失楽園 第一章 第五節

白い息をほうと口から吐き出す。

目の前で揺れる蝋燭の灯火だけが熱を放っている、すべての物は時が止まったように冷たく暗い。

先日のアルブム卿の件から数日、我が団は緊張状態が続いていた。

何時までたっても終わることない上層部の会議に皆嫌気が刺したのだろう。

俺は雪空の下、当番制の団の門で見張りを交代したばかりであった。

夜中の見張りほど嫌なものはない、マフラーに顔半分を埋める。

静かに降り積もる雪をただ見ていた。

見ているだけで、こちらの心も白く冷たくなっていくような感覚に吸い込まれ、目を閉じる。

感覚が研ぎ澄ませれていく流れに身を任せ、己の世界に入っていくのは心地がよい。

彼女の声が聞こえる気がするのだ、自然と口元が緩む。

『大丈夫、大丈夫』

そんな声と手の感覚が偽りでも嬉しい。

俺は幾ばくかの優しい思い出に浸り、目を開いた。

「凄いよ、リュミエール。こんなにも、想うだけで胸が暖かくなれる。でも、俺は駄目だな.....まだ、君を助けられそうにない」

頬を一筋の雪が滑り落ちた。

独り言を口にして自らを嘲る、そうして俺は抜け出すことのない闇に、自らを投げ出し続けるのだろう。

俺はポケットに入っている首飾りを取り出して、左耳にあるイヤリングを触る。

首飾りはリュミエールが最後に身につけていた遺品で、俺が誕生日に贈ったものだ。

イヤリングはそのお返しにと、誕生日に贈ったものなのに何故か彼女がくれたことを思い出し、笑みがこぼれる。

イヤリングは今ではインカムとなっている。

首飾りで輝くラピスラズリは、リュミエールの瞳に合わせた。

今まさに目の前で瞬きしているような輝きだ。

俺はそれをポケットに丁寧に戻そうとした時。

「通達する、六時の方向に敵影あり!!その数.....数千、いや、一師団!!!全団員に通達する!!敵襲ー!!!」

見張り台から爆音のように警鐘が鳴ると同時に、一斉に本部建物内から人が出てきた。

「一師団だと.....そんな馬鹿な、一万以上もの、いままでそんなこと」

これからが本番だっていうのは事実なのか。

俺は首飾りを首にかけ、服の中にしまった。

壁に立てかけていた剣をとり、腰にさして走り出した。

『おにいさん、流石にこれはやばいんじゃない?』

「黙れ!そんなこと言われなくてもわかってる...!!」

俺は見張り台の階段を駆け上って、その光景をみた。

防壁から遥か彼方の乾いた大地に、空から蟻の行列のように振り続ける天使たち。

「双眼鏡かせっ!!」

俺は隅で蹲る見張りから双眼鏡を奪い取り、天使を詳しく観察する。

天使はどれも二枚一対の翼で、今のところ智天使以上のものは見られない。

その時イヤリング兼インカムから慌ただしいジェイドの声が流れ込んできた。

『ルクス!おい、見てるか!!』

「ああ見てる!!ジェイド、そっちはどうなってるんだ!」

『団内はそりゃ、しっちゃかめっちゃかさ!!一師団責めてくりゃ、そりゃ混乱したくなる!!』

「騎士長からは!?」

『俺達仮面は前線だとよ!!防壁到着予測時間は残り三十分、あと十五分で支度して迎撃!!』

「了解」

俺はジェイドとの通信をきり、騎士長へと繋ぐ。

「こちらルクス。現在目視で敵影確認、通達通りおよそ一師団、防壁へと進行中。北方見張り台にて待機、迎撃可能です」

『了解。今すぐ迎撃できる者は他にいないのか』

「こちらジェイド現在ルクスと合流試みている!!北西の防壁を走行中!!到着予測時間はあと二分!!その後迎撃可能です!」

『では合流でき次第迎撃せよ』

「了解」

俺は双眼鏡を捨て、腰の剣の柄に触れた。

今回ばかりは勿体ぶっている場合ではない。

俺は一際大きく深呼吸をした。

『僕の本気、受け入れるつもり?』

「ああ」

『初めての時はだいぶおにいさん壊れちゃったけど』

「黙って働け」

俺は剣を抜き取り見張り台の壁縁に片足をかけた、真下は少なくとも落下したら助かる確率は低いほどは高いであろう。

隠していた仮面を顔に取り付ける。

仮面にあいつの力がじわじわと染み込んでいく感覚に浸る。

「ルクスっ!!!いくぞ!!」

階段を上がってきたジェイドが後ろで叫ぶ。

「了解。迎撃を開始する」

俺は背後のジェイドを振り返ることなく、かけていた片足を蹴った。

そのまま身を任せ自由落下していく。

後ろからはそれに続くジェイドの声がしっかりと聞き取れた。

力の発動の条件は揃った、あとは俺がその名を呼び、奴の名を縛り、確実に引き出す。

俺がこいつにどれだけ耐えられるかの勝負だ。

「叫べ、『レヴィアタン』!!!!」

 

『そんなに情熱的に呼ばれたら、少しだけ本気だしちゃおうかなあ』

 

足が地面に触れた瞬間、水が俺のあたりを囲いこんだ。

そうして着地の衝撃は吸収され、俺はなんとか降り立つことができた。

大きく一歩を踏み出す、体は人間のスピードとは言えない速さで地面を蹴った。

『僕の力は身体強化、だけどさ。おにいさんこのまま耐えられるかなあ〜』

「当たり前だ」

天使と接触まで残りニkm、俺は剣を下段に構えた。

不意打ちに等しいほど、目の目にきた天使の首を切り落とした。

そうして戦いの火蓋は切って落とされる。

周囲の天使たちの首を落とし、腕をきり、心臓をつき、目を貫く。

だがそれはこちらも同じ、ジェイドがいるとはいえ無双状態で敵しかいない。

雨のように振り続ける、斬撃と銃弾を避け続けるのも無理がある。

「ジェイド!」

「ああ!!」

俺達は背中を預け、剣を構えた。

「なるべく連携して、着実に数を減らすぞ」

「俺もそう思ってたぜルクス。でも、流石にこりゃ多すぎじゃねえか」

周囲は馬鹿みたいに天使しかいなくて笑えてくる。

「はっ、神様は厳しいなあ」

体内を熱い血液が巡る感覚がわかる。

今にも逃げ場を求めて外に溢れ出そうだ。

滴る汗が乾いた大地に跡を残した。

『こちら本部。ただいま二人の交戦開始を確認した。現在十人の仮面がそちらに向かっている』

「了解、到着まで持ちこたえる」

「本部も手厳しいねえ」

俺達迫り来る天使の軍団に応戦しながら会話をする。

余裕があるぐらいが丁度いいのだ。

薙ぎ払いを避け、心臓に剣を突き立てた。

血飛沫が顔面を濡らし、思わず目を瞑る。

「人間、風情が.....」

「貴様等が始めた戦だろうが」

「違うね、最初に始めたのは貴様等人間だ」

「.....なんだと?」

「貴様等は自らの手で首を締めているのだ!哀れだ!!実に滑稽だ!!!貴様等を断罪するのは我々ではない貴様等だ!!」

俺はそう豪語する天使に剣をより深くめり込ませ、そうして抜き取る。

乾いた大地に広がる血溜まりにパシャリと足を突っ込んだ。

ジェイドが背後で中々苦戦しているようなため、そちらに駆けつけ連携をとる。

敵がジェイドの横払いで体制を崩したのを見計らい、間髪入れずに首をはねた。

だがそれはこちらも隙を生んでいたらしく、潜んでいた敵の槍の一突きが横腹を軽く抉った。

『応援部隊そちらに向かっています!!耐えてください!』

「っ了解....!!」

「ルクス!」

「問題ない集中しろ!!!」

俺はジェイドも己にも、一喝するつもりで叫んだ。

今ここでやつは俺を助けると二人とも隙が生まれる、俺は今ここで立て直し反撃しないと死ぬ。

そう、戦場とは生きるか死ぬかだ。

「はあああああああっ!!!!」

俺は維持でも倒れそうになるのを踏ん張り、剣を相手の脳髄に突き刺した。

矢が腕に刺さるが殺すことが先だ、俺は体重をかけてより深く突き刺す。

「ルクスすまん!そっちに二人零した!!」

「......っふざけんな、しっかり、仕事しろ!!」

俺はすぐに切り替え、天使の体を突き飛ばして、剣を抜き取る。

かなり天使の数は減らしたつもりだが、一向に相手の勢いが弱まる気配はなく、防壁へと着々と進軍している。

あいつのお零れを処理し終わった頃にはもう限界に来ていた。

体力的にではない、身体的に耐えられないのだ、汗が止まらない、鼓動は五月蝿い。

「ルクス!大丈夫か?」

「お前こそ」

「俺は大丈夫じゃないな.....片腕やられたし、体力もそろそろキツい」

そう言った片腕は確かに力無く項垂れている。

絶望的だ。

一師団の戦力をたった数百人で防げと、そんなの無理だ。

だが今に始まった事ではない、こんなの戦争が始まった時から絶望的な状況だったではないか、圧倒的不利、個々の戦力差、能力の違い、その全てが絶望的でどれも人間が勝るものなどなかった。

