて走り出す。
学院前の坂道を勢いつけ走り、レンガの地面がありったけ踏みつけ飛び上がる、肩甲骨を真ん中に寄せるように動かして、羽根をまき散らしながら翼をだす。
翼で飛ぶのは地を走るより圧倒的に速く移動できるが長時間の飛行は体力を削る。
だが今はそんなことは気にしていられない。
俺が通う学院は天界の政府ーー天界は王政なので王様が統制しているのだが、政府が直に運営する学院なので情報が軍の次に早く入ってくる。
だから民間にはかなりの時間差で情報が伝わるので、家族はきっとこの情報を知らない。
俺が知らせて、みんなで逃げないと。
妹は、家族は俺が守るんだ…!
背中の筋肉が悲鳴を上げ始めたころ、視界には見慣れた森が炎をあげて待っていた。
森入口周辺には野次馬たちがうじゃうじゃと集まりまるで蟻のようである。
「そんな馬鹿な……」
俺はショックやら疲れやらで頭がごちゃ混ぜになり、半ば強制的に翼をしまう。
おかげで建物の屋根に激突し、そのまま2m程落下し地面に強打。
俺は痛みに身悶えていると、人々が俺によってきて俺を真ん中にサークルが出来てしまった。
その中には数人顔見知りがいて、八百屋のおじさんが俺に話しかけてきた。
「お前、森んとこのガキじゃねぇか!なんだ無事で良かったなぁ!」
「っ………無事に、見えるかっ……、どう見ても痛そうだろっ…!!」
「はははっ生きてて良かったという意味だ、なんせお前んとこはうちの大事な客なんでなぁ」
「そりゃどうもっ…!」
地面に両手をつき、体をめいいっぱいの力で持ち上げる。
こんなところで油売ってる場合じゃない。
「おい!どこ行くんだ!」
俺は力を振り絞り地面を思いっきり蹴った、周りの人たちの頭上をひらりと乗り越えバランスを崩しかけたもの着地して、燃え盛る森に飛び込んだ。
熱気と盛んに飛ぶ火の粉に気圧される。
だが入ってしまえば近道を通って片道2分で着く、大丈夫、俺なら行ける、そう自己暗示をかけて走り出す。
燃える曲がりくねった道をものの数分で通り抜けると、まだ燃えてない見慣れたログハウスが待っていた。
俺は叫びたかったけれど体力の激しい消耗と息苦しいさ、熱気、そして諦めで声は出なかった。
俺はヨロヨロと階段を数段上り、木でできた手作りのドアノブにゆっくり手をかける。
きぃ、と音をたて開かれた扉の奥、リビングには2つの影。
俺はチラチラと燃える床を踏みしめた、怖くて近づけない、だけど俺は確認しなければ。
俺は母の体の側に静かに座り、母の顔に震える手を伸ばす。
「ごめんね……インセット…」
「母さんっ!」
俺は母が生きていたという事実に涙が零れた、けれど本当はわかっていたのだ。
「インセット……幸せになるのよ…?お母さんもう…貴方に触れられないけど……」
「何言ってんだよ母さん!俺はっ俺…」
母は涙をいっぱい溜めて、いつものように優しい温かいで俺の頬を撫でると、涙を愛おしいものをめでるようにふく。
「アモルは外に逃がしたわ…早く、見つけて……」
「え……?」
「貴方達を……深く、愛しています…アモル、インセット……私達の…大切な……たか、ら…もの……」
最後に額にキスをすると、何かが切れたように手は滑り、床に力なく落ちた。
「……か、母さん…母さん、母さん……母さん……かあ…」
しばらくはただ静かに泣いていた、周りはだんだんと熱くなってきて息も苦しかった。
でも動けないのだ、だって母がまだ腕の中に。
だが背後から音がした、俺は視線だけを移すがまさかそこにいたのはクラスメイトであった。
「レイト……」
「早く外でるぞインセット!!俺の力じゃ手に負えない!」
「……母さんが」
「そんなこと言ってる場合かよ!いつもの生意気なお前はどこいったんだ!?」
「黙れ!!お前にはわからないだろ!お前はこの世で一番偉い神様で!産まれた時から地位と才能があってよ!!だからわからないだろう!?俺は天使、普通の天使だ!産まれた時からあったのは小さいけど充分な幸せだ!でも、それだけだったんだよ!!それだけが……俺の生きる意味だったのにっ……!それだけあれば良かったのに!!!」
俺はレイトのマフラーを母の血で濡れた手で乱暴に掴み、引き寄せる。
「俺は何のために、何のために今まで頑張ってきたのか……もう、わからないんだよ。お前にはわからないだろうな。この、小さな幸せが、どれだけ温かくて、嬉しくて……わからないだろ……っ!」
「イ、インセット。その、俺、は……別に」
「教えてくれよ神様、俺の生きる意味を」
涙は拭かなかった、今は睨みつけるので、理性を保つのことに必死だった。
だが、レイトは俯いたままで悔しそうに唇を噛んでいた。