そう、俺達人間は抵抗をし始めてしまったこと自体それが、敗北を決定的にしたのだから。

そんなことに気づいてしまって、俺は剣を握る力を緩めた、思わず下を向いた。

「無理だジェイド.....これは負け戦だ」

「ルクス....」

「人間の勝率は絶望的だ」

「諦めるか?ここで死ぬか」

そのジェイドの、いつもらしからぬ声の調子に気がつかされる。

そうだ、こんな大事なことを二の次にしていたなんて。

「だが、それは、俺の復讐には、全く関係ない」

俺は剣をもう一度強く握りしめる、諦められるか、諦めてたまるか、我が怨念、我が憎悪、我が復讐、一度諦めそうになった己が恨めしい。

こんなにも今でも燃えているというのに。

刹那、天使達が一斉に動きを止めた。

そうして、皆空を見上げる。

ザワザワとどよめき、慌て始め、ある者は泣く者すらいた。

空には一縷の雷が騒いでるだけだ、それでも天使達はそれを見て騒ぎ立てるのだ。

『ああ.....これは』

胸がざわついた、いや悪魔が歓喜している。

涙を流し、今にも俺から出ていく勢いを必死に押さえつける。

そして、雷は落ちた。

距離は遥か遠く離れているその場所に、一人の白銀の鎧が片膝をつけて頭を下げている。

それはそのまま翼を大きく広げた、それは美しく光り輝いていた四枚二対で、俺は目を奪われた。

だがいつまでもそのままで居てくれる訳は無い、立ち上がり、一歩を踏み出した。

「全隊員任務変更!!標的は『銀狼』、殺す気は起こすな!奴を退けろ!!」

天使達は雄叫びを上げ、武器を手に防壁とは反対方向に走り出した。

俺達など視界にも入らない。

仲間のはずだろう『銀狼』は、何故天使達に襲われているのか。

この八年間をひっくり返す出来事が起きている。

それでも鎧は一歩一歩地を踏みしめて悠々と歩く姿は実に美しい。

『覚えているともああ勿論だ』

心臓が強く握り締められるような感覚に思わず剣を落とした。

膝から崩れ、何とか片手を地面につける。

それでも俺は目の前の光景から目を離さなかった。 

そうしてまた一歩踏み出したと思った、だがそこにはいなかった。

どこだ、初動もなくこんなに華麗に消えるものか。

方々を見回す、何処にもいない、代わりに天使達が血飛沫と悲鳴をあげて倒れていく。

その数はすでに俺が殺した数を上回っていた。

こうも簡単に命が刈り取られるのか、雑草を抜くように、死体の山が出来上がっていく。

なんだこれは、これが命ある者のやることか。

俺はすぐに震える手でイヤリングに触れる。

「こちらルクス......本部、応答せよ」

『こちら本部、応援部隊到着はまだ...』

「応援部隊を直ちに帰還、防壁の守備へ戦力を回せ。それから国民の避難を同時に進行せよ」

『な、何を.....ルクスそれはお前ら、自殺行為だ!』

それだけ伝えると通信を切る。

この状況に仲間を放り込んではいけない、ここは既に死神に見据えられた戦場だ。

白銀の鎧は悲鳴の渦の中心で躊躇いなく命を散らしていく。

そうして遂には、残りわずかとなったそこで動きを止めた。

もはや血に濡れ、白銀とは言えないそれがピタリと止まった。

ようやく視認できた得物は刀であった。

「私を『銀狼』と呼ぶことを許そう。私を化け物と罵ることを許そう。私を殺すことしかできないあやつり人形と使うことを許そう。私をもう一度、『罪』と認め、断罪することを許そう」

天使達は奴が動きを止めたことをいいように、翼を広げて一目散に逃げていく。

「私がもう一度、この私として、降り立つことをどうか許して欲しい。我が主、我が兄、我が忠臣、そして亡き我がたった一人の友」

そいつは祈るように胸に手を当てて、刀を掲げた。

先程話していた雰囲気とは全くの別人のように一変して。

「去るもの構わず、だが死をもって地に堕ちろ外道共!!八年間の我が主の積年の屈辱と我が怨念を、受けるがいい!!!」

奴は大声でそう叫ぶと逃げ惑う天使達に雷を落とした。

雨のように落ちる死体は地面を血の海にした。

この戦場に生きている者はいなくなった。

奴は変わらず屍の山に君臨している。

たった数分で、一師団を殲滅した。

目の前の光景を見て、ジェイドは耐えられなかったのだろう、隣で嘔吐した。

俺は手の震えが止まらなかった

そして奴はこちらを見据えた、しっかりと。

鎧の奥の瞳が俺達を写している。

「走れジェイド.....」

「無理だ、あんなの、だってこいつ」

「ボサっとしてんな!!逃げろ!!」

「その心配はない」

息が止まった。

降り続く雪だけが今動いている。

いつの間にいたのだろう、すでに目の前にいた。

刀から滴る血が死を宣告しているようだった。

「お前ら人間の敵ではない」

そして刀の血を払い、鞘に収めた。

「お前、中にあいつがいるな」

「は.....?」

「隠れてないで出てこいレヴィ」

ずるりと胸から魂が出ていくような、そんな気持ち悪い感覚が襲う。

すると目の前にいつも夢に出てくるあの悪魔が立っていた。

「アモル.....覚えていてくれたの....」

「.....残念だが、それは私じゃない。私じゃない誰かの魂が、お前に言っている」

「なんて....?」

「『あの時は、ごめんなさい』、と」

「そう.....そっか.....僕は、守れたのか。彼女の、意志を......でも君の命も、守りたかったなあ」

意味のわからない会話が目の前で繰り広げられている。

そして悪魔は涙を零していた。

鎧は悪魔との会話を一度切り、俺達を見た。

胸に手をあてる、すると驚くことに鎧は硝子のごとく弾け消えた。

鎧の下は、少女であった。

銀髪の美しい赤目の少女がそこに立っていた。

「私はアモル=テラス。我が主、レイト次期王の命令により、人間の増援にきた」

そして可愛らしく一礼をして、小さく微笑んだ。

ソレイユ 一日目 『没 限定公開』

唯一ある記憶は誰かに名前を呼ばれたこと。

その記憶が自分の中で最も古いものとなった、それ以降の記憶、何処で生まれ育ち、友、親の顔さえ思い出せない。

確かに誰かに呼ばれた、何か必死に訴えながら。

これを最後に自分は恐らく記憶が消えたのだ。

思い出す度に、何か自分にはこんなとこにいる場合ではない気がしてならない。

胸の奥がチリチリとやけ、焦燥感が追い立てる。

早く、早く、と囁く己の声がやけに脳内に警鐘するのだ。

一体自分は、記憶と一緒に何を置いてきてしまったのだろう。

ポツリと額に冷たいものが弾ける。

俺は目を開ける、目の前に広がる青空には夏らしい雲ばかり。

不思議に思い体を起こす。

そこには魔女がいた。

とはいっても勿論顔見知りで、如何にも絵本に出てきそうな魔女の服だ、彼女は手に水筒を持っている。

恐らくその水筒についた水滴なのだろう、俺を覗き込んでいた。

そして向日葵のように微笑んだ。

「ナイラ」

「レイト君……ちゃんと『名前』で呼ばなきゃ」 

「あぁ…すまん、キャンディー」

「それで、レイト君こんなところで何してたの?」

「昼寝」

「フォルが探してたよ?」 

「また仕事か……」

 俺は重い腰を上げ、昼寝用に丁度良かった岩から飛び降りた。

「そうだ」

俺は岩から降りてくる彼女に問う。

「ティアはどこにいるか知ってるか?」

「いつものとこ。レイト君待ってるんじゃないかな」

「そうか、サンキュ」

「待って、私も一緒に行くわ」

彼女は駆け足で俺の隣に並ぶ。

それは四年前の話だ。

「ソレイユ」の皆がいうには、空から湖に落ちてきたらしい。

そんな訳あるか、と思うが湖の近くに聳える崖を見れば、あんな高いところから恐らく落ちてきたと誰もが思うものだろう。

 

二人の守護者 『没 限定公開』

「御労しやレイト様!!」

「ぐぅッ……!」

俺は手首を魔法で拘束された状態で地面に叩きつけられた。

氷のように冷たい床が傷口を刺激する。

「記憶を失ってしまったレイト様をいい事に!下等生物である人間が!天界の王子であるレイト様を良いように使おうなどっ……!!あぁ御労しや!」

「っ……それ以上仲間を馬鹿にしてみろ!てめぇの喉焼き消すぞっ!!!」

目の前の男は周りの副官らしき男たちに指示を回した。

俺はこみ上げる殺気を抑えつけ、副官を睨みつけていた。

だがすぐに俺は絶望する。

ティアとキャンディーは副官たちに床に放り投げられた。

ティアは両足を何かで貫かれ、逃げれそうにない。

「ティア……キャンディー……」

「レイトっ!大丈夫か!?…てめぇら俺の大事な仲間に手出したら許さねぇぞ!!」

ティアは気を失っているキャンディーを庇いながらレイピアを副官に向ける。

「レイト様、どうかご安心を。我々がこやつらを始末いたしますゆえ」

男は深々と俺に一礼するとティアたちに近づいていく。

「レイト逃げろ!!」

「ふざけんなっ!お前ら置いて逃げられるか!!」

俺は肩を床につけ、よじるように起き上がる。

片足は先程手練の剣士を相手にした時、足首を駄目にした。

だがまだ片足はある。

俺はもう片方の足で地面をこれでもかと蹴りつけた、そして怪我した足を振り回し、男に向ってその足を叩きつける。

「ギャッ!」

男は気味悪い悲鳴をあげて地面に倒れ込む、俺も遅れて地面に叩きつけられたが運良くティアたちの前に落ちる。

「……っさっきから、レイト様だとか、王子だとか、意味わかんないこと、言いやがって……ぐっぅ……あぁそうだ、俺が人間じゃないことは認める……だがそれは仲間を傷つけていい理由にはならない!てめぇら無事で帰れると思うなよ」

「そのとおり。レイトが人間じゃないからなんだ、そんなのどうだっていいさ。仲間を、家族を傷つけたお前らを許すわけにはいかないなぁ」

ティアは俺の魔法の手枷をレイピアで破壊する。

「……やれるかティア」

「あぁ、俺達の力見せつけてやろうぜ相棒」

「……私も、忘れないでね」

するとキャンディーはふらふらとティアの両足に刺さるなにかに手を触れる。

「大丈夫なのかキャンディー!?」

「レイト君、足首を」

キャンディーは俺の足首に触れると、目を瞑る。

たちまち、キャンディーの手から温かい光が足首を包む。

ティアの両足も、刺さっていた何かは音を立て壊れ、光が傷口に流れ込んでいく。

「………光魔法…?」

光魔法とは、主に治療に用いられる魔法で、治療といっても擦り傷レベルの怪我を完治させるのには集中力と実力が必要で、魔法の中で最も難しいと言われる魔法だ。

みるみるうちにティアの傷口は消え、俺の足首の痛々しい青痣も綺麗に消えてしまった。

「……私はいつも、二人の背中追いかけるだけだけど、だから私は誰よりも二人を見てきた。……精一杯戦って、私がいくらでも治療してあげる」

キャンディーは強い光を宿した目で俺をまっすぐに見つめた。

俺は思わず、ここがいつもの場所だという安心感が湧いてきた。

こいつらが居れば、どんな場所でも俺はいつもの俺でいられる。

俺はいつものように、ニヤリと笑うと立ち上がる。

「ティア!行くぞ!!」

「了解!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァっ……ハァっ…………」

俺はホールらしき部屋の扉を閉めた、ズリズリと扉に背中を預ける。

あらかたの敵は倒したが、体力の問題で倒せなかった追手を巻いて、どこかもわからない部屋に慌てて入った状態だ。

ティアとキャンディーも俺ももうボロボロだ、下界に置いてきてしまった仲間は大丈夫だろうか。

俺は不安や緊張感がごちゃ混ぜになって吐きそうだ。

本当に俺は下界に帰れるのか、帰れてももう俺の居場所はーーー。

考えただけで胸がきつくしめられる。

「…………俺はいったい……誰なんだっ……!!」

何も無い大理石の床を殴りつけた。

この状況を作ったのは俺だ、下界にいる仲間たちが襲われたのも、仲間たちから不信に扱われるようになったのも、今こうして目の前で仲間が傷ついているのも。

すると、ティアがいきなり笑いを堪えていたかのように吹き出した。

「あの、能天気で喧嘩馬鹿のレイトが、珍しく悩みがあるそうだ!」

「………………おいティア、怒りを通り越して呆れるぞ、お前」

「お前らしくないって言ってんのさ」

「俺らしくもなくも、俺はどうやら俺じゃないらしいからな」

俺は吐き捨てるように笑った。

「どうせ、俺のせいだ、とか馬鹿なこと考えてるんだろう?」

「馬鹿なことだって……?お前、今ここで俺がぶっ飛ばしてやろうかっ!?」

ティアのボロボロの胸倉を掴んで自分に引き寄せた。

だが、ティアは涼しい顔して俺を見つめた。

「こんな時にやめて二人共っ!!」

キャンディーは今にも泣きそうなほど涙を溜めて俺達に向って叫ぶ。

けれど俺達はお構い無しに、拳を、剣を、振り上げた。

刹那、身震いするほどの殺気を体にあびる

俺達は一緒に飛び去り、身構えた。

扉が不気味な音をたてて開く。

黒いローブを被った何かが、何かを引きずりながら部屋に入る。

被ったフードのせいで顔は見えそうにない、俺達は数秒睨めっこした後、そいつが先に口を開いた。

「元気そうで何より」

可愛らしくも影に凛とした気配のある声がフードから聞こえる。

そいつは天界側の兵と思われる者を地面に転がした、無残にも喉を何かで斬られたうえ、右足はそこに存在していない。

「…仲間じゃないのかよっ…!!」

「………天界は弱肉強食、こいつが弱くて、私が強かったというだけの話……」

血塗れたそいつの手は腰にある柄におかれる。

「…………お前は誰だ」

「私の顔を思い出せないような奴ならば、教える義理も、生きる必要もない」

ふと風感じた、が目の前にはすでに誰もいなかった。

かわりに背後から冷たい刺すような殺気。

しまった、と後ろを振り返るが、そいつは既に音もなく抜刀していた。

だがこちらの剣士も負けていない、ティアは俺とそいつの刀の間にレイピアをすらりと入り込ませる。

刀は俺に届くことなく、レイピアによって弾かれた。

黒い剣士は弾かれた刀の威力を利用して宙に舞った。

そして音もなく、ふわりとローブをなびかせて着地する。

「…………お前、私の剣が見えたのか……」

「ん?あぁ、まぁな」

「……これから死ぬお前らではあるが、騎士として、その強さに無礼を働かせたことを詫びよう」

なんと、黒い剣士は深々と俺達に一礼した。

「まぁ、騎士とはほど遠い、ただの操られるだけの殺人マシーンではあるが、名を名乗らせてもらおう」

そいつは刀を大理石の床に突き刺した、俺は睨んでそいつを追う。

ローブの紐をするりと解くと、はらりと床に落ちた。

「私はアモル、レイト第三皇子の暗殺の命をうけ参上した……その命貰いうける」

銀髪とも白髪とも言える髪を二つにまとめた赤目の女の子だ。

何故か右顔を黒い布で隠している、勿体ない、せっかくの美人なのに。

だがアモルという名は聞き覚えがある。

だが霧を掴もうとするかのように、近づいては消えていく。

なんとももどかしく、俺は顔を歪めた。

けれども確信できることがある。

前のアモルというやつは、多分こんな奴ではなかった気がする。

こんな、冷たい目はしていなかったはずだ。

もっと笑顔ある明るい女の子であった気がしてならないのだ。

「ねぇアモルさん」

するとキャンディーは床から立ち上がって、女の子に問いかけた。

「なぜレイト君は記憶がないの?」

「……知らない、そいつが…」

「でも貴方はレイト君を知っているような口ぶりだったわ」

「………………」

「レイト君が私達のところへやって来たのは五年前、何か関係があるのでしょう?」

女の子は完全に口を閉ざした。

まるで、そうです、と言わんばかりに目を逸らした。

「お前らに話を聞く資格などない。特にレイト、貴様は死を持って償え」

アモルは刀を構えた。

するとティアはレイピアを握りしめ、俺の前へ一歩大きく踏み出した。

心なしかレイピアはカタカタと震えている。

「剣士が相手なら俺がやるべきだろう?相棒」

「なっ……馬鹿野郎!俺もっ……!!」

俺はティアの横顔を見て、ピタリと言おうとしたことを止めた。

そう、こういう時に言う言葉は違うだろう?

俺は握りしめた拳を緩めた。

「……あぁ、信じてるぜ。相棒………生きろよ」

「極めて了解」

ティアはレイピアを構える。

二人の剣士は互いに睨み合う。

始まりは一瞬だった、アモルが右足を踏み出したと思ったら既にティアの頭上で刀を振り上げていた。

ティアはレイピアを盾にし、降り注いだ重い一撃を火花を散らしながら受け流した。

あの白く細い腕のどこからあんな一撃をだせるのか。

アモルの攻撃は止まらない、二人の火花散る攻防戦をただ見ていた。

だが相手の剣士は相当の手練だと、俺が見ただけでもわかる。

刀が弾かれた威力を利用し飛躍したり、流された刀がすぐに動き、次の一手を体が覚えているかのような動き。

一撃一撃の重さ、滑らかに滑るように繋がる一手、なんとも強く美しい剣だ。

それを、あんな小さな可愛らしい女の子がやっているのだ。

ティアもそれに気づいていた。

それと同時に攻防戦の勝敗も気づいていた。

刹那、ティアが刀による攻撃を流しけれずに、なんと壁まで飛ばされた。

鈍い音を立ててぶつかる、細い呻き声が空に消えた。

俺達はそれをただ口を開いて見ていた。

「…………所詮は人間、か」

アモルは刀を、まるで付着した血をはらうようにし、鞘に収めた。

「私は待った」

ブーツで大理石を強く踏みしめた。

「四年も待ったっ……!!」

感情的になるそいつは、俺のマフラーを掴み、引き寄せた。

キャンディーは手を震わせ、口をぱくぱくさせながら目を涙でいっぱいにしている。

「忘れたとは言わせないぞっ!!!??」

俺は締められる首から情けない嗚咽を漏らす。

抵抗しようと手をあげた、炎をともそうと力を込めた、ができなかった。

できなかった、今ここで俺が手をあげたら、きっと俺は俺を許せない。

俺の中の知らない誰かが、「やめろ」と必死に叫ぶ声がしきりに聞こえる。

向こうでティアが、体を動かそうと地面を這っている。

 