その後、身寄りがない俺はレイトの家に暮らすことになった。
レイトの父、ウラノスが言うには。
「大昔だ、君の母は大戦時代、親友であり、戦友であり、そして大切な相棒だった。戦争が終わった後は静かに暮らして欲しかったから連絡はしていなかった。これは俺の責任でもある、本当に申し訳なかった」
と、頭を下げられてしまったが。
そして家族の死から数ヶ月たち、夏の到来を感じる時期になった。
母は死ぬ前、妹は外に逃げたという。
だが探しても探しても見つからない。
俺にはもう、生きる意味がなかった。

「インセット、おはよ。今日も弓の鍛錬か?」
夏でも白いマフラーをしているレイトが笑顔で向こうから近寄ってきた。
俺は立ち止まってレイトの顔を真っ直ぐみる。
「あぁ、そうだが」
「たまには俺もやってみようかな〜!…なんちって!」
「いいんじゃないか」
「なぁインセット、今日の昼街に出掛けないか?」
「すまん、昼は体術の練習だ」
「じゃあ!今日夕飯食い終わったら…」
「すまんな、夜は出掛けるんだ。ウラノスさんに言っておいてくれ」
「じゃ、じゃあさ!明日の朝一緒に」
俺はレイトの隣を何事もなかったように通り過ぎる。
背後からは悔しいそうな声が漏れてるのが聞こえたが、俺は何も感じなかった。





的から20m離れた地点にインセットは弓と矢を持ちたっているのを窓から眺める。
ここ数ヶ月、インセットは落ち着いてきている。
前は部屋に篭って飯に口をつけないほど落ち込んでいたが、大分俺の家族にも慣れている。
その点は安心だ。
だが、俺とインセットの距離が日に日に離れていく気がするのだ。
インセットは笑わなくなった、たまに見せる笑顔は作り笑いで、目に隈もできている。
しかも最近はよく弓や体術、刀、槍、とにかくいろいろな武術やらを猛練習している。
インセットがインセットでなくなっていく。
まるでからくり人形みたいに、毎日毎日同じことをキチンとこなし、それを繰り返している。
会話は「そうか」「すまん」「そうだな」とか一言、一文で終わることが多い。
このままではインセットの心が死んでしまう。
どうにかしなければと行動してると。
それは事件から一年たったある日、驚きの知らせが届いた。



「君の妹が見つかった、名前はアモル、だね」
「…………それ、は」
「わかる、なんせ事件から一年だ。信じられないのも無理はない」
「…………はい」
インセットは一瞬驚きの表情をみせたもの、直ぐに無表情で冷たい顔に、目は黒く曇ってしまった。
隣で一緒にその話を聞かせれている身としては、インセットの心がまったく見えない。
「父さま、インセットの妹は何処に?」
「実は居場所を特定できただけなんだ」
机の資料を魔導投影器の上にのせると、空中に音を立てて資料拡大した物が現れる。
「ここ最近立て続けに天使の子供が攫われていた、だがある時期を堺にハタリと止まる、それがお前の妹が消えた時だ、まるで、その〜、探し物が見つかったみたいな…」
「妹が探し物だと言うのですか」
「あぁ、犯人が攫った子供の家は不規則なんだ、同じ場所だったり、はたまた何キロも離れてたり」
俺はその事実よりもインセットが反応したということに驚いただけだったのだが。
「それで、妹が消えて半日たらずで下界で子供の大集団が森で発見」
映し出された資料が写真に移り変わる。
「そしてその付近、というか手当たり次第探した、この一年な。そしたら怪しい研究所が、もう怪しいっていう希望なんだけど、やってみるしかないんだが」
「この建物に奇襲をかける」