お前は誰だ。

俺は一体誰なんだ。

お前は、俺を知っているだろう。

 

「私の、私のお兄ちゃんは、インセット=テラスは、どうなったっ!!!!」

「………………イン、セット…………?」

聞いたことある、その名前を俺は知っている。

霧が晴れる、蓋が外れる音がする。

そう、あの日を、俺は知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ、走れレイト!!!」

 瓦礫が崩れる音。

「わかってらぁ!!」

 炎が地面を這う気配。

「お前が父様をやったのかっ!?」

視界をちらつくニヤニヤとした顔。

「レイトっ!!クソッお前何者だ!」

遠ざかる声。

「…………ろ…翼…………ひろ……」

しきりに叫ぶ声。頬を叩く風。

「く……もう…………下界…………レイ…」

霞む視界。

「翼を広げろっレイト!!!!」 

声が聞こえたと思った、だがすぐに遠ざかる。

身体が勢いよく何かにぶつかる、ボコボコと泡に包み込まれる、身体が重くて、息ができなくて、冷たくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギリギリと首を締めつける苦しさに我に帰った。

「アっ……モ、ル…………やめ……」

こんな小さな女の子を何故忘れられていたか。

細い腕で俺を押さえつけ、赤い瞳は涙でいっぱいだ。

こんな、泣き虫で優しい女の子を、俺が傷つけられるはずがない。

俺は震える手をアモルの手にそえた。

「ぁっか………はっ……な、き…虫なのは………かわら、ない…なっ……」

アモルは目を大きく開いた、涙がポロポロとこぼれる。

「すまっ……んな……」

「っ…………いまさらっ遅いよ……」

アモルは力を弱めた、俺はその隙に蹴り飛ばし脱出する。

「……あぁ、思い出したよ。自分が何者で、あの日あの時、何があったのかもな。でもな」

俺は拳に力をこめる。

「それを理由に仲間を、見捨てるわけにはいかないんだよ……!」

「あぁそうか…………お前は、人間の味方をするのか……」

俯いたアモルがボソリと呟いた。

 「違うっ!!人間とか人間じゃないとか関係ない、俺は俺の守りたいものを守るだけのことだ」

アモルはぬらりと地面から立つ。

でも何だろうか、アモルの影が動いているような、影の中に何かいるような。

「レイトっ!!!!」

何か鋭い何かが俺の隣を通り過ぎ、壁に突き刺さった。

ティアがとっさに投げたレイピアだ。

その剣先には生き物とは言えないなにかが、形はまるで手のような物体が激しくもがいてる。

「舞踏会」 『没 限定公開』

俺は皿に美しく盛り付けられた肉をフォークでぶすりと刺した。
そのまま口に運び、赤ワインを一口。
弦楽器や管楽器が奏でる旋律が優雅に巨大なホールを包み込む。
今夜は王族主催の歴史ある舞踏会が、我がウル家の城で開催されている。
俺はキャンディーことナイラに、髪を上げた方がカッコイイとかなんとか言われて無理矢理させられた上に、タキシードを着せられ、マフラーを取り上げられた。
要は機嫌が悪いのだ。
次々にやって来るお客、お偉いさんの挨拶をくぐり抜け一息ついているところだ。
といっても、ホールの一番目立つところの席なのだが。
隣に座るナイラが俺の両頬をぐいっと引っ張る。
「レイト君しっかりしなさい!ほら笑って!皆さんがいるのよ?」
「へっらいやら」
絶対やだ、と不機嫌そうに言う。
すると後ろからカツカツと音が聞こえ、客人かと思い慌てて立ち上がった。
だがその顔をみてさらに不機嫌になる。
アモルだ、だがアモルも不機嫌なようで刀から手を離さない。
理由は単純明快、いつもの隊服ではなくドレスを着ているということだ。
「上からお前の護衛をやれとうるさいから、しょうがないと来てみれば……」
「あら、気に入らなかったかしら?」
ナイラが笑顔で首をかしげる
まぁ、似合っていないと言えば嘘になる。
真紅のドレスは丈が短く足の露出が多い、多分動きやすいから選んだのだろう。
赤い宝石がポイントの黒いチョーカーはきっと宝石がインカムだ。
白いサラサラの髪をツインテールではなく上で1つに、これもまた赤いバラの髪留めでまとめている。
傍から見れば絶世の美女、いや少女なのだ。
こいつは歩けば花、刀を持てば蝶のようなのだ、口を開かなければの話だが。
アモルは不満そうにスカートの端をつまみあげる。
「これ用意したのキャンディーさんですか?もっと、そのー、動きやすいものはなかったのでしょうか」
「女の子がせっかくの舞踏会に可愛い格好しないなんて勿体ないわ!」
「あの、私仕事をしに来たんですけど」
アモルは俺の隣の席にどかりと座ると、ジュースに手をとった。
「おいアモル、お前が居るならシスコンもいるだろう。どこいった」
「お兄ちゃんなら、表で関係者最終確認してから来るって」
まったく、こういうのはしっかり仕事するやつだ。
アモルは周りを警戒しながら、もちろん座っていても刀は離さずに、ジュースに口をつけた。
「なぁ、毎回毎回思うんだがな?俺は自分の命ぐらい自分で守れるぞ?なんならお前らも守れるぐらいは……」
「上からは確かにお前を守れと言われたが、私はお前じゃなくキャンディーさんを守りにきてんだ。それにお前勘違いしてるぞ」
「は?」
「強い力は管理していたいのさ、上は守れ、だなんてとんでもない。お前を監視していたいんだよ、変なことしないように」
「なるほど、クソ不愉快だな」
俺は机に頬づえをつき、フォークを咥え口で遊ぶ。
すると、いそいそとメイドが後ろから話かけてきた。
「レイト様そろそろお時間にございます」
「………そうか」
俺はため息をつく、全く本当にめんどくさい。
長ったらしい話をしなくてはいけないらしいので、俺は『ゼウス』を頼ることにした。
全ての神々の父である、全知全能の天空神ゼウスの意志が宿る俺には、雷は操れはしないが人と神々双方の秩序を守る主神たるゼウスの意志、意志自体を能力とした俺の話なら誰もが聞いてくれるだろう、ということだ。
俺は意識を一点に集中させる。
周りから音、色、時間が消えていく。
ただただ静かな白黒の世界になった時、男が目の前に現れる。
ふわりと舞い降りたそいつは風もないのに、背中の赤いマントを翻して地面に足をつけた。
黄金の鎧を纏い、あの名高いアイギスの肩当をつけ、引きずるほど長い赤いマントは風もないのに揺れている。
伏せていた顔をニヤリと笑いながら上げたやつは、腕を組むと楽しげに語り出した。
「よう、我が子孫レイトよ。久しぶりよな」
「そうだなゼウス、さっそくだが聞いていた通りだ。力を貸してくれ」
「全く、全知全能の神の力をめんどうだからと使う後継者は初めてよ。だが良し」
ゼウスは歩き出すと机の上のワインボトルを手にし、ガブガブと飲み始めた。
「勝手に体を操ってはアポロンが黙ってはいまい」
ワインを片手に、何もない場所に腰をおろそうとするところに王座が現れる。
そして俺を指さした。
「久しぶりに喧嘩でもしろ、レイト」
「は?何いってんだ……」
「いやな、最近力を使わぬではないか。アポロンが暇をしておったゆえなぁ」
「それは本気を出したら死人が出るからだ」
「いいや違うなぁ」
顎を撫で、ニヤニヤと美しい美貌で俺を苛立たせる。
「お前は諦めたのだ、全てを諦めた。臆病にも誰かが傷つくのを恐れた、今まで散々邪魔者は蹴散らしてきたくせに」
「俺が………諦めた?」
「そうだ。お前は素手を使わなくなった、直接攻撃をしようとすると必ず手が震えているのに気づいているか?お前は無意識に遠距離の攻撃に、さらには威力落としているのに気づいているのか?」
「何を言って、俺は今でも……」
「お前にはもう、誰も傷つけることはできない。同時に救うこともできない。誰かを助けるということは誰かを捨てるということだ、だからお前を臆病だと、諦めたのだと言っている」

『ソレイユ』 一日目 『没 限定公開』

昔の話をしようか。

 
俺の昔の話を。
大した話でもないので、何か口に入れながらでも聞いてくれ。
 
じゃあ始めようか。
 
 
まだ希望に満ち溢れていた頃の太陽の話を。
 
 
 
 
 
 
 
春の優しい風が木々の間を駆ける音を、空を眺めながらただ聴いていた。
俺は森の、そこだけはまるで近づかないようにしているかのごとく、ちょうど木々が生えていない上が吹き抜けた草の上、のさらにその草の上に不自然に存在する巨大な岩の上に、俺は寝ている。
「よっ、と」
足を自分の頭まで振り上げ、手を岩につき、これでもかと手を押し出す。
岩から飛び降り、草の上に降り立つ。
「さて」
白いマフラーを整えて、足を踏み出した。
今日はいつも通る森の道を歩き出口を目指すことにしよう。
小鳥たちは清々しい朝のように歌う。
陽光は木々の生い茂る葉によって遮られ、木漏れ日として気持ちのよい光だ。
暖かい気温が眠気を誘い、欠伸を大きく一つすると視界に、ちょうど背伸びすれば届きそうな、赤々とした林檎が木に数個ぶら下がっているではないか。
「ラッキー、いただきま〜す」
片足で地面を蹴って飛び跳ね、林檎を一つむしり取る。
ひらりと地面に着地し、試しに林檎を一齧り。
「んぅ、こりゃうまい。もう一個だけ」
そうさっきのように飛び上がり、林檎をむしると片手でしっかりと握って、再び歩き出す。
林檎にかぶりつきながら、モグモグと口を動かす、今日の晩飯何かな〜。
そんなこんなで数分歩くと、前方から草の匂いが風に乗って漂ってきたのでそろそろであろう。
そう思った直後、目の前は見渡す限りの草原でどこまでも続いているのが木の奥からみえる、その周りはやっぱり森で、草原を取り囲むように森がある。
その広大な草原の真ん中、ポツリと遠くにみえる白い建物。
森を抜けて草原の匂いと太陽の温かい光に目を細める。
俺は唯一、道として続く茶色い地面がむき出しの道を踏みしめる。
最後の林檎をかぶりつく。
甘い林檎の汁が口に広がる、もうちょっとだけ頂戴したかったものだ。
段々周りの草は俺の背丈を超えていき、草に囲まれる感じになった時。
到着した。
建物の白いドアには、黒い板に白い文字で『ソレイユ』と刻まれている。
俺は林檎のしんを草むらに放り投げると、ドアノブに手をかけた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今俺は12歳なので5年前だったか。
俺は空から落ちてきたらしい。
落ちる、というのは言葉のとおり落ちる、である。
俺が7歳の時だ。
偶然、現在の親友が生活用水としている湖に朝食のため、必要な水を汲みに来ている時。
偶然、俺が空から落ちてきて。
偶然、湖に落下し。
偶然、親友が俺を拾ってくれた。
偶然、外傷はなく「ソレイユ」に引き取られ。
偶然、記憶が無く、身よりもないのでそこに住むことになった。
偶然の偶然が重なりあって、俗に言う「奇跡」というものに俺は助けられたところからこの物語は始まる。
目を覚ました俺が最初に見たのは、輝く黒い瞳で俺を見つめる俺ぐらいの少年と、俺ぐらいの、オドオドと少年を引っ張る少女であった。
その少年は、今後俺の親友となる、ティア=ヴェルダー。綺麗な黒い瞳と同じく濡れたような黒い髪の毛はところどころツンツンしている。
少女の方はこれから俺達パーティーの大事な仲間になる、キャンディー=ソルシエール。そしてなんと長い髪か、フワフワしてそうな柔らかい綺麗なブロンドの髪を三つ編みでまとめ、前髪には茶色も入っている。サファイアとアクアマリンが混ざったような色の瞳、何より少女のもっとも特徴的なのは、絵本に出てきそうな魔女の服。
黒いゆったりとしたローブは地面を引きずっていて、けれど上半身は体のラインがわかるほどピッタリとしている。
この2人は俺が初めて記憶喪失してからできた友達である。
俺の記憶喪失は激しいものであった、そりゃ空から落ちてきたのだから死ぬよりましだが、覚えていることは名前とあと一つだけだったのだ。
俺が拾われた「ソレイユ」という組織のボスであるフォルは、そんな何者かわからない、空から落ちてくるような得体の知れない俺を引き取り、俺の居場所をくれた。
その居場所はまるで太陽のように暖かくて俺は、自分も「ソレイユ」の一員になりたくなった、なって、素敵な居場所をくれたみんなに恩返しをするのだ、居場所だけじゃない、命を救ってくれたことも、一生では返せない恩だ。
そんな俺はまだ8歳で、ある決意を決めた。
 
 
「ただいま〜」
俺はドアを軽く背中で押して閉める。
ズボンのポケットに手を突っ込み、ドアの目の前にある木の階段に足をおく。
すると、階段の上から若い見慣れた男が俺を見ていた。
黒いコートに黒いブーツ、黒い髪の毛、青い目、身長は180cm、年齢24歳前後。全身黒い不審な男にしか見えないのでお願いだから一色くらい服に違う色を入れてくれ、と思うばかりだがこの男は、フォルという上司であり義兄である。
そしてティアの実兄だ。
フォルは呆れたようにため息をついて手すりに寄りかかった。
「おいレイト……。お前この前の盗賊団の依頼で、喧嘩しないって言ったよな?被害出さないって」
「そんなこと言ったか?フォルの気のせ…ぃだぁッ!!!」
すると上から分厚いファイルが見事に俺の頭に直撃した、激痛がぐわんぐわん頭から波紋のように広がる。
「何すんだよ!!!言っとくが俺は悪くないぜ!あっちが先に喧嘩売ってきたんだ!」
「馬鹿野郎!!ソレイユは財政難なんですぅ!レイトが暴れまわった後始末を出来るほどの金はこれっぽっちもねぇんだ!」
「だから俺は壊してねぇって!!」
「あっちもこっちも同じだ!破壊をさせるな!」
「そんなの無理に決まってんだろうが!!」
俺は階段をドシドシとのぼりフォルの隣に並ぶ。
フォルはマントを翻し、上から俺を見下ろす形になった、さらにそれが腹を立たせた。
俺は足を踏みつけてやろうとする衝動をおさえつけ、代わりにこれでもかと睨みつける。
すると馬鹿のように声を張り上げるやつが、小さな子供たちを引き連れてやってきた。
「見ろお前たち!まぁた、レイトとボスがこわぁ〜い顔して喧嘩してるぞ〜!!」
「レイトお兄ちゃんお顔怖いよ〜!!」
「……ティア」
「兄さん許してやってくれや、レイトも悪気があった訳じゃないんだよ」
ティアは子供たちをくぐり抜け、俺の隣に並ぶと微笑む。
「そうだフォル!俺は市民の安全をだな……」
「お前は調子に乗るなレイト!」
フォルは俺を一喝すると、深いため息をついた。
サラサラした黒い濡れたような艶のある髪を耳にかける、これはフォルが何かを考える時の癖だ。
フォルは腰に手をおくと唸り始めた。
我がソレイユが財政難なことは痛いほど知っている。
ソレイユは言ってしまうとギルドに近いだろう、依頼された仕事を選び取り、内容をクリアしたことで報酬金が貰える。
だがソレイユの人間は多くがその報酬金をボスであるフォルに納める、それはソレイユが身寄りのない者たちで構成された組織であるからだ。
例えば目の前にいる数十人の子供たちは、この周辺に捨てられ、または依頼で訪れた土地で、拾ってきたあてのない子供たちをこの場所で育てているのだ。
勉強は俺達が教えているし、その後のことは子供たち自身に任せているし、もちろんここが嫌なら俺達は全力で里親になってくれる人を探す。
 であるが多くの子供はここに残り、ソレイユのために働いてくれるのだ。
子供たちだけではない、戦場で負傷し捨てられた兵士や家の無くなった家族などもソレイユにはいる。
だがその数に対し、働く者があまりにも少ないのだ。
例えば100人ソレイユに居たとしたら、その中の10人だけしか働いていないということだ。
その少数でソレイユを運営していく金を手に入れるのは大変なことだ。
ただでさえ大変なのに、最近は軍に目をつけられ、うちの実力者であり収入源を半分も持っていってしまったのだ。
フォルは腰においた手をおろし、ピシャリと言い放つ。
「しょうがない、ティア!」
「なんだ兄さん」
フォルはふわりと手を上げ、まるで細い糸がそこにあるかのように空をつまむと引き上げた。
すると、先程頭に落とされたファイルはフォルの手の中に飛び入った。
それからも触れていないのに、パラパラとページはめくられていき、ピタリと止まったと思ったら、今度は資料がフォルの周りに展開されていく。
フォルは俗に言う「エスパー」なるものだ、だがそこらのエスパーと一緒芥にされてはソレイユのメンバーとして黙っていられない。
フォルはサイコキネシステレキネシス、テレパシー、サイコメトリー、テレポーション、そしてその気になればパイロキネシスだって使えるスーパーなエスパーなのだ。
さらに念力の範囲だって異常だし、ほんとにこいつ人間かって……。
そんなことを思った瞬間、展開されていた資料が俺の顔面に張り付いた。
「もごっ!?」
「あ、それだよそれ。見つけてくれて、ありがとう」
「むぐぅっ!?……っ何がありがとうだ!わざとだろお前ぇ!!?」
「うるさいわ、いいから見てみろ」
俺は促されたので、顔から剥がした資料を手にティアにもわかるように音読する。
「なになに?…………えー、場所は……ノーランス帝国?」
「ノーランス?北端の国じゃないか、ここから3日かかる辺境だぞ」
ティアは俺のもつ資料を覗きこんできた。
「ノーランスといえば今は春だから大丈夫だが、冬は極寒の豪雪地帯だ」
「……俺寒いのは嫌だかんな」
「だから大丈夫だって、今は春だからノーランスはきっと夏だ。夏でも涼しいぐらいの気温だからちょうどいいはず」
「なるほど」
俺は再度資料に目を移す。
「…………報酬金10万ルナー!?」
「新築1件建てられるぞ……!」
「これだけあれば、お前の損害全部返せるし、余った金でガキどもに新しい服を買える」
「フォル!本当に!?」
「あぁ、お前らにレイト兄ちゃんからのプレゼントだとさ」
すると子供たちは笑顔で嬉しそうに俺の周りにわーわーと押し寄せる。
俺は子供たち一人一人頭を撫で回しながら資料をみる。
金額がこれ程なのだからきっと依頼内容は難しいものなのだろう、そこに書かれていたのは。
「ドラゴン退治?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「急げ急げ!!列車でるぞ!!」
「レイトが昼メシ買い込むから!!」
「あわわわわわっ」
俺達は大きな荷物を手に、駅のホームを走り抜ける。
キャンディーは、自分の身長以上の杖にちょこんと可愛らしく乗り浮遊している。
ふわふわなびくスカートの裾からは雪のように白い足が時折パタパタと顔を覗かせる。
「レイト君っわ、わ私が服選ぶの遅かったからぁ……」
澄んだ青いアメジストの目からは、涙がじわりじわりと滲み、今にも溢れそうである。
俺は罪悪感が胸を刺し、なんとも微妙な顔つきで謝ろうと口を開いた。
だがホームに鳴り響くアナウンスが俺の声を遮った。
『3番線ノーランス行の列車、まもなく発車いたします』
「飛び乗れ!」
俺達はティアの合図で何とか列車に飛び込み、扉はしまった。
そのまま数秒固まり、俺達は顔を合わせると床に座り込んだまま大笑いした。
 