風のない雪の中、ついにこの日がきた。
上手くいけば一年ぶりの再会である。
下界北部の寒帯の針葉樹の森の中、一本のドッシリした古い大木の枝にレイトと共に座る。
大木の枝は人が枝に対して垂直の向き、つまり縦に寝ても余裕があるほど一本一本の枝が大きいのだ。
天界にあるこれほどの木にはだいたい妖精の住処になっている、彼らは縄張り意識が高いから少し不安だがあいにくここは下界、滅多にない機会に少しワクワクした。
しかしそんな俺とは反対に、先程から隣でブツブツと聞こえる声にそろそろうんざりしてきた。
「もう、うだうだ言うなよ……」
「最悪だ、俺マフラーできねぇのかよ」
「奇襲に白は最悪だしな」
「だけどマフラーないと俺が誰だかわからないじゃないか」
「わかるから大丈夫だって」
「でも俺マフラーないと安心しないというか」
「レイト、わかったからもう静かにしてくれよ…」
木の太い枝に立ち、黒いロングコートに身を包んでいたがさらにフードを深く被る。
相棒であるコンパウンドボウと呼ばれる弓を左手で握り、右手で矢を背中の矢筒から一本取り出して、ノッキングポイントにセットする。
周りから雑音を排除するために目を瞑る。
雑音……クリア。
俺は標的をロックする。
標的は侵入経路であるドア10個の内3つの鍵を全て爆破すること。
南に2つ、120m離れた南東に1つ、ここからの距離はおよそ700m、残り時間2分と15秒で突入。
俺は弓を真っ直ぐ持ち上げ、肘と矢が一直線になるようにし今できる最大の力で弦をひく。
この矢は特注品で的に当ると起爆装置が起動し、三秒足らずで魔法陣が形成され爆発するので失敗はできない。
ありったけ10秒溜めて弦を離す、矢は俺の予想通りに飛んでいき、5秒後にはドアに音を立ててあたる。
「ビンゴ」
爆破音が聞こえ、俺は直ぐに矢をセットして今度はテンポよく一本、二本と全てをスムーズに終わらせる。
魔導式インカムを起動する、耳中心から円を描くように魔法陣が現れ常に回っていることを確認し、弓を背中にしまい代わりに短剣をだす。
「こちらインセット、3つの侵入経路確保を確認。ステップ2に移行します」
『こちら突入部隊、いつでもいけます。ウラノス様の指示を待機中…………突入許可が降りました、そちらが突入したら我々も』
「あ〜、レイト準備完了、今から派手に突入していいですか父さま」
「おいおいレイト……奇襲だっつってんだろ」
「大丈夫大丈夫、というかお前も奇襲何かより一年間分の怒りを暴れて解消したくないか?」
やりたいもんならやってやりたいが、この作戦に参加するにあたって条件がある。
人間であろうが天使だろうが妹関係なく必ず助けることだ。
条件には反しないが、それは誘拐された子供に危険がかかる可能性が…。
『レイト、派手に突入していいぞ』
「正気ですかウラノス様!?」
「マジで父さま!」
2人の声が重なり顔を見合わせる。
インカムの向こうから笑い声が聞こえた。
『インセット』
「はいウラノス様」
『ブチかましてやれ』
レイトがニヤリと不敵に笑う。
レイトは手を右手を腰に、左手に炎を出して早くしろ、と目が輝いてる。
きっとウラノス様も若い頃はこんなんだったんだろうと、安易に想像できる。
親子揃って戦闘大好きという事実に苦笑いしかないが、ここは素直に頷こう。
「本当にいいんですね?」
『あぁ、帰ったらみんなでパーティーだ』
「またですか?ウラノス様」
俺は短剣をしまい、暴れる用というか本業の体術で挑むとしよう。ズボンのポケットから黒革の手袋を取り出す。
手袋には俺の魔力分子を布の繊維に組み込むことで、俺が雷を発動しようとすると手袋の魔力が反応して手から雷が出すことができる。
「準備はいいか?相棒」
「相棒って俺に言ってんのかよ」
「俺が炎でドアをぶっ飛ばす、そのあとはまかせた」
俺は木の枝を蹴り、雪の降り積もった地面を前転して立ち上がる。
「さて、天界を敵に回したことを後悔させてやる」
「そのいきだインセット」
小走りで俺達はドアに駆け寄る、レイトに手で合図を送り、それを確認したレイトはまるで空気を撫でるようにドアの前で手をスライドさせる。
するとドアからチラチラと炎が現れたと思うとカタカタ音をたてたのち、爆発した。
俗に言う発火能力『パイロキネシス』みたいなものと理解してくれた方がいいだろう。
それも説明するとまったく違うものだが、レイトは炎を操ることに関して右に出る者はいない、そしてレイトの兄は空間を操る天才、姉は剣の天才、まったくコイツん家には天才しかいないのだろうか。
するといきなりドアの上のランプが赤く変色し、警報音が喚きはじめた。
『侵入者、侵入者、総員直ちに排除せよ』
『レベル6の被験者は部屋から出ないように』
と、同じ放送を何度も繰り返していた。
「……レベル6って何だ?」
「それも調べるか、行くぞレイト」
走って中に突入する。
上の方はもう銃撃戦に入っているのか騒々しい。
「インセット!右!右右!」
俺は右に視線を向ける前にかがんで地面に両手をつける、そのまま足を回転させて敵と思われる奴の足元を蹴る。
倒れた敵にまたがって、相手が何かを言う前に顔面に一発殴り込み気絶させた。
「その〜……お前って案外、凄いな」
「そりゃどうも」