 
 
俺達は指定席へと向かう、様々な人たちが本を読んでいたり、寝ていたり、食べていたりするのがやたらと不思議に見えた。
俺達は大きな荷物を半分引きずりながら、個室のドアを開ける。
そこは二段ベッドが2つと小さな机が1つ、椅子1脚ある少し余裕のある部屋であった。
ティアは左側の一段目に荷物をなげる。
「じゃあ俺達はこっちのベッド使うから、キャンディーはそっちを使ってくれ」
「う、うん。ありがとうっ」
「おいティア、ノーランスまでどれくらいかかるんだよ」
「そうだなぁ……3日ちょいか?」
「3日!?退屈で死ぬぞ!」
「知らねぇよ」
ティアは荷物の中から愛用のレイピアを取り出すと、膝に置いて丁寧に手入れを始めた。
 キャンディーも腰を下ろすと何やら普通ではない眼鏡をかけ、なんとも分厚い本を読み始めた。
俺は2人をみてからつまらなそうに列車の窓から外をみる。
外の景色は流れるように変化しているだけで、見ていても面白いものではない。
窓を少し開ける、それから椅子を持ってきて座り、手を開いた。
俺には炎を自ら生成し、意のままに操れる能力がある。
記憶を無くして初めて使った時、それはキッチンで蝋燭に火を灯すためマッチを使ったら炎が何故か爆発、俺は丸焦げだがそれは煤や髪が焦げただけだったという偶然からだった。
まぁフォルが言うに「化け物級」なのだそうだ。
炎を操るやつなんて世界に万といる、だが俺のように炎を戦闘で使えるほどの火力とそれを操る才能があるのは片手しかいないという。
よくわからんが、とにかく凄いらしい。
俺は目を閉じて手のひらに小さな炎のイメージを練る、今にも消えてしまいそうな小さな炎を。
ふわりと手が暖かくなり、目を開けるとユラユラと踊る炎が手のひらに現れる。
思わず微笑むと、それに答えるかのように火の粉がパチパチと吹き上がった。
するとどこからともなく、何か焦げた臭いが窓の外から漂ってきた。
俺は一瞬、やってしまったかと焦ったが部屋はどこも燃えてはいない。
臭いはどうやら部屋にすぐに充満したらしく、2人共顔をしかめて俺をみた。
「…………おいレイト、冗談キツイぞ」
「いや俺じゃないから!」
「えぇっ!?お前じゃないの!!」
「ぶっ飛ばすぞ!!確かに今炎出して遊んでたとはいえ……」
刹那、列車が巨大な衝撃と音に激しく揺れた。
窓は衝撃に耐えられず音を上げて壊れ、破片が中を舞い、顔や腕を掠った。
ティアやキャンディーの方に舞った破片を、炎で薙ぎ払うようにして防いだ。
「あ、ありがとうレイト君」
「気にすんなっ……大丈夫か二人共」
「あぁ、ちょっとビビったわ。しっかし何事だよ」
俺は窓から身を乗り出す、ゆっくりだがかろうじて列車はまだ動いている。
そして衝撃の原因と思われる、後方車両が黒く、煙を上げているのが見えた。
俺は破片を踏まないようにして、部屋の中心に集まる。
「おいレイト、こりゃいい暇つぶしができたぜ」
「……そうだな、楽しい喧嘩ができるといいんだがなぁ」
ティアは不敵に笑うと、剣帯を腰に巻いて愛剣をそこにさした。
「でででも、ティア。他の、じょ、乗客とか……」
「そうだな、じゃあキャンディー。お前は他の乗客をなるべく一箇所に集めて守ってやれ」
「わ、わかった」
「俺とレイトは列車の前と後ろで別れよう、何かあったら叫ぶわ」
「了解」
俺はマフラーを緩めて、思わず弾む足を抑えて扉まで歩く。
ティアとキャンディーを扉の両脇に待機させる、もしかしたら扉の向こうで敵が潜んでいる可能性があるからだ。
ティアがゴーサインを出したのを見て、俺は扉を蹴り破る。
俺は一番に後方列車の方に走り出した。
割れた窓の破片を踏みながら走っていると、メイスを右手に握りしめた屈強な男がズルズルと何かを引きずって歩いてきた。
これはしめた、俺は先手必勝だと言わんばかりに拳を握りしめ、軽く飛び上がると相手の顔面に振り下ろした。
だが、鍛え上げられた筋肉のついた左手は引きずっていた何かを投げつけ盾にした。
俺は構うものかと、拳に炎を纏わせようとして止めた。
投げられた何かとは、血にまみれた車掌だったからだ。
「クソッ」
俺は車掌を体で受け止めるが、宙に浮いていた体はぶつかった衝撃によって床に叩きつけられた。
「おいっ!お前大丈夫か!?」
「ヌアァァァァァァッ!!」
雄叫びを上げながらメイスを振り上げた男は、車掌ごと俺を潰そうという考えらしい。
「パーゴス!!」
聞き慣れた可愛らしい声が背後から聞こえたと思ったら、氷の塊がメイスにぶつかり、瞬時に四方八方へと氷柱が伸びると男の腕を封じた。
「レイト君!」
「キャンディーでかした!」
俺は車掌をそっと置くと、相手を足で払いバランスを崩させ、腹に左アッパーをお見舞いし、最後に顔面に一発入れた。
男はフラフラと数歩動くと、床を揺らすほどの勢いで倒れた。
俺は起き上がらないことを確認すると、後ろを笑顔で振り向く。
「助かったキャンディー、やっぱり俺達脳筋にはキャンディーみたいな周りに気を配れる後方支援がいないと……」
「こここここの人治してきますぅー!!!」
キャンディーは何故か車掌を強引に引きずりはじめた。
「うぉいっ!?運べないなら俺運ぶから!」
俺はキャンディーから慌てて車掌を奪い取り、背中に背負う。
白いマフラーは車掌から垂れる血によってぽたぽたと模様を作る。
「だ、駄目だよ!レイト君汚れちゃうっ」
「俺は気にしないから大丈夫だ、それより早くこの人を」
キャンディーはパタパタと走っていくのを見届け、俺も一歩踏み出した。
後ろから男が立ち上がっているのを知っていて。
「なるほど、そこまで俺を殺したいのか」
男は凍ったままの腕を俺に叩きつけた、だが届かず。
「すまんな、防衛反応なんだ。恨んでくれるな」
体からチラチラと抑えきれない炎が火の粉をあげる。男の腕と俺の間の数cmには炎が湧き上がっていた。
「カッ……ガァァァァァァァァァ」
腕が氷はみるみる溶け、灼熱の炎が代わりに腕を包み込んだ。
男は余りの熱さに声をあげて床をのたうち回る。
「安心しろ、軽い火傷で済むさ。何故か俺の炎は人を殺さないんだよ。なんでだろうな」

「騎士の月」 『没 限定公開』

桜舞う春の香りが鼻をかすめた。
それは一瞬のことで、すぐに現実へと急降下だ。
弓をしまい、汚れ仕事がひと段落したので安堵の溜息1つ。
俺は太陽が大っ嫌いだ、恥ずかしながら羨んでいる自分が嫌だ。
太陽は何でもできた、みんなにも好かれた。
それすら才能のように太陽はみんなの目を奪っていくのを見ていた、そんな自分も太陽に惹かれていたとは知らずに。
太陽は優しい光を周りに振りまき、闇を振り払う、時には牙を向いて人だって殺められる。
太陽はこの地上において無くてはならない存在で、この世界を掌握している。
そんな太陽がこの世で一番憎かった。
だが今は大切な人のため、この手を汚すしかない、それを太陽も大切な人も知らない。
でも太陽はいずれ沈み、月が地上を支配する。
月は穏やかな光を柔らかに放つ、空高く一等に輝いているはずなのに、周りの星たちのことを忘れない。
太陽とは正反対の存在だ。
俺はそれに惹かれた。
月がのぼる静かな夜、カツカツと俺の足音がやけにうるさく聞こえる。
やけに重たい扉を開け、暗い王座の前で膝をつく。
並ぶ大きな窓からは月が輝き王座を照らす。
「今宵は月が大変綺麗にございます、姫」
王座の前で優雅に立つ彼女は微笑んだ。
「そうね、私も丁度貴方に言おうと思っていました」
俺は彼女に向かって手を差し出すと、ひんやりとした手が俺の上に重ねられる。
「今日は会いに来てくれないとおもっていました、インセット」
「ごめん……仕事が思ったより長引いて」
「妹さんは、元気ですか?」
「あぁ、アモルは元気に天界で暴れてるさ」
「でもお身体が弱いのでしょう」
「大丈夫さ、この国の医療技術のおかげで日に日に良くなってる」
「それは良かった」
彼女の手を握り立ち上がる。
鮮やかな赤い髪がサラサラとなびく、顔にはベールがかけられ胸には赤い宝石が月光に煌めく。
「昔を思い出しますね、インセット」
「そうだな姫様」
「貴方は私を守る騎士、私は貴方に守られる姫。たった数年前のことですが」






硝煙と酷い臭いが鼻をついた、状況は絶望的。
国が戦乱に巻き込まれ街中に火の手がおよび、逆賊は至るところに。
「姫様!国外へお逃げください!この国はもうもちませぬ!」
「いいえ、我が命は民と共に、国と共にあります。逃げるなどということは私の中にはありません。逆賊の狙いは私の命、貴方達はお逃げなさい」
臣下たちは皆悔しそうに顔を歪ませる、やけに美しく佇む今宵の月が笑っているようだ。
「姫様をおいてそのようなことはできませぬ!」
「私めも残ります!私の命は姫と共に!」
「我も!」「僕も!」
「貴方達……。まったくしょうがない、立派な臣下を私は持ちました……。お母様になんとお顔を向ければよいのでしょう」
逆賊が最後の砦である王座へと急ぐ音が聞こえる。
最後にみたのが、この美しい月で良かった。
「姫の命貰いうける!!」
逆賊たちが王座の扉を破った刹那。
たちまち逆賊はバタバタと倒れていく、まるでドミノ倒しだ。
「逆賊の命貰いうけるー、なんちって」
と、逆賊の屍に囲まれた1人の男がナイフを慣れた手つきで、回しながら近づいてきた。
彼はつまらなそうな顔で、けれど美しい顔立ちの青年だ。
「姫様ご安心をー、俺はただの通りすがりの医者ですー。奴らとはさっきすれ違っただけでさー」
生き残りの逆賊か、刃物をもち彼に襲いかかった。
「危ないっ!」
彼は気づいていたかのようにふらりと身をかわす、だが逆賊は私に向かって刃をむいた。
「てめぇそこ動いたら姫の命はないぞ!!」
「……これは困った困った」
彼は手をあげる。
「ナイフを地面におけ!!」
「…ナイフなら既に離したぜ」
すると逆賊はばたりと倒れた、背中には彼のナイフが深々と刺さっていた。
彼はナイフを引き抜くと腰の鞘に収めた。
医者だと言っているが、本当に医者なのか。
「まぁ、手上げた時にナイフ上に投げただけなんだがなぁ」
彼はさて、と呟いて私の前で膝をついた。
「ご無礼をお許しください姫」
「……救っていただいたこと心から感謝いたしますが、貴方はいったい何者で」
「天から参上仕った者、強いていえばただの医者です」
彼は顔を上げるとニコリと笑う、少年のような笑顔だが私には作り笑いにも感じた。
「天とは、何のことでしょう。この世には神などとうの昔に消えています」
「姫がおっしゃるのであれば、そう思ってくれてかまいません。なんせこの国を天は上から見ておきながら、助けをよこさなかったのですから」
周りにいる臣下たちは先ほどから警戒態勢、だが彼はなにやら大丈夫な気がするのだ。
「失礼ながら姫、俺と2人で話をいたしませんか。この国の姫は大変心優しい、慈悲あるお方だとお聞きしました、であればこの俺の願いもお聞きしてくださると思い、今回参上仕った理由にございます」
「なっ何を言う!救ってくれたといえ傲慢だぞ貴様っ!」
「そうだ!ただでさえ逆賊が国家転覆を図っているというのに信じられるか!」
「姫様!この様なよそ者、しかも天から参上したなんという輩と二人きりなど許しませぬ!」
臣下が口々に彼や私に声を上げた、私を思ってのことなのだろう。
「俺にはっ!!」
そんな彼は臣下たちを黙らせるように王座に響き渡る声で叫んだ。
王座は静寂に包まれた、彼の目は私を見つめていた。
「……俺には体が弱く、持病をもち、決して永くない人生を送ってしまうかもしれない妹がいます。だけれど、俺が不甲斐ないばかりに、幸せとは言えない生を、俺が弱いために、道を誤らせてしまったのです。俺はそんな妹を助けたいんです、幸せになってほしいんです。武器を握り戦場をかけるのではなく、誰かのためにと傷つくのではなく、結婚して、普通に子供を授かり、家族に囲まれて幸せになってほしいんです。姫様、こんな何処にでもいるようなただの兄貴の願い、いや我が儘を聞いてくれはしませんか」
彼の真剣な目が月に照らされる。
「貴方、お名前は?」
「インセット=テラスと申します」
「ではインセット、むこうで二人きりでお話しましょう」
「なっ姫様っ!」
「私はこの方と2人で話をしたいと申しているのです!二人きりにさせてください」
どよめく臣下たちを一喝する、私には見捨てられない、世界にはこの方のように悩める人が万といるのだ。
せめて、目の前の人でも救ってやることはできるだろう。
私は王座の後ろに周り扉を開く、彼を先に部屋にいれて扉を閉めた。
「私の臣下がご迷惑をおかけしました。私を思ってやってくれているのです、決して貴方を」
「わかってますよ姫様」
「それではインセット、貴方の願いを聞きましょう。叶えられる範囲で努力します」
「その前にお名前をお聞きしても?」
「…私はこのルベル王国王女、イリスと申します」
「じゃあイリス王女、単刀直入に申しますとね、俺にこの国の医療技術を叩きこんでもらいたい」
「……確かに、ルベル王国は医療技術が発達していることにはそうですが……」
「この国は天界より医療技術が進んでいるってあのクソマフラーが………いえ知人に聞きましたので」
「先ほどから貴方は天、天界とおっしゃっていますが本当に存在するのですか?そんなものは絵本に出てくる童話の中、おとぎ話です」
「……そうですか、じゃあ」
彼は立ち上がると部屋の窓枠に手をかける。
「じゃあ明日また来ますわ!」
そういうと彼は窓から飛び降り、姿を消した。