「おいインセット、そっちにもう子供はいないか?」
「あぁいない、天使しかいないぞ。ここの研究所は一体なにを……」
「おいインセット」
レイトに肩を叩かれ後ろを向くと、『レベル6』と書かれたドアがあった。
「レベル6……」
「どうする」
「いくしかないだろ」
俺はレイトを後ろにドアノブに手をかける。
中からは音一つ聞こえない、警戒しながらもゆっくりと扉を開いた。
中はただ巨大なだけの白い部屋だった。
何もない白い部屋だったが、部屋の一番奥の右隅に黒い人影があった。
「あそこに子供たちがいる、行くぞレイト」
駆け足で子供たちに近づく、人数は4人、翼を出していないのでまだ天使かは断定出来ない。
怯える子供たちを安心させるために、片膝を地面につけて視線の高さを合わせてからなるべく笑顔で話す。
「初めまして、俺はインセット、こいつはレイト。君達を助けに来た」
「あなた………アモルのお兄さんね…?」
真ん中にいた両目を包帯で隠した女の子が立ち上がった。
まさか妹の名前が出てくるとは思わず不意をつかれた。
「アモルはここにいるのか」
「えぇ。私達はレベル6よ、ここの研究所にはレベル1から6までに子供たちを分けて何か研究してるの」
「なんでこんなところに?」
「死神が、強くしてあげると言ってきたの。ここの子は病気だったり能力が抑えられなかったりする子が多いから…」
「君達は?」
「死神は、七つの大罪と呼んでいるわ。私達罪なんて犯してないのよ?それに本当は20人数以上いたの」
「何処に行ったんだ?」
「死神に連れてかれてから誰も戻ってこないの、アモルもさっき連れてかれたわ……」
「…連れてかれた子はどうなるんだ」
女の子は一瞬口を噤んだが、右の壁を指さして震える声でいった。
「死神に殺されるの」
たっぷり10秒の沈黙が流れる。
俺は沈黙を壊すように、音をたてて走り出す。
先程指さされた場所に向かって飛び蹴りをかますと、白い壁は壊れ、白い道が現れた。
「お………けて……だ…か」
道の先から途切れ途切れに聞こえてくる声は確かに妹のものだ。
幸い道は長くなさそうだ、俺は妹に会える嬉しさと不安で自然と足が速くなる。
道が開けた先には妹がいる、俺は大きく足を踏み込んだ。
「アモルっ…………?」
「……おにぃちゃん……」
妹は目に涙をいっぱい溜めて今にも溢れそうである。
だが、だがそんなことより俺は。
「……何だよ、これ…」
妹は山と積まれた無数の死体に囲まれていた。ここは死体廃棄か?とも思ったが一瞬、思ってはいけないことが脳裏をかすめる。
妹にゆっくりと目を向ける、白いロングワンピースの裾はボロボロに破けている、傷もない、だが唯一不信な所と言えば、全身血だらけ、いや外傷はないので出血ではない、だとすると返り血である。
妹は何をしたのか、ここで何をされのか。
「…私、私じゃ、ないの……私た、助け、たくて……」
「あぁ…あぁ、大丈夫、お兄ちゃんが助けにきたから、もう大丈夫だよ」
俺は血だらけの妹を腕に抱き上げる、背中を優しく叩きながらまるで赤子があやすように。
「帰ろうアモル……」
「…うん、ごめんなさいおにぃちゃん、ごめんなさい私……お母さん…逃げたの、怖くて」
「もういいんだ、お兄ちゃんはアモルが居ればもういいんだよ……」
俺は妹に死体の山を見せぬよう顔を俺の肩につけるように押さえて後ろをむく。
どうやら、これはただの誘拐事件で済む話ではなさそうだ。
俺は妹を抱き上げながら、インカムを作動させる。
ウラノス様、妹発見しました、外傷は見られず意識もしっかりしています」
『それは良かった!じゃああとは俺の部隊に任せてレイトと一緒に帰還して構わない』
「いいのですか?まだ子供たちを全員保護していないのでは?」
『妹片手に仕事は出来ない、だろ?』
「ははは、お見通しですか」
『お前の笑い声は初めて聞く、本当に良かったなインセット』
「……えぇ、ですが帰ってから報告したいことがあります、この事件ただの誘拐事件ではなさそうです」
『……何故そう思う』
「死神がどうやら関係しているかと」
『…死神か……ここ数百年は聞かぬ名だったのだがな』
「帰ってから話しましょう、その方が落ち着きます。なんせ一年ぶりの再開ですので」
『そうだった、引き止めて悪かったなインセット』
音声は向こう側から切れた、俺はインカムをオフにする。
「おにぃちゃん…誰とお話してたの……?」
「そうだなぁ…俺達を守ってくれる強い人だ」
「お母さんとお父さんには……もう会えないの……?」
俺はどうしようもない事実に何と答えていいか戸惑う、だがここでうやむやにしてはいけない。
アモルの頭を優しく撫でながらゆっくり話す。
「……アモル、お母さんとお父さんには……もう…会えない………でもな、それはアモルのせいじゃないよ、お母さん最後に言ってたんだ、俺達を愛してるって。お父さんもきっとそうだってお母さんが言ってた」
「あいしてる……?」
「俺達が大好きってことだよ」
「アモルも、お母さんとお父さん大好き!お母さんは優しくてあったかいの!お父さんの手は大きくてねカッコイイ!それにおにぃちゃんも大好き!」
「ありがとうアモル、アモルは優しいなぁ」
「えへへっ……でも……でもね、アモルも……おにぃちゃんがいれば大丈夫だよっ、だっておにぃちゃんも悲しいのに我慢してるから……アモルも我慢するっ!1人じゃないからアモル我慢できるよ!」
「アモル……ありがとう、いい子だなぁ流石俺の妹だなぁ」
妹は目に涙をいっぱい溜めて笑顔でジタバタと足をふる。
元の広い白い部屋に戻ると、子供たちは避難したようでレイトがど真ん中であくびをしてまっていた。
「遅いぞインセットっ!おっそれが噂の妹か」
「すまんなレイト、ちなみに俺の妹に気安く近づくな」
俺はレイトが歩み寄ってくるのを片手で止める、なぜなら妹が怖がっているからだ。きっとそうだ。
「あなた、だれぇ……?」
「俺はレイト=ウル、君のお兄さんの友達だ。君を助けに来たんだ、なんせお兄さん、君を毎日探すもんだから」
「おにぃちゃん、ほんと?」
「……まぁ、うん、そうだな…」
レイトの方から「何照れてんだよ」と視線がおくられてくるのを、あくまでも笑顔で、そして声は優しく「お前、後で覚えてろよ」と伝える。

事件は解決した。
攫われた子供たちは全て天使であり、健康状態を確認してから親の元へ送り届けられた。
犯人は不明、施設も用途不明、子供たちも一体何の為に集められたのかもわからない。
でもわかったこともある。
『死神』『七つの大罪』について調べる必要がでてきた。
そして妹の件について。
妹は何故血だらけであったのか、何故両親は殺されたのか。
全て、知らなくてはならない気がするのだ。








〜死界〜

「ひー、ふー、み〜、と〜……あっちゃー!アイツらぜぇ〜んぶ持っていきやがった!」
「まぁいっか、どうせそろそろ返すつもりだったし」
「一回目は何ともつまらなかったからねぇ、あぁでもアイツを殺してやったときの顔は覚えてる覚えてる」
黒い前髪を書き上げ、けたけたと暗闇の中で笑う。
金色の目を楽しそうに輝かせながら、黒いドブに腰を降ろして足をジタバタさせている。
「アイツの顔、アモルの顔はまさにびっくり〜って感じだったなぁ、はははははっぁは!!」
「腸引っこ抜いてさぁ〜!ぶふっ、その後目の前で両手両足斬って、斬って、斬って斬ってさぁ〜」
「最っ高だったなぁ、あぁいかにも」
「怒りに満ちた顔だった、俺を殺したくてたまらない顔だった、そうそう、そうだった」
「アモル=テラスだ、そうだったぁ!!」
押さきれぬ笑みを手で覆って、暗闇の中でけたけたと笑い続ける男は、はて、何者か。
ある者は「疫病神」と。
ある者は「ただの馬鹿」だともいった。
彼はこの世界を創造した2人の内1人、この世の闇自身である。
彼はこの世全ての悪を背負う者、「アンリマユ」と呼ばれる。
またの名をーーー『死神』。


この物語は、どうしようもなく世界が創造された時から始まり。
彼のどうしようもない、ただの暇つぶしである。