「いやぁ、あの時はクソマフラーが珍しく真剣に言うもんで」
「口が悪いですよインセット、貴方は騎士なのですよ」

失楽園 第一章 第四節

いつもの服に袖を通す。

何故かここ数日から夢見が妙に悪い、今日は八年前の事を思い出してしまった。

そのせいか、俺は機嫌が悪かったのだろう、会議室に向かう途中誰も近づくことは無かった。

ただ一人を除いては。

「ねえ君〜、会議室って何処に在るん?ここは妙に広くてわからんくて〜」

「.....お前....見ない顔だな」

「まあ〜、それより会議室ですわ〜。この調子じゃ日が暮れそうで」

「...俺も向かう途中だ、一緒に来るか」

「おお!!ではお言葉に甘えて〜」

そうして見知らぬ男は俺の隣に並びたった。

よく見ればこいつ、見たことない制服を着ている。

背中に大剣をぶらせげているし、武人なのだろう。

怪しげな男はそうして俺の隣を歩いたまま終始無言であった。

「おお!!ありがとなお兄さん、助かったわあ〜」

そうして共に会議室の扉をくぐった。

そこには重々しい空気が漂っていた、皆銀の仮面を付け、まるで俺を待っていたかのように視線を感じる。

いや、俺ではない、隣の男だ。

男は背中の大剣を床に下ろした、柄に両手を置き堂々と立つ。

「......お初お目にかかる、世界政府軍元帥が一人、東の元帥アルブム=クラヴィス、貴公等に助力を願うため参上した」

世界政府軍、それは下界全体を取りまとめる組織、下界全体を一つの国だとするならばその国の軍隊の役割を果たす機関。

そして現在も天と戦い続ける者達。

下界の覇権は世界政府軍が握っており、政治も、外交も請け負う。

今まで俺達は自分たちの存在を隠してきた、名もない小さな帝国の小さな騎士団だ、それが強力な騎士団というならば下界にこき使われるのは目に見える。

俺達は小さな自分たちの世界が守れればそれでいいのだ、俺を除いた団員は。

「ようこそ御出でなさった、アルブム卿。今回このような小さな我々の帝国に何用か」

長机の最も奥に腰掛ける騎士長は陽光のおかげで顔を読み取ることはできない。

「助力を願いに。先日この帝国に熾天使が降りてきた、そしてそれに耐えたと噂になっていますゆえ」

「単刀直入で願いたい」

「.....情報提供と一時的な軍事協力関係を望みます、さすればこちらも貴公等からは手を引きましょう」

騎士長の目は鋭く光った。

突き刺すようなそれに俺は思わず俯いてしまった。

「ほう、同志を売れと申すか。貴殿等は悪戯に戦争で命を散らすばかりで全く戦場の戦士の事など考えぬ外道共に、同志に同じく戦場で華々しく散れと言っているのだな」

「否定はしない、確かに我らは外道である。同じ戦士として戦場に出れず、八年間悪戯に命を散らした。だがそれもこれまで」

そうして彼は負けず劣らず、騎士長に鋭い眼光をぶつけた。

「我々は天界へと繋がる入口を見つけた」

その一言で会議室は一気にざわめいた、皆口々に驚愕し否定的な言葉を並べる。

「世界政府軍は特攻隊を編成でき次第天界に突入する作戦を展開したい、その為にも数多くの強者が必要なのです」

俺はその話を聞いて思わず口を開いてしまった。

「......騎士長、発言の許可を」

「ルクス.....いいだろう」

そうして隣の男に向き合った。

アルブム卿は真剣な眼差しで俺を見つめるばかり、俺を試すような瞳だ。

「......アルブム卿、戦争はもう疲れた」

「ああ」

「天使共はひたすら降り続け、神はあの時以来姿を見せない臆病者だ。この戦争はなんの為に始まったのです?誰が何を欲し、求め、傲慢になっているのか。誰もわからない」

俺は拳を握りしめた、今も鮮明に思い出せるあの光景を。

何も出来なかった自分が憎い、それ以上に天が憎い。

その本山を叩ける、神を地上に引きずり落とせる、天使が空を羽ばたくことがなくなるならば。

「俺は貴方に加担しよう」

「......ルクス」

「騎士長、我々は今まで幾度となく天使を地に叩き下ろした。けれど一向に神は現れない、ならば元を叩くしかないでしょう。もう、やめませんか?世界を守ることは、帝国を守ることです。それをわからない貴方ではないはずだ、どうしてそこまで拘わるのですか」

騎士長は俺を見つめるまま黙り込んでしまった。

わかっている、騎士長にも譲れないものがあるなど、それでもそれがわからない貴方ではないはずだ。

一気に叩く機会だ、逃すわけにはいかない。

だが俺の予想を超えた騎士長はすっぱりと言い切った。

「.......いいだろう、アルブム卿」

「ありがとうございます」

「ルクス、アルブム卿を応接間に案内せよ」

「よ、良いのですか....?」

「お前は我儘をこねたわけではあるまい、何故そんな顔をする。誇りをもって胸をはるがいい」

そうして騎士長は立ち上がり、机に広げてある書類をまとめ始めた。

「これで会議を終わりとする。解散せよ」

「き、騎士長。詳しいことを」

「何故かような童のいうことを」

「騎士長」

「騎士長」

皆席を立ち上がり一斉に彼へ押し寄せた、同じ言葉を口にしてばかりで誰も聞く気などなかった。

俺は騎士長に一礼して会議室の扉を開ける。

「こちらですアルブム卿」

誰もいない静かな廊下を歩く、昼の暖かな陽光が床を反射して眩しい。

「ふーん、君が熾天使を止めたんか」

後ろからついてくる男は、先程の覇気など微塵も感じさせない柔らかな口調であった。

俺は彼の問いには答えず沈黙を貫いた。

「実は俺、戦争始まる前にその熾天使と兄妹の智天使とも剣を交えたことあるんだけどなあ。ああ、勿論『銀狼』のことなんだけど」

「......強かったか?」

「ああ、この兄妹だけで人間を滅亡させる具合にはな」

顔を伺うことはできないが、声の調子はなんだか楽しそうで、もしかしたら彼は戦闘狂なのではないかと静かに思った。

「でもおかしいんだよなあ」

「その兄妹がか?」

「違う違う。この兄妹が戦場に出ているのに、何故かなあ。レイト皇子が二人だけを出させるはずないのに、なんであいつは姿見せないんかなあ思って」

「レイト皇子......?」

「知らないんか?太陽神アポロンと天空神ゼウスの二つの神を宿す天界の皇子さ。戦争が始まる前の天界と下界の関係を再び戻した英雄、そして兄妹の主なのさ。あいつはそれは仲間を大事にする奴でな、自分の事のように泣くし怒るし笑う。そうだな、人間みたいなやつだったよ」

そうまるで懐かしむように喋る男は今まさに脳裏でそいつを思い浮かべているのだろう。

「まあ.....あいつがいれば戦争なぞ起こらんか...」

「死んだってことか?」

「それが全くわからん。噂ではレイト皇子はタルタロスに突き落とされたとか、戦争の為に俺達に再び歩み寄っただの、そんなくだらないことばっかりさ」

「......貴方はどっちの味方なんだ」

「正しい者の味方さ」

そうして俺は足を止めた、男も足を止める。

俺は後ろを振り返り脳裏を横切るそれを捕まえて言葉にした。

「正義などあるものか」

「全くその通りだ」

「ならば貴方がいうそれはなんだ」

「正義などない、同時に悪もない。正義の定義などなく悪の定義も存在しない」

男は右手を自らのこめかみに当てて爽やかに笑った。

「存在するのは意志のみ。己が正しいという意志が強い者が正義で、勝者だ。一般大衆が正義で異色少数が悪だ。なぜならそれが人だからだ」

「貴方がいうことが正しいなら。それは、嫌な生き物だ」

「そう我々は嫌な生き物だ」

男はこめかみから手を下ろすと横に並び立つ。

「それを愛した男がレイト皇子だ。彼は迫害されてもなお、信念を曲げることはしなかった。弱きをよしとし、強きもよしとした。彼は昔、『弱い者がいるのは当たり前で強い者もいるのも当たり前だ。ようは色んな人がいる中でどんな世界にしたいか、俺は下界も天界も平等な世界を作りたいよ』と言ったんだ。最高にクールだよなあ」

そうして太陽を見上げる顔は笑っていた。

思い出し懐かしむ顔を見たら、一瞬だけ会ってみたいと不覚にも思ってしまった。

「俺は天の味方ではない。レイト皇子の味方をしている、俺は彼の意志の強さが正しいと思うからだ、だから俺は彼の味方でありたい」

「そんなの裏切りと変わらないではないか」

俺は拳を握りしめた。

確かに会ってみたいとは思う、そんな真っ直ぐな奴が本当にいるのならば。

だが胸にくすぶるこの想いは、そんなもの許しはしない。

この想いはいう。

『ならば何故彼女は殺された?』

胸の中の悪魔が笑っている、以前はこんなに奴の声は聞こえはしなかった。

なるほど、俺の体はついにガタがきたということか。

『そいつはか弱い彼女すら、救ってくれなかったではないか』

あの時無様に泣く俺が脳裏をよぎる。

悪魔はヒタヒタと俺の心臓に近づいている。

『どこが平等な世界だというのだ!!!』

そうして心臓に手をかけようとした。

「黙れ」

俺は壊れかけの体を一喝し、男をみる。

「......応接間はこっちだ」

そうして全てのことに見ないふりをした。

 

 

 

「ではここで」

「ありがとなあルクス君、どうやら俺の急な訪問で本来の会議ができなかったらしいことは謝ろう」

「お構いなく」

俺は即さくと扉を閉め、廊下を早足で駆け抜ける。

何故俺はこんなにも息が上がっているのか、何を焦っているのだろうか。

気がついたら自らの部屋にいた。

心臓がうるさいのかそれともこいつがうるさいのか区別がつかない。

気のせいか、意識も朦朧としてきた。

その時、再び青いドレスが見えた気がした。

 

「やあい、生きてる?」

そこには人形を手にしたあいつがいた。

意識がはっきりしたと思ったら、またここだ。

見渡す限りの白い空間にもそろそろ慣れてきたものだ。

 「そろそろほんとに死んじゃうよ?おにいーさん」

「......黙れ、言われなくてもわかってる」

奴は相変わらず地に足をつけることなくふわふわと俺の顔を覗き込んでいる。

「僕との契約切っちゃえば〜?」

「それじゃ天使は殺せない」

「それもそうだ!おにいさんの願いがそれだから、僕は君と契約した。僕はまだ生まれ変わったばかりで飛べないんだ」

「.......どういうことだ」

「待ってるんだ」

悪魔はそう言って人形を握りしめ、嬉嬉とした表情で上をみた。

「おにいさんが天使を殺していけば、きっといつか出会える。僕の創造主、僕の主、僕の存在意義、僕の狂気。ああ、アモル.....君を数千年も待ったよ」

「アモル.....?」

聞いたことがある名前に首を傾げる、確かどこかの書類で目を通した時にそんな単語に出会ったことがある。

「もうすぐ......君に会える。おにいさんも感じるでしょう?」

ヒシヒシと何かが近づく足音を確かに感じる。

白い空間も何やら震え、喜びを表現しているようだ。

「......アモル。そうだ、その名は」

「そう、今は『銀狼』なんて呼ばれているらしいね。でも、君達はまだアモルの本気を知らない」

空間の揺れはどんどん増していき、地震のように揺れている。

「だって、彼女の『力』、今僕が持っているんだから」

「ということは、お前は俺にそいつの力を提供していたということか」

「違う違う、それはちゃーんと僕の力さ」

悪魔は俺の背後をとり、耳で囁いた。

まるで宝物のように優しく扱った。

「『嫉妬は時に狂気へと変貌を遂げる』」

「それが僕、もう一人の『                  』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一人の.......」

気づけば自室の床で倒れていた、すっかり日は落ちてしまっている。

悪魔最後の言葉を咀嚼する。

だがおかしい、何故ならその悪魔は二人は存在しない、いやできないはずだ。

八年の歳月を経てようやく知ったその名前を口に出した。

「『レヴィアタン』.....?